第136話 駆け抜ける嵐~前編~
謁見の間へと伸びる廊下を、俺とサダマサは先行して走り抜けていく。
とにもかくにも、問答のせいで遅れた時間をまずは取り戻さねばならない。
「意外だったな」
駆け抜けながら、不意に隣のサダマサが言葉を漏らす。
「なにがだよ?」
「あのお姫さまの問答に付き合ってやったことだ。この状況下でいたずらに時間を浪費したいワケではあるまい」
どこか楽しむような表情でサダマサはこちらを見ていた。
「……ああいうヤツは適当にガス抜きしとかないと、後でなにをしでかすかわかったもんじゃないからな。先に時間使ってでも大人しくさせといた方が良いんだよ。それに、ここまで浸透されていたら、これ以上の悪い流れはそうそうない」
「なるほどな。そういうことにしておいてやろう」
なにやら訳知り顔で頷くサダマサ。
「俺のことなんていいから敵襲に警戒しろよな」
既にこれまでで二度ほど敵兵と遭遇している。
あろうことか、連中は俺たちを見るや否や攻撃を仕掛けてきやがった。
挨拶もなしに仕掛けてくる礼儀もクソもない連中だったが、全て俺の放った弾丸とサダマサの刃によって数秒後には地面へと沈んでいた。
ちなみに、強硬派かどうかは確認していない。
「それにしても、いきなり攻撃されるとは思っちゃいなかった。ヒト族はどれだけエルフの恨みを買っているんだ?」
「知らねぇよ、どうせ単なる逆恨みだ」
論ずるまでもないので吐き捨てる。
「そもそも俺個人でさえあちこちから恨みを買いまくってるんだ、これ以上は要らないってんのによ? むしろ売って歩きたいくらいだっての。……見えた!」
曲がり角を曲がり、そこでようやく謁見の間の手前にある広間へ通じる通路に出ると、途端に『探知』の魔法が使えなくなる。
そうか、謁見の間には非常時に魔法を封じる結界が施されているって言ってたな……。
しかし、それくらいで止まるわけにはいかない。事態は一刻を争うのだから。
事実、視線の先――――広間では、謁見の間の扉をぶち破ろうと過激派と思しき兵士たちが戦槌を用いて扉を殴りつけていた。
遠目からでも扉の耐久値は限界間近といった状態で、あの歪み具合ではあと数分も経たずにブチ破られるだろう。
ドワーフ――――ウーヴェあたりが見たら笑い死にしそうな光景だ。
普段は、ドワーフを槌しか使えない野蛮人と蔑んでいるエルフが、魔法が使えない今その野蛮人の真似事をしているのだから。
とはいえ、笑ってもいられない。
彼らの周りには、兵士たちの屍が少なからぬ数打ち捨てられていた。
味方が謁見の間に立てこもるまでの時間稼ぎを担い、そのまま力尽き果てたのだろう。
もう少し早ければ間に合ったのだろうか。
ふと浮かんだ考えを振り払い、前方への警戒と同時に周囲の様子も窺う。
近くからの喧騒が聞こえてこないことから、城内の抵抗勢力は既にあらかた過激派に潰されたとみて良さそうだ。
「このまま突っ込むぞ!」
ベルトから取り外した手榴弾のピンを抜き、1秒ほど待ってから放物線を描くようにぶん投げ、こちらにはまだ気付いていないマヌケどもの真ん中めがけて放りこんでやる。
「て、敵しゅ――――」
こちらの姿に気付き声を張り上げようとした兵士もいたが、最後まで言うことは叶わずに終わる。
破裂音が言葉を掻き消し、そのまま鋼の暴風となって周囲にいたエルフたちの肉体を容赦なく引き千切っていく。
一瞬にして生み出された阿鼻叫喚の地獄。その中で兵士たちの絶叫が響き渡る。
魔法が使えない場所では、少人数による奇襲も大した効果を発揮しないという油断が被害をより一層大きくさせたのだ。
そこに今度は、追い打ちのように死の
このまま一気に制圧するべく放たれた、俺の伏せ撃ちからのセミオート射撃を受け、味方をあり得ない勢いで削り取られる中、必死で身を守るための盾を探そうとしている兵士たち。
その側面から回り込む形で、サダマサが斬りかかったのだ。
「おおおおおおおっ!!」
裂帛の気合を込めた踏み込みと同時に大上段から瀑布のごとく振り下ろされた刃が、盾を構えようとしたエルフの身体を盾ごと両断して狂乱の始まりを告げる。
手榴弾の爆発で混乱の渦に叩き込まれた状態で、白兵戦の鬼が飛び込んでくるなどというのは、彼らにとっては悪夢以外の何物でもなかったことだろう。
基本的にエルフという種族は、基礎筋肉量でいえばヒト族よりも劣っている。
だからこそ弓術に特化したのだろうが、残念ながら屋内ではその長所を十分に発揮することもままならない。
もちろん、エルフであっても騎士や兵士の中には剣を扱う者もいるが、その剣はいいところがロングソード止まりだ。
そんな彼らの中に突如として飛び込んで来たヒトの形をした嵐は、彼らの目に果たしてどう映ったのだろうか。
結果から言えば、それは勝負にもならなかった。
フルプレートの騎士でもいれば少しは違ったかもしれないが、展開速度を重視して防衛戦力に大した装備を持った人間がいないと踏んだであろう兵士たちの装備では、何も防具を着けていないのと大差がない。
聞こえてくる悲鳴と怒号の中、彼らは反撃らしい反撃もできぬまま、次々とサダマサに斬り伏せられ血煙の中に倒れていった。
「……片付いたぞ、クリス。扉を開けるか? ちょっと斬れば済むが」
「いや、やめておこう。俺たちだけで開けたら、また無用なトラブルを引き起こしかねない。王族もなしに開けゴマってワケにゃいかないさ」
刀身の血を拭いながら放たれるサダマサからの物騒な提案に、俺はUMP45を構えながら周囲を警戒しつつ嘆息して後続の到着を待つ。
……援軍が来るとも思えないし、少し仕掛けでもしておくか。
さて、ひとまず間に合ったのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます