第235話 This is Gonna Hurt
魔法攻撃を受け止めながらのティアの叫び声を耳に、俺は目の前の敵――白虎へと向かって疾駆を開始。
魔法同士の衝突がついに限界を迎え、大きな水蒸気爆発を生み出した。
「くっ!」
高温の蒸気が爆風となって押し寄せる。凄まじい力に吹き飛ばされるかと思いきや不思議とそうはならなかった。
「しっかりせい!」
ティアから叱咤の声がかけられた。新たな防御結界が俺を覆っていた。
「任せろ!」
そうだ、ティアに代わって俺がヤツを討たねばならない。
気を抜けば
喚び出すモノを脳内で強くイメージし、己の持てる限りの魔力を流し込みながら物理空間へ顕現させていく。
「来い!」
そうして背後の空間から突如として現れたのは、緩い曲線を描く爬虫類を思わせる機首。
シャークマウスのペイントの施された獰猛な表情を見せるそれは、前世でも数少ない純粋な攻撃機とも呼べる存在A-10C サンダーボルトⅡだ。
空を飛んでこそ真価を発揮する航空機を喚び出すなど、はっきり言って正気の沙汰じゃないと自分でも思うが、これも俺が『レギオン』を使えるからこそ敢行できる荒業だ。
コイツで、終わらせる!
『貴様ァッ!! 小童が小癪な真似を!! 矮小なヒト族ごときが我が目的を邪魔するなぁっ!!』
「ごちゃごちゃうるせぇ! テメェの目的なんか知るか! それと見た目や寿命だけで相手を軽んじるんじゃねぇ! テメェが対峙しているのはこの俺だ!!」
虚勢に塗れた中身のない罵声など無視だ無視。
本格的な危機を前に怒号とともに放たれた爪が、新たな脅威を喚び寄せた“術者”たる俺を引き裂こうと放たれるが、前もってティアが多重展開していた正真正銘全力の防御結界に阻まれ届くことはない。
だが、その結界も白虎の攻撃を前に悲鳴を上げている。
このままティアに向かっている魔法攻撃を俺にシフトさせれば、ヒトの域を出ない俺の身体は容易く蹂躙されてしまう。
張り裂けそうになる心臓の鼓動を感じる中、A-10Cの全身がこの世界へと実体化されていく感覚が魔力を通して俺の身体へと伝わってくる。
間に合え―――
その瞬間、突如として白虎の右の眼球が爆ぜ割れ、飛び散った血液が俺の頬に付着した。
眼窩から血と体液の混合物を流しながら、身を捩って放たれる白虎の口腔からの絶叫。
それに一拍遅れて鋭い銃声が俺の耳に届く。
これは――ベアトリクスの狙撃か!
驚愕に思わず止まりそうになる俺の視線の中で動きを見せる存在。
そこへ合わせるように飛び込んでくるひとつの影があった。それまで気配を消していたショウジの姿だ。
「いつまでも好き勝手なこと言ってるんじゃないっ! いきなり現れておいて!」
興奮のあまり、ショウジの言葉は宇宙の世紀とかで聞いたことがありそうな物言いになっていた。
腹の底から飛び出した叫びとともに振るわれた『神剣』の連撃が、生じた隙によって無防備となっていた白虎の身体に撃ち込まれていく。
堅牢な体毛に阻まれながらも、その中の一閃が新たな傷をひとつだけ身体に生み出す。
『邪魔だ!』
切断されていながらも、残る部分を使って放たれた尾の一撃がショウジを直撃。
回避も間に合わず、短い苦鳴とともにショウジは後方へ吹き飛ばされていく。
俺の背中を冷たい汗が流れる。もしあれが不完全な一撃でなければどうなっていたことか。
「――――ショウジ、よくやった」
そして、その間隙を縫うように剣鬼が舞う。
二段構えの攻撃で生まれた隙を更に確実なものにするため、疾駆から空中へ飛んだサダマサが白虎の頭上へと舞い上がり、勢いをそのままに横向きに回転。
その回転で生まれたエネルギーを利用して放たれた大太刀が、極寒のブレスを吐いていた白虎の脳天を直撃する。
『――――!?』
与えたダメージで脅威とはなり得ないと勝手にタカをくくっていたがゆえに、白虎はそれをまともに喰らうこととなった。
頭蓋骨を斬り裂いてのダメージは与えられなかったものの、行き場をなくした魔力の誘爆も合わさって脳震盪らしきものを起こしてふらつく。
口腔から吐き出された白虎の血の一部が俺に降りかかる中、俺はチャンスを見極める。
――――ここだ!
「コイツもご自慢の毛皮で防ぎきってみやがれ、クソッタレ。――――撃て」
サダマサが俺の攻撃のタイミングを読んで白虎から離れたところで、ようやく自分の“出番”がきたなと、俺は中指を立てて不敵にほほ笑んで見せる。
次の瞬間、爆音とでも言うべき鋼鉄の咆吼が轟き渡った。
ティアが全力で魔法障壁を張っていなければ、発射の衝撃だけで鼓膜が吹き飛びそうになるほどの音の波濤。
ウォートホッグの凄まじい唸り声を上げて、GAU-8 7砲身30mmガトリングガン『アヴェンジャー』からPGU-14/B 30×290mm対装甲用徹甲焼夷弾が3,900発/分に及ぶ速度で撃ち込まれる。
慌てて白虎が氷の障壁を展開して受け止めようとしたが、劣化ウラン弾は容易にそれを貫通。
障壁が破られそうになったところで回避のために地面と蹴ろうとするが、脳震盪のダメージにより思うように身体が動かない。
――それを差し引いてももう遅い。
1/200秒で砲弾の速度が1,067m/sにまで加速し、それが毎秒数十発の密度で至近距離から叩きこまれるのだ。
どれだけ身体能力がバケモノレベルであったとしても、これを真正面から回避などできるわけがない。やれるものならやってみろ!
所詮はヒト族が何かしようとしているとした慢心。これがすべてを引っくり返した。人間の執念を舐めるからこうなる。
先進国の運用する
1発300gにもおよぶ砲弾が百数十発も叩き込まれ、着弾の衝撃と込められた運動エネルギーの解放が連続することにより、白虎の巨躯は踊るように跳ねながら後方へと下がっていく。
しかし、地上でアヴェンジャーを掃射するなんて無茶の負荷は、元々大空を飛翔しながら運用することを目的とした機体にとってはあまりにも高かったようだ。
30×290mmという大口径機関砲弾の超高速発射。
それによって発生する45kNにもおよぶ反動を受け止めるのは着陸のために使われるランディングギアのみ。
わずか3秒ほどで耐え切れずに前脚が金属の悲鳴とともに折損し、反動により弾道が上方向に逸れてしまう。
これ以上の攻撃は無意味だと判断し、すぐに発射を中止。
しかし、そんな短時間の攻撃ですら、絶大な効果を発揮していた。
極めて優れた貫通力を秘める徹甲焼夷弾により、胴体に直撃を受けた白虎の巨躯が紙屑のように吹き飛ばされ雪の大地を転がっていく。
「……ご苦労だった」
『お役に立てたなら光栄だ、ドラグナー。だがな、次はちゃんとした扱いで頼むぜ。空軍のオカマ野郎どもに負ける気はしねぇが、こんな曲芸はもうこりごりだ』
無茶は御免こうむると言いたげな言葉を受けつつ、役目を終えたA-10Cを魔力へと戻す。
膨大な魔力の出入りにより、途端に押し寄せてくる疲労感。膝をつきそうになる身体を懸命に足で支えて俺は立ち続ける。
……さすがに、これ以上『レギオン』を使用するには、
頼む、このまま倒れてくれ……。
しかし、白虎は震える四肢で立ち上がろうとする。
「まさかまだ――――」
「いや、妾たちの勝ちじゃ」
横合いから投げかけられる声。
内心での祈りと緊張で、流れる汗が額を濡らす横へ寄ってきたティアが、俺に治癒魔法をかけながら言葉を発する。
体内の魔力の流れをアシストされ、疲労が急速に修復されていく感覚。それがまた微妙に心地よい。
実際のところ、これがないとまた死にかける。
「あれは致命傷だ」
続くサダマサの声。俺の危惧をよそに、攻撃の効果は覿面だったらしい。
倒れ伏す白虎の身体にはいくつもの押し広げられたような穴が開き、ブスブスと肉の焼けるような音が鳴り響いていた。
今のところは体内に侵入した劣化ウラン砲弾の焼夷効果しか確認できていないが、一極集中で叩きこまれた高破壊力のダメージ。
それにより、白虎はついに立ち続けることすらできなくなり、地響きを立てて地面へと横向きに倒れ込む。
『ガッ……。ア、グァ…ァ…?』
横向きに倒れた白虎の口から、ドス黒い血とともに不理解の呻き声が不明瞭な言葉の念となって漏れる。
……これが、劣化ウラン弾の真髄ということか。
圧倒的な破壊力を目の当たりにして、使用者であるはずの俺の頬を汗が流れ落ちる。
体内に侵入した劣化ウラン砲弾からの放射線障害で、魔力の制御ができなくなったのだろうか。
通常、劣化ウラン弾程度の放射能では、通常被曝する量などたかが知れている。
しかし、それが体内に入ってしまうと話は別だ。
劣化ウランの重金属としての毒性もさることながら、もうひとつの効果として布レベルでも透過できないはずのアルファ線が途端に牙を剥いたのかもしれない。
そんな俺の予想を裏付けるかのように、白虎の身体から流れ出ていた膨大な魔力の流れは、最初に『神剣』の一撃を受けた時と比べてもはるかに大きく乱れていた。
それと時を同じくして魔力供給が途絶したか、イリアとラヴァナメルを隔離していた氷の防壁が消滅。両者が氷で閉ざされた檻の中から現れる。
「イリア……」
地面に倒れ伏していたショウジが小さくつぶやく。
こちらも命に別状はなさそうだが、尾の一撃を受けて重傷だ。
胸部を包む高硬度材で作った胸当ても尾の形にが転写されるようにしてひしゃげていた。
ショウジの治療を優先するように目配せをすると、ティアは黙って頷きショウジに向かって歩いていく。
だが、立ち尽くす俺の視線は、地面に倒れる白虎から外せないでいた。
ここまでやったとしても、安心などできようはずもない。
「どうだ、この野郎……」
問いかけるように傷つき地に沈んだ巨躯を見れば、戦いの中で幾度となく見せた超再生も、放射能により魔力の流れを阻害されてしまったことでもはや完全に機能を喪失しているようだ。
単純な貫通力として見れば、戦車砲と空爆以外で俺が現時点で出せる最高クラスの威力を持つ兵器と想定して使用したが、棚ボタ的に魔力を持つ生物に対して極めて効果があることが判明した。
アルファ線被曝によりこれほどまでのダメージを受けることも。
無論、相手が魔力障壁や高い防御力を持っている場合には、それを突破できるだけの攻撃や下準備が必要となるがそれでも収穫だ。
「終わったのか――――?」
ひとりでに漏れるつぶやき。白虎は動かない。
そこまで確認して、俺はようやっと白虎から視線を外すことができた。
肺腑の奥から漏れ出る溜め息。
だが、まだだ。万全を期すのなら、このまま確実に肉体を破壊しておくべきなのだろう。ティアの方を見ながら俺は首元へと手をやる。
「ティア、このまま――――」
『き、貴様ァ……。ま、まだおわら……ぬ……!』
口を動かしたところで、ともすれば気付かないほどの呻き。背後からの怨嗟の声とともに集まっていく魔力が悪寒となって俺を刺す。
「まだ、生きて、いやがるのか……」
致命傷であるはずにもかかわらず、最後の一撃を繰り出そうと首を上げていた白虎。
命と引き換えに誰かひとりでも地獄に引きずり込もうとするその執念が俺の背筋を凍らせていた。
このタイミングでは躱せない……!
「……いかん、クリス!」
口腔内に灯る青白い魔力の収束を察知した瞬間、飛びかかってきたティアが短く叫んで俺に抱き着きながら地面へと押し倒した。
頭上を迸る冷気の奔流。
それとほぼ同時に、白虎の身体に爆発が生じる。
「な、なにが――――!?」
いまいち状況が呑み込めていない様子のティア。
その視線の先では、白虎が破壊のエネルギーでズタズタになった口腔から白煙を発していた。
最期の最期でなんとか攻撃を放とうとした白虎の頭部が、高性能炸薬が顔面に直撃したことで横向きに地面へと沈み、今度こそピクリとも動かなくなる。
「それで、いつまで押し倒されてりゃいいんだ?」
「……ばれたか。もう少しこうしていたかったのじゃが」
白虎が倒れたことと、防御のための結界を張っているからこその余裕なのだろう。
残念そうな顔をしてティアが俺からゆっくりと離れていく。
少しだけ名残惜しいと思いつつも、首を上げて白虎の方を見る。
本当に魔力を使い切る寸前で攻撃を行ったようだ。
防御する力まで失いながら魔法攻撃に踏み切ったことで、自身を防護することも叶わず、新たに生じた傷からは脳の一部が零れていた。
「……正解だったか。まったく、切り札は最後まで取っておくもんだな……」
ふらつきそうになる中、俺はゆっくりと立ち上がりながら後方上空を向いて、押し寄せる疲労を押して親指を立てて見せる。
そう、アヴェンジャーの射撃を喰らった白虎が最期の一撃を繰り出そうとしていた時、俺はハインドに残されていたとっておきの武装――2発のアターカVの発射を指示していたのだ。
「こんどこそ、終わりだ……」
重い息を吐き出す。
それでも冷めやらぬ興奮と緊張により、心拍は依然として跳ね上がったままだ。
しかし、戦いで昂った精神よりも先に、極限の状態で『レギオン』を使い消耗していた身体が限界を迎える。
膝が折れ、倒れ込みそうになる身体を強引に動かして俺は地面に両手をつく。
「どうだ効いたかよ、俺たちの攻撃は……」
乾ききった喉の奥からどうにか絞り出した俺のつぶやきは、雪原の空へと静かに消えていった。
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