第137話 駆け抜ける嵐~後編~


 ほどなくして現れた王族三人を伴い、壊れかけていた扉を閉ざしているかんぬきをわずかな隙間からサダマサが一刀のもとに叩き斬る。


「こんな剣士が帝国に……」


 驚愕のあまり目が点になっているエルネスティ。


 そうか、昨晩は避難していてサダマサの戦闘を見ていなかったのか。

 シュルヴェステルも同じく驚きの表情を浮かべてはいるが、既にティアという超常の存在を知っているからか、その反応は思ったよりも控えめであった。


 ゆっくりと力を込めて押し広げると、謁見の間の扉は静かに開いていく。

 本来であれば、数か月後には帝国からの正式な使者が、ここでシュルヴェステルと謁見をしていたのだろうか。

 ……いや、やめよう。今は詮無いことだ。


「陛下!」


 扉の向こうでは何かを守るように騎士と兵士が剣や槍を構えていたが、こちらにいる王族の姿を視認すると、声を上げるとともにその警戒をわずかに緩める。


「母上、ご無事ですか!」


 ヴィルヘルミーナが声を上げて駆け出し、エルネスティがそれに続く。

 兵士たちが構成していた人垣がさっと開き、奥にいた人物の姿が明らかになる。


 ヴィルヘルミーナたちの母ということは、必然的に王妃ということだ。

 長命であるハイエルフの年齢を外見から推し量ることは難しいが、ヒト族で言えば四十手前――――いや、下手をすればもっと若く見えた。

 ヴィルヘルミーナも、見た目だけで言えばハイエルフの名に違わぬ儚い月下美人を思わせる美少女であるが、こちらはモクレンマグノリアの如き壮麗な美女である。


 ティアのような若々しさを併せ持つ蠱惑的な身体つきでこそないが、豊かな曲線が描く彫像の如き美しさはさながら地母神を思わせる。

 それに加え、ヒトの尺度では測れない長い年月を重ねて形成された気品を漂わせる雰囲気が、その柔和で整った顔立ちに桁違いの美しさを纏わせていた。


 うん、俺としては姉属性と母属性の間なのでスーパードストライクでございます。


「心配をおかけました。みんな無事なの……?」


「わたくしとエルネスティ兄様、それに父上は無事です。でも、兄様が……」


「そう……。やはり止められなかったのね……」


 ヴィルヘルミーナの言葉に、傍らまでやって来たシュルヴェステルの方を向く王妃の顔に翳りが差した。

 その表情を見て、俺は少なからぬ好感を覚える。


「さて、感動の再会をしているところ申し訳ないが、事態はまだ何ひとつ解決しちゃいない。このまま立てこもってもジリ貧になるだけだし、何より俺の性に合わない」


 王族に対する礼儀としては最低と評されそうではあるが、今は事態が事態だ。早々に話をまとめて動かねばならない。

 そんなこちらの意思など素知らぬように、「なんだこの無礼者は」という視線が周りのエルフたちの一部から向けられる。


 オメーら、この状況でちったぁ空気読めよな。


「クリストハルト様。まさか、このまま打って出るおつもりですか……?」


 俺の言葉から剣呑な雰囲気でも感じ取ったのか、エルネスティが不安げな表情で尋ねてくる。

 どんだけ無茶苦茶するヤツだと見られているんだと思わなくもないが、それも案の一つではある。どれだけの犠牲を伴うかわかったものじゃないが。


「王都をお仲間エルフの死体で埋め尽くしてもいいって言うなら、やりようはいくらでもあるが、それは望まないだろう?」


 できることなら後者が望ましい。


「というか、隠し通路くらいはあると思っているんだが。王族しか知らないもの、あるいは国王のみが知るものとか」


 王族を逃がす――――まぁ、避難させるのが目的だとしても、出口で待ち構えられていてはあまり意味がない。


「……それには余が答えよう。王都から抜け出ることのできる王しか知らぬものがひとつ。山麓の方面へ繋がる王族専用のものがひとつある。軍務卿、王軍の動きや状態はわかるか?」


 エルネスティに代わり、喋り方を王の物へと変えて答えるシュルヴェステル。さすがに威厳というものも保たねばならないわけか。気苦労が絶えないことだ。


 しかし、そう悠長にしていられるだろうか。

 “玉”を俺たちが確保しているとはいえ、仮に異変を察知した国軍が王都へ戻って来るにも時間がかかることだろう。


「はっ、王都守備隊を中心とした部隊の蜂起と同時に、鏑矢と発光魔法を多数打ち上げております。森林馬を飛ばしているはずですので、『大森林』外縁部に展開している国軍へ伝わるのを含めても、一両日中には王都へ戻って来られるものと」


 軍務卿と呼ばれた年嵩のエルフが背筋を伸ばして答える。


 エルフにしては厳めしい顔つきだ。もしかすると叩き上げの軍人だろうか。

 身なりからして、戦いに関わる部署からは身を引いてそれなりだと思われるが、同じようなエルフに比べて身体つきがしっかりしていた。


「持ちこたえることさえできれば、勝てるか?」


「最終的には、数に勝る国軍が鎮圧できるものと思われます」


 概ね俺も同意見である。そこまですれば本格的な内戦状態に突入することを除けば。


 しかし、軍務卿の言うことは例の魔導兵器とやらが出て来なければの話であって、こうして強硬派が行動を起こした以上は十中八九出てくることだろう。

 ただ、少々楽観的に考えれば、切り札を内乱で使って失うようなことになれば、過激派の目的である対帝国戦に差し支えるため、状況がある程度動くまでは投入を惜しむ可能性は高い。

 ケリをつけるなら、早いうちに敵の本拠地を急襲する必要がある。


「国軍の到着を待つのは結構だが、それはそっちだけでやってくれ。俺たちはすぐにでも出て敵の中枢を叩く」


 俺の無遠慮な発言に、再び周囲の騎士と兵士たちから剣呑な空気が漏れ始める。

 コイツらと一緒に戦うと後ろ弾でも飛んできそうだな。

 自分でもいささか牽強付会けんきょうふかいな考えだという点は否めないが、俺に思いつく範囲ではこの方法がもっとも犠牲が少ない。


「お客人、あまり勝手なことをされては困る。帝国貴族の身を犠牲にしたとなれば、この乱が収束しても今度は帝国と戦争になりかねん」


 騎士たちから殺気が漏れ出る状況にまずいと思ったのか、軍務卿が代わりに口を開く。

 なんだかんだと理由をつけてはいるが、そりゃ異国人が勝手に動くとなれば、いい感情は抱けないだろう。

 もちろん、きちんと解決案も考えてある。


「ご厚情感謝する。だが、心配には及ばない。なにせ、ここには『勇者』がいるんだからな」


 すぐ近くにいたショウジを引っ張り出そうとすると、今度はエルフたちからの殺気はなりを潜め、その代わりにざわめきが漏れ出す。


 なんとも抜群の効果だ。『勇者』となれば人類の切り札だ。それがなぜこんなところに――――といったところだろう。

 だが、城勤めの騎士ともなれば、それなりに外部の情報が入ってきているのか悪意や敵意に類するものは見受けられなかった。


「ちょ、ちょっと、クリスさん……!? こんなところでいきなり何を……!」


 戸惑いの表情こそ浮かべているものの、さすがに空気を読んだのかショウジは周りに聞こえないよう小声で俺に話しかけてくる。

 ほとんど何もさせてもらえない状態に慣れてきていたのか、いきなり役目を振られて完全に動揺してしまっている。


「アホ、これから無茶しなきゃいけないんだぞ。貴族の子弟が言うより、『勇者』が言った方がまだ納得するだろ。ほれ、なんか気の利いたこと言え」


 俺が急かすと、さすがにだんまりしているのはまずいと思ったのか、ショウジは慌てて居住まいを正して口を開く。


「……えー、同じ『大森林』の臣民同士で争わねばならない状況、私としては心中御察しするに余りあるのでは――――」


 何やら咄嗟に考えたことを口にし始めるショウジ。

 出だしからぐだぐだで朝礼での校長の話みたいになりそうな気配だったが、俺は暖かく見守って育てる方針だ。

 まぁ、たまには『勇者』らしいことをしてくれたまえ。


「それで、いくつか訊きたいことがある」


 頑張るショウジの言葉を聞き流しながら、俺はサダマサとティア、それに王族を加えてこれからの話を進めていく。


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