第138話 Kick your ass to Heaven~天まで吹っ飛びな~前編
王都から少し外れた山脈の麓――――エルフの聖地と呼ばれる場所へ向かう山道の途中、少しばかり道から外れた場所に目立たぬよう建てられた
そして今、その正面を取り囲むように、エルフの兵士たちが展開している。
「遅い……」
隊を任された中年エルフの隊長から苛立しげな声が漏れる。
彼は王城制圧の任務から外されただけでなく、こんな来るか来ないかもわからないような辺鄙な所で、もう何時間も目標を待ち構えているのだから、彼の我慢の限界は近くなっていた。
また、歳のせいか、はたまた目的もなく手持ち無沙汰のせいか、鎧を着てロングソードを下げている彼にはそれらがひどく重く感じられる。
それもこれも、すべて王城へ向かった部隊がだらしないせいだ。
先ほどやって来た伝令が言うには、“義挙”からそれなりの時間が経過したというのに、まだ王都の制圧は完了していないのだという。
これではエルフの騎士の名が泣くというものだ。家柄だけの無能どもめ。
もっと言えば、昨晩ヒト族との同盟などという、逆賊との謗りを受けても致し方ない動きを見せた第二王子を確保に向かった連中がドジを踏んだことが、そもそもの人選間違いだったのだ。
深夜の奇襲など、森の民であるエルフにとってはそう難しい作戦ではない。
あまつさえ、半魔のダークエルフまで使っておきながら、そんなことさえ成功させられないとは……。
考えるだけで不愉快になる。
なまじ時間があったことで余計に考えてしまったのか、彼の内心に蓄積していた鬱屈とした感情が空気に不可視のモノとなって吹き出していた。
ちなみに、彼の発する空気を間近で感じているであろう副官は、無駄に刺激をしないよう敢えて空気に徹するよう努めていた。
「それにしても、殿下は何をお考えなのか。我らが隊にお任せくださればヒト族の二人や三人など……」
不機嫌状態の隊長から発せられるオーラは周りの兵士たちにも否応なく伝わっており、辺りには王都方面から漂う戦いの気配とはある意味別の――――息苦しささえ感じられるような雰囲気が漂っていた。
そんな中、ついに状況に変化が訪れる。
祠に施されたハイエルフにしか解けないとされる封印の施された扉が音を立てて動き始めたのだ。
「総員、戦闘準備!」
一瞬の驚きはあったものの、隊長は即座に無駄足でなかったことを森の神に感謝すると同時に、部下たちへ命令を下す。
「王家の方々を“保護”した者には、褒章も思いのままぞ! 無論、帝国の猿どもを見事討ち取って見せた者にもな!」
隊長のその言葉に、兵士たちがにわかに色めき立つ。
王城に入ったヒト族は、全部で“四匹”だという情報を彼らは既に得ていた。
オスが三匹、メスが一匹。なんでも、そのメスの個体が、ヒト族にしておくのが勿体ないほどに美しいのだとか。
これだけ待たされたのだ。そのくらいの役得は必要だ。
ヒト族相手というのはいささか趣味が悪いとは思うものの、兵士たちの慰みものにはちょうど良いだろう。
さぁ、この圧倒的な数を見て絶望に顔を醜く歪ませろ。
そう考え隊長の口元が小さく歪む。
「ヒトの分際でよくここまで――――」
だが、その笑みごとエルフの隊長は、鳴り響いた轟音とほぼ同じくして高速で飛来した何かによって地面に叩きつけられることとなった。
――――なんだ?
そう呟いたつもりだったにもかかわらず、声が出ない。
妙に地面が近い。
周りの兵士たちが慌ただしく動き回っているようだが、先ほどから音は途絶えているし、状況を把握しようとしても首が動かない。
仕方なしに眼球だけを動かして見上げた先で見たものは、何故か自分の鎧を着た男の身体。
そして、それが首の所から血を噴き出して崩れ落ちる瞬間だった。
その何者かの身体が、千切れ飛んだ頭部から見上げている自分の首から下だと気付く前に、隊長の意識は永久に消滅した。
◆◆◆
ハイエルフの血によって封印を解除すると、分厚い岩で作られた扉が音を立ててゆっくりと開き始めた。
それと同時に、俺は槓杆を引っ張り、ヴィルヘルミーナに奥まで下がっているように告げる。
次第に明るくなっていく闇の中、硬い金属同士のぶつかる音が、弾丸を薬室に送り込んだことを告げるように俺の聴覚に届く。
明順応を起こした視力が元に戻っていくと、出口である祠の外に展開している過激派エルフの兵士たちの姿が目に飛び込んできた。
その数――――下手をすれば百人にも及ぶだろうか。
彼らは、みな剣や槍、果てはお得意の弓を構え、こちらに向けて獰猛な顔を浮かべているのが目に映った。
実に品性も感じられないイイ顔を浮かべた、クソどものお出ましだ。
「ヒトの分際でよくここまで――――」
オーケー、何度も聞いたフレーズはもうたくさんだ。早速始めよう。
「耳を塞いでろ!!」
後方へと叫ぶように告げ、俺は投げかけられたエルフどもの言葉をガン無視。
「出迎えご苦労、さようなら!」
左右の手でしっかりとグリップを握りしめると、両方の親指でブローニングM2重機関銃の引き金を倒す。
銃声と形容するにはあまりにも重く激しい音が、洞窟の出口とはいえ辺りに反響して鼓膜をぶん殴ってきやがる。
あらかじめ耳栓をしておいて大正解だった。
盛大な音の置き土産ともに、放たれた12.7mm×99
頭部に喰らえばスイカのように破裂し、胴体に着弾すればその部分から上下に断たれ、手足となればもぎ取るように千切れ飛ぶ。
それでも破壊力は衰えず、後ろに立つ人間にまで容赦なく襲いかかる。
元々、コンクリートブロックくらいなら容易に破壊しながらぶち抜く強力な弾丸だ。
奥に控えている魔法士たちも、突如として友軍の身体を貫いて襲いかかる正体不明の攻撃によって吹き飛ばされているらしく、パニックに陥ったか魔法の反撃さえも飛んではこない。
密集していてまともに動けないのと、こちらの攻撃を警戒をしていたのだろう。数十メートルの距離を置いて展開していたのが逆に仇となった形である。
「うわ、エグっ……」
俺の左隣に座り、M2の給弾手として控えさせているショウジからつぶやきが漏れる。
ヘルメットを被って積み上げられた土嚢から僅かに顔を覗かせているその姿は、どう見ても『勇者』とは思えない。
だが、ショウジがそう漏らすのも無理はなかった。
この世界でコイツを喰らっても平気でいられるのは、特殊な素材で出来た外殻でも持った魔物や、高濃度の魔力障壁を展開できる魔族くらいのものだろう。
実際、どんなに優れた魔法の使い手であっても、エルフの展開する魔力障壁では小口径ライフル弾くらいの威力までしか減衰できないようだし、それでも命中すれば身体に直径12.7mmの穴が開くのだからどちらにしろ致命傷となる。
一瞬で顕現した魔法など目じゃない殺戮劇。
恐怖の悲鳴と、一撃で死ねなかった兵士たちの絶叫が、銃身加熱を抑制するために射撃の間隔を調整する合間に聞こえてくる。
予想外の敵や魔法に備えてM2を用意していたのだが、これではさすがにオーバーキル感が否めない。
その証拠に、既にエルフたちはこちらの攻撃によって潰走寸前となっている。
しかし、それで俺が射撃の手を緩めることはない。
リスクを可能な限り潰すためにもここで連中を逃がすわけにはいかないのだ。
「て、撤退だ! 総員、撤――――」
指揮官に代わって命令を出そうと叫んだ兵士の頭部が、弾丸によって破裂させられる。
三脚に据え付けられたM2は、非常に優秀な命中精度を発揮してくれる。
まぁ、そもそもの有効射程が2,000mにも達するのだから、たかだか数十mの距離などすぐそこのレベルだ。
それが引き金となり、あっという間に敵の士気は崩壊していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます