第236話 本当はとても心は脆く(前編)


「……さすがに、ギリギリの戦いだったな」


 雪原に両手と膝をついたまま呼吸を落ち着けていると、雪を踏む足音が聞こえた。

 大太刀を肩に担いだサダマサが、俺の傍らへとやって来て声をかけてくる。


「サダマサ……」


 剣士は未だ気を緩めていなかった。

 たしかに、あれだけの生命力を見せ、劣化ウラン弾と対戦車ミサイルまで当ててようやく黙らせた正真正銘のバケモノだ。首だけで動いたとしても驚かない。


「何度か肝が冷えた。やはり相手が『守護者』となれば楽には勝たせてくれないな」


 珍しく溜め息が漏れた。激闘の後にもかかわらず一切乱れのない足取りだった。サダマサが持つ肉体のケタ違いな頑強さと戦闘力にあらためて舌を巻くしかない。


「うそつけ、ピンピンしてるじゃねぇかよ……」


 呼吸のリズムが戻って来ない中、俺は膝に手を当て顔も上げずに呆れ交じりの言葉を返す。


 白虎と超至近距離の白兵戦を繰り広げておきながら、サダマサが負ったダメージらしきものは片手で足りてしまう。

 まさか攻撃を喰らいながら相手の尾を斬り落とすと誰が思うのだろうか。“相打ち”に持ち込んでいる――というよりも、この時点ですでに白虎を圧倒しかけていたのだから、仮にも剣を握る者としてどれだけ次元が違うかがよくわかる。


「心外だな。喰らった時はさすがにかなり効いたぞ?」


 さも意外だと言わんばかりの言葉が返ってくる。

 込み上げる気怠さを押し殺し、無理矢理に首を動かしてサダマサを見て俺はまず絶句する。

 なによりも驚異的だったのは、その負傷さえも口唇の端に乾いた血がわずかに残っている程度で、すでにその身に宿る魔力により体内の修復は完了しているらしい。

 過去形で喋っていたのが俺の聞き間違いでなければ、だが。


「おまえ、疲れたりしないのか……?」


「疲れないわけないだろう。俺だって人間だ」


 何を言ってるんだと怪訝な表情を向けられる。え? なにこれ? 俺が悪いの?


「そんな風に、ケロっとして言われても……説得力なんかないぜ……」


「人より傷の治りが早いだけだ」


 ……こう言ってはなんだが、この男、どれだけ人間をやめているのだろうか。


「それだけであんな戦いはできねぇよ。時々、ルーツが同じ人間とは思えなくなるのだけれど、元いた世界が微妙に違うからって人体の構造まで実は違っていましたとかのオチはないだろうな?」


 あっても今となってはそんなに驚かないと思うけれど。


「そんな光学異性体の話じゃあるまいし……」


 侍ファッションでSF用語を話されると違和感しかない。


「……決して勘違いはしてくれるな? 誰かひとりの力で白虎に勝てたわけじゃない」


 本当に何も考えないなら、裏ボス枠ふたりだけで戦った方が間違いはなかっただろう。それでもサダマサはそう思っていないらしい。

 このあたりにどうも違和感を覚えてしまう。


「クリス、お前が最後に放ったあの一手がなければ、俺たちの被害はこれくらいでは済まなかったはずだ」


 あくまでも自分たちはバグのように添え物としている。俺とショウジが解決する方向に持って行こうとしているようだ。


「そう言ってもらえると……無茶をやった甲斐があるってもんだな……。珍しく褒め――あ、もう無理だ」


 サダマサからかけられた言葉がスイッチとなって、張り詰めていた緊張が一気に緩んだ。

 減らず口を叩きながら、限界に達した俺は雪の地面にひっくり返る。


「もうなにも出せない――とまでは言わないが、いい加減身体が限界だ……」


 魔力を半ば無理矢理に流し、限界を超える身体能力を引き出して戦った反動で、身体のあちこちが悲鳴を上げている。

 代謝が促されているのかなんなのかはわからないが、全身が妙に熱を持っていた。

 この極寒の地で雪の冷たさを心地よく感じるくらいだから、どれほど身体が熱を発しているのかよくわかる。


 無理に身体を動かそうとはせずに、頬へと舞い降りてくる雪の冷たさを感じていると、横合いからティアがひょこっと覗き込んでくる。


「ようやく、終わったかのぅ……。これが更なる厄介事を産まねば良いのじゃが……」


 雪原に横たわる白虎の巨躯に目を遣りながら、俺の傍らへと屈みこんだティアに、俺は優しく身体を抱き起される。魔力が枯渇しかけた身体に他者の温もりが心地良かった。


「イヤなフラグを立てるんじゃねぇよ、ティア……。いや、たとえ事実だとしても、今は聞きたくない。そういう暗いのはナシだ。ちょっと疲れたよ……」


 柔らかなティアの身体の感触を感じながら、俺もまた軽口を叩きつつ、物言わなくなった白虎を見つめていた。


 俺は白虎の執念と脅威を忘れることはないだろう。

 同時に、あらためて『守護者』と呼ばれる魔物などをはるかに超越した存在が、この世界には遥か昔から存在していることを思い知らされていた。

 そして、ともすればそれらが、敵として自分たちの前に立ちはだかる可能性があることさえも――


「ともかく、これで――」


「いや、まだだ……」


 その場の誰からのものでもない声に動きが止まる。


 声の発生源に向けて動いた視線の先に人影があった。

 俺の言葉に割り込むように発せられた声は――白虎の檻から出て来たラヴァナメルのものだった。


「まだ、決着は……ついていない……」


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