第135話 どっちもどっちも!~後編~


「とはいえ、思ったよりも早い動きだ。戦力から見て、こちらに一部を割いたか」


「……主賓がなかなか到着しないから呼びに来たんだろ。しゃーない、出るか」


 それぞれの銃のマガジンを手早く交換し、投げ捨てていたAA-12を拾いながら気だるげに言うと、同じような顔をしたサダマサとティア、それに若干顔色の悪いショウジが動き出す。


「お、お待ちください、クリス様! まさか立ち塞がる兵士を全て倒して行くつもりですか!?」


 だが、そんな俺の前に、敵より先にヴィルヘルミーナが立ち塞がった。


「よすんだ、ミーナ……!」


 事態を正しく理解しているエルネスティが、俺に食ってかかろうとするヴィルヘルミーナを止めようとする。

 だが、起きている事態に考えが追い付かなかくなったのか、彼女が兄からの制止を聞く様子はない。


「通してくれって言ったら、連中素直に道を開けてくれると思うか? それで済むなら、こんなに仰々しい恰好はしてないさ」


「ですが……! 彼らとて、過激派の甘言に乗せられているだけなのかもしれないのですよ!?」


 どうも納得のいっていない様子のヴィルヘルミーナ。

 まさか、このお姫様は、この期に及んでまだ話し合いか何かでどうにかなるとでも思っているのだろうか。


 そもそも、そんな議論をしている時間も今はないのだが。

 さすがのティアも、微妙に呆れたような顔を浮かべている。


「知るかよ。それなりに考えて勝ち馬に乗ろうとしたんだろ? だったら自分で選んだ人生じゃないか。本人たちは一時でも夢を見られるんだから満足だろ」


 容赦のない俺の言葉に、ヴィルヘルミーナは愕然とした顔を浮かべる。

 帝国で過激派に襲われた時点で、このお姫さまは最悪のケースを想定していなかったのだろうか。


 こんな儚げな美少女に縋られれば、男なら心動かされてもなんら不思議はないのかもしれない。

 だが、あいにくとその程度で意見を変えるような覚悟で動いてはいない。

 帝国に属する人間として、戦争を未然に防ぐことこそが最優先事項なのだ。


「のぅ、小娘。貴様何か勘違いをしてはおらぬか? コレは本来であれば『大森林』がおのれらでどうにかすべき問題であろう? クリスが協力しているのも、それが最終的には帝国の利益になるからで好意とかそういうものではないのじゃ」


 見るに見かねて口を開いたティアの言葉が、容赦なくヴィルヘルミーナに突き刺さる。


「ですが、このままでは国が……。どうしてこんなことに……」


 ヴィルヘルミーナの嘆きに答えるわけではないが、今回の一件は、はたして何が原因となったのか。


「知れたことよ。単に


 そう、様々なことが重なって崩れてしまったヒト族国家間のバランス。

 それが、元々火種の燻っていた『大森林』にとっての燃料となったに過ぎない。


「それとも、はっきり言わねばわからぬか? とうの昔に『大森林』は既に国として詰みかけているのじゃよ。お主ら耳長は、昔からなにも変わってはおらぬのじゃな」


 結局、これもエルフたちが自ら招いた事態である。

 そして、それはひとえに


 なにも知らないから、対話も成立しない。

 こじらせすぎた選民思想が、他国との対話をことごとく邪魔してしまう。


 だから、外の世界がどのような変化を迎えていて、自分たちがその潮流から取り残されようとしているかにも気付いていない。

 彼らは、未だに過去の栄光に縋り続けているのだ。


「それがわかっているから、国王陛下は帝国に使節団を送ったんだろう」


 ティアの言葉を引き継いだ俺の言葉に、ヴィルヘルミーナは先ほどから言葉発せずに事態を見守っていたシュルヴェステルの方を向く。

 視線を受けた王は、椅子に座ったまま両手の指を顔の前で合わせるようにして瞑目する。無言の肯定のようだ。


 既にシュルヴェステルは理解していたのだ。

 取り返しがつかなくなる前に、比較的優位な条件を引き出した上で人類圏のパワーバランスの内部に組み込まれるしか生き残る道はないと――――。


「まさか、それでリクハルド兄様は決起を……」


 第三王子リクハルドの最終的な狙いはわからないが、少なくとも彼は、実父である王の方針を受け入れることができなかったのだろう。

 そして、これまたタイミングよく『切り札』を見つけたことによって、乾坤一擲の策――――国内を速やかに掌握し帝国と戦う道に出たのだ。


 さて、そろそろ動かねばならない。早めに話を切り上げよう。


「いずれにせよ、『大森林』は間違いを犯した。だからこうなっているんだ」


「間違い……ですか……?」


 ヴィルヘルミーナの顔に困惑の色が混ざる。

 今から言うことは、この少女のようなハイエルフにとってはひどく残酷な言葉だと思う。


「ひとつには運が悪かったこと。ふたつ目は国として弱かったこと。みっつめは多くの人間がそれらを理解していなかったこと。これらすべてが間違いだ」


「それは……間違いなのですか?」


 ヴィルヘルミーナはどうしても納得がいかない様子だった。

 それでも、幾分かは俺の言い分が間違っていないことは理解できているらしい。

 だが、同時にそれを認めることに葛藤があるのか、こちらを向いてはいるものの顔はすこしだけ伏せていた。


「……国を治める、あるいはそこに関わる立場である以上、運が味方しなければ滅びに向かい、弱いとなれば尚更のこと長くは生きられない……そういうことですかな?」


 そこでようやくシュルヴェステルが口を開く。正鵠を射た表現であった。


 彼はもう事態の解決を俺たちに委ねようとしている。

 自らの能力が及ばなかったこと、そして打開するだけの術を持っていないことを理解した上で。

 その決断が下せるのなら、まだこの国にも希望はあるのかもしれない。


「そうだ。無知なエルフたちの振舞いが、こうして内外に付け入る隙を与えたんだ。もし『大森林』が強ければ、このような事態にはならなかった。まぁ、その時点で運がなかったわけだな」


 思えば前世も似たような状況だった。

 その煽りを受ける形で、俺は死ぬことになったのだが――――。


「もう、この国はどうすることもできないのでしょうか……」


「それは早計だ。この武装蜂起クーデターだって、決して絶対の流れにあるわけじゃない。趨勢すうせいってのは常に相対的な物だ。天秤のように、何かの重みを加えることで勢いは容易くひっくり返る。……


 そう言うと、ヴィルヘルミーナは弾かれたように俺を見た。

 彼女の蒼色の瞳は、信じられないものを見るかのように向けられていた。


「考えるのは全部終わった後にしろ。それまでは俺のせいにしたっていいし、恨んでくれても構わない。だが、今はこの事態を乗り切ることを考えろ。生き残ることができなければ、その葛藤だって何にもならないんだからな」


 ヴィルヘルミーナを、考えの甘さだけは一人前のバカ王女と言ってしまうのは簡単だ。

 だが、もしも同じ立場で――――自分に現代兵器を扱える能力がなく、サダマサやティア、それにショウジのような味方がいない中で、自分の国に危機が訪れたら俺はどうするだろうか?

 きっと俺は、自分の国や家族を何とか守れないかとあの手この手で駆けずり回ることだろう。彼女と同じように。


「……いいえ、恨みません。今のわたしにできることはなにもない。そんな人間にクリス様をどうして責めることができましょうか。ですが、クリス様。どうか兄を――――リクハルドを止めてはいただけませんか。頼めるような立場にないことは重々承知しておりますし、わたくしも最後まで見届けさせて頂きます」


 ……やれやれ。コイツは本当にバカ王女だ。

 だが、こういうバカを嫌いになることはできない。


 ヴィルヘルミーナの申し出を受けた俺はすぐに言葉を返すことはせず、まっすぐ部屋の入口まで歩いていく。

 そして、そこでは振り返ってこちらを見据えるお姫さまの方を向き直った。


「……悪いが戦闘中の面倒は見きれない。死んでも責任は取れないからな。それと、自分の身は最低限自分で守れ。でなきゃ、おっかなびっくり後ろを付いて来るんだな。ショウジ、面倒を見てやれ」


「…………はい!」


 もしかすると俺も大概甘いのかもしれない。

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