第41話 さよならだけが人生ならば


 いったい、どうしてこうなったのだろうか。

 神魔竜なんてのはあくまで伝説上の生き物で、実在こそするものの、それはもうアンタッチャブルな存在として扱われていたハズだ。

 それがなぜ、あろうことかヒト型になって俺に抱き着いているのか。いや、鱗まみれの恐竜人みたいなのもイヤだけどさ。

 というか、なぜ俺についてくると言って来ているのだろうか。

 ……はっ!


「さてはサダマサ! オメー、こうなるって最初からわかってやがったな⁉」


「え? なんのことだかさっぱりわからん」


 俺の疑念に即答するサダマサだが、その目は思いっきり泳いでいる。

 というか、訊かれる内容が分かっていたように即答してしまうのは、それはそれで完全な悪手だと思うのだが。


「そうサダマサを責めないでやってくれぬか、クリス」


 ジト目でサダマサを睨む俺に、やんわりとティアマットが口を挟んできた。


「《神魔竜わらわたち》がヒトの世と交わろうとすると、必ずや別離の連続となる。だから、皆積極的に外へ出て行こうとはせんのじゃ」


 ティアマットの真剣な様子に俺は話を聞く姿勢を作る。


「じゃが、別離だけが一生の残るモノなら、そんなモノなど初めから要らぬであろう? 別離があるということは、出会いもまた同様に訪れるのじゃ」


「そういうものか?」


「うむ、そうじゃろうて。生きる中で、別離に無自覚ならば、それは生きているのか死んでいるのかわからぬし、なにより別離それに耐えることもできぬ。じゃからのう、クリス……。妾は――――定められた流れの外に出たいのじゃよ」


 俺の疑問がなんとなく伝わっていたのだろうか、ティアマットの語るそれを聞いて、俺は思わずはっとした。


 ティアマットは、別離さえも決して目を背けるべきものではなく、生きていく中で必要なものであると理解しているのだ。

 切なさや、哀しさや、寂しさの自覚が不可欠であると。


 だから、父親との別離だけで捉えず、俺との出会いと共に考えようとしているのだろう。


 一度死んでわかった気になっていたが、俺もまだまだ別離に対する意識が定まっていないようだ。

 それらは一見異なるようであっても、巡り合いと背中合わせの存在であることを。


「まぁ、じゃがなクリス……。結局一番はの、お主がかわいすぎるのがいけないのじゃがな!?」


 ほんのり赤らんだ頬に両手を添えつつ、こちらへ獲物を見つけたような視線を向けながら放たれたティアマットのセリフに、それまでの一旦シリアスになりかけた雰囲気が盛大に、それこそ背景で音を立てて瓦解するのが俺にはわかった。


 というか、なんかこのヒトちょっと俺の耳元でハァハァとか呼吸荒いんですけど! 身の危険しか感じないんですがねえ⁉ もちろん性的な意味で! おまわりさーん!?


「まるっきり犯罪者のセリフだよコレ!!」





                 ◆◆◆





 その日、クラルヴァイン辺境伯領の都市クラルブルグは騒然となった。


 古の伝説でしか語られることのなかった神魔竜と思われる巨大な高位竜が、クラルブルグ近辺を単独で飛行しているのが確認されたからである。

 下界に災厄をもたらすため《竜峰》アルデルートを飛び出した竜かと思われたが、幸いにして、その高位竜は特に何をするわけでもなく、しばらく領土内に留まったあと再び西の方へ戻って行ったと報告された。


 だが、これをクラルヴァイン辺境伯家の当主アルトゥール・フォン・クラルヴァインは盛大に誤解してしまった。


「高位竜が飛行していただと!? すぐに西方の情報を集めるため治安部隊を編制しろ!!」


 今年で50歳になろうとしているクラルヴァイン辺境伯は家臣たちに大声で指示を出した。


 彼は、その老齢に至りながらも非常にがっしりとした体躯を持っており、元々は当主を継ぐまでは騎士団に属し戦争にも参加した経歴の持ち主だった。

 しかも、お飾り貴族としてではなく、騎兵として前線に出て自らの手で武功も挙げ、あまり知られてはいない事実だが、中位竜の討伐にも加わったことのある非常に珍しいタイプの貴族である。

 そんな人間であるからこそ、高位竜の出現には人一倍敏感に反応してしまった。


 とはいえ、それも無理のない話であった。

 なにしろ、クラルヴァイン辺境伯は、くだんの高位竜がひとりの帝国貴族子弟に頼まれて飛んで見せただけなどとは知る由もないのだから。

 

 それがゆえに、事態は必然的に独り歩きしてしまった。


 もしも西方地区──《竜峰》アルデルートで何か起きているのだとすれば、それは絶対に何らかの対策を練らなければいけない事態だ。

 高位竜を相手にできるような人材を召し抱えてはいないが、それでも魔物の東方への侵入など、早めに動いておけば対処できる内容を看過して損害を被るような真似だけは絶対に避けたかった。

 『大森林』への侵攻準備を遅らせることになるのはしゃくであったが、下手に自身の領土の治安維持を疎かにして、欲に駆られて兵力を南に移動させた時にトラブルが発生しては目も当てられない。


 まずは西方地域の安定が先決だ。

 そういう意味では、クラルヴァイン辺境伯はその地位と政界での影響力に違わぬ能力を持っており、また猪武者ではなくそれなりに石橋を叩いて渡るタイプでもあった。


「高位竜がヒトの領域に飛んでくる事態なんて、ココ数百年は記録されていないハズだぞ……。何か起きる前兆とでも言うのか……? 帝都にも報告せねばならんな……」


 なぜ私の代になって……と、不安のあまり胃がきゅうっと締まる感覚を覚えたクラルヴァイン辺境伯だが、彼は知らない。

 竜が飛んでいた理由は何ら大したものではなく、竜峰どころか西方地区の治安ともまったく関係ないことを。


「……わからぬ。だが、時代が荒れそうな予感だ……」


 戦に関わることが多かったせいで、彼はその匂いに敏感なところがあった。それは戦を愉しむ性分を生来持ってしまったためだ。


 しかし、彼はまだ気づいてはいない。

 クラルヴァイン辺境伯の感じた予感が、実はそれほど間違っていないということを──


 なお、皮肉なことに、クラルヴァイン辺境伯が持ち前の慎重さを発揮し、彼主導で西方地区の治安維持活動にかなりの力を入れた結果、クラルヴァイン辺境伯領西方の治安は飛躍的に向上し盗賊や魔物が大きく減ることとなる。


 そして、その流れに乗っかるように開拓が進んだことで、帝国と、開拓に成功して新たに叙任された騎士爵にささやかながらではあるが富をもたらすことになるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る