第126話 ふたりはデストロイヤー!
「っ! させるな! 弓部隊、矢を放て!!」
強烈な魔力の流れを感知したエルフたちが、一斉にそうはさせぬとばかりに即応性の高い矢を放つ。
「まことにくだらぬ。その程度の攻撃が妾に通用するとでも思うたのか?」
鼻を鳴らしたティアの言葉通り、彼女を射抜かんと殺到した数十にも及ぶ矢は、全て目の前に展開した俺の使う魔法障壁の元となった『神魔竜』の結界により全て塵に分解されていく。
攻撃能力まで兼ね備えた魔法障壁を使うとか、あまりにも鬼畜過ぎる所業だ。
「な、なんだ、あの障壁は……!?」
驚愕の呻きが漏れ出るが、その反応はあまりにも遅かった。
「……では、茶番は終わりじゃ。貴様ら耳長お得意の魔法でなんとかしてみせるがよい」
そして、
それと同時に、正面へ向けて翳されたティアの手から迸った漆黒の炎の奔流が、俺たちから見て真正面――――指揮官エルフの立っている位置を境目に、その右側に展開していたダークエルフとエルフたちに襲いかかった。
襲撃者の中にも、魔力の障壁を張れるだけの実力を持つ術者はいたことだろう。
だが、ほとんどの人間は、ティアが魔力を練り上げた瞬間から恐怖に引き攣った表情を浮かべるだけで、抵抗らしき抵抗すらできなかった。
逆に、わかってしまったのだろう。なまじ魔法に精通しているだけに、ティアの放った魔法がどれほどのモノであるか。
そして、それが最後に見た彼らの表情だった。
「たっ、退――――」
自分たちがいったいナニを相手にしてしまったのか、彼らはそれに気付けただろうか。
射線上にいたエルフとダークエルフの二十余名ほどが、悲鳴を上げる間も与えられず瞬時に消し飛んでしまった。
もちろん、一人二人は持てる力を最大限に発揮し、障壁を張ることに成功した魔法士と思われるエルフもいた。
しかし、その渾身の障壁も、一瞬にして波に曝された砂の城のごとく消滅し、その向こう側にある術者の身体ごと黒い炎の激流に呑み込まれる。
クレイモア地雷のように、ミンチになったとかそんな生易しいものではない。
文字通り、この世界から消滅してしまったのだから。
炎のように見える圧縮された破壊エネルギーの通過によって抉れ――――いや、削り取られたような断面を見せている地面が、その一撃に秘められた絶大な威力を物語っているが、ほんのわずかな魔素の残滓さえ感じ取れないほどの有り様となっている。
そう、ティアの放った黒炎が通過した跡には、生命体が存在していた痕跡など微塵も残されてはいなかった。
「
種明かしとばかりに喋るティアだが、たぶん誰も聞いていない。
というよりも聞いていられる余裕すらなかった。
驚くべきことに、指揮官エルフのほぼ真横を通過していった黒の炎は、触れさえしなければ消滅のエネルギーに巻き込まれはしないのか、射線の周囲に対して一切の影響を及ぼしていなかった。
おそらく、破壊のエネルギーの外側を、完全な無属性のエネルギーで外へ漏れぬようコーティングしていたのだ。
単純な破壊力のみならず、魔法としての制御能力の細かさもケタ違いである。
これが……これほどのことを容易くやってのけるのが、世界最強クラスの生物が持つ力ということか。
あらためてその存在に恐ろしさを覚えそうになる。
「まぁ、威力を絞ればこんなものかの。しかし、飽きた。この娘を持って、妾は下がっておるとしようかの」
凍り付いている場の空気など無視して、やる気をなくした様子で呟くティア。
既にその身から放れていた鬼気じみたオーラは霧散しており、呆然としている周囲さえも完全に置き去りにしていた。
「クリス、後は任せたのじゃ」
そう一言だけ俺へ向けて残し、一瞬で起きた凶行に再び呆然とした表情を浮かべている褐色エロフの首根っこを掴むとそのまま引きずりながら後方へと連れて行ってしまった。
……なんつー勝手なヤツだ。
しかし、これから起きるであろう乱戦の中では、一連の出来事によりショック状態で使い物にならない
「ひ、ヒト族があんな魔法を使えるだと……!?」
「バカな、あんなものエルフの高名な魔法士ですら――――」
ひとたび発生した驚愕のざわめきは、伝播するようにして徐々に大きくなっていく。まるで彼らの心を蝕むように。
「う、うろたえるんじゃあない! ヒト族にあれほど高威力の魔法がそう何度も撃てるはずがない! 数の上ではこちらが上だ! 確実に数で攻めて、次の魔法を撃たせる前に討ち取れ! あの女も絶対に逃がすでないぞ!」
一番うろたえてるのはお前なんじゃないの? と思う有り様で、周りで度胆の抜かれている生き残りの兵士たちに向かって叫ぶ指揮官エルフ。
いや、ポンポン撃てるどころか、ティアが本気出したら周囲一帯があっという間に更地へ変えられると思うけどな。本人は既にやる気をなくしているようだが。
「クリス、ここらで最後通牒をしてやらなくていいのか? このままやっても、なぁ?」
同じく興が削がれたのかサダマサが訊ねてくる。
「……無駄だよ。あんなに張り切ってて、こっちの話なんか聞くわけないじゃないか」
降りかかる火の粉を払うどころか、火の元に思いっきり新鮮な酸素をぶっかけたようなものなのだが、その意味がわかっていない。
サダマサには悪いが、こういう手合いはとにかく自分の信じる現実を信じたがる。警告をしたとしてもほぼ100パーセント無駄に終わる。
そもそも、相手の言うことを素直に聞けるだけの柔軟性があれば、先の二十人ほどもお星さまにはなっていなかったことだろう。
「まぁ……それもそうだな」
侍は小さく嘆息。
「第一、俺がそんな善人に見えるか? 見ろよ。危害どころかこちらを殺す気満々の連中に優しくしてやれるほど、博愛主義にはなれそうもないぜ」
「おおおおおおおおっ!! 押し潰せえぇぇぇぇぇっ!!」
俺の苦笑交じりの言葉を余所に、指揮官エルフの檄で気勢を取り戻したか、白兵戦に長けると見えるダークエルフたちが、リーダー格と思われる男の怒号にも似た雄叫びを皮切りにこちら目がけて突っ込んでくる。
どいつもこいつも、人を殺し慣れた獰猛な面構えをしている。
なるほど、これなら魔族の血が入っていると言われても、それほど違和感を覚えないな。
「……仕方ない。サダマサ、俺らでやるか。でも、全部はやるなよ?」
溜息ひとつ吐き出して、俺はUMP45
「どいつを残せばいいんだ?」
「まぁ……あの無駄に偉そうなヤツだけでいいだろ。一応、黒いのも一人くらい。そっちはあくまで努力目標で」
俺の言葉に承知とばかりに頷くと、サダマサは一瞬だけ腰を沈め、そこから一気に疾駆を開始。
駆けるというよりは、もはや地面を滑るように、サダマサは前方への移動を繰り返し間合いを詰めていく。
最初の踏み込みにかかるケタ違いの衝撃で、地面が小さく掘れてしまっている。機動戦士かお前は。
異様なまでの速度により、瞬く間にサダマサは相手との間合いを詰める。
それはまさしく戦闘態勢に移行しつつあった襲撃者たちの先手を取るほどに。
これだけ接近してしまうと、サダマサ相手に弓や魔法で攻撃を仕掛けようとすれば味方まで巻き込んでしまうことになる。
あくまでも戦えるのは自分のリズムについてこれる者だけと宣言したに等しい。
既に抜剣していた手近なダークエルフを最初の標的として、サダマサは地面を蹴って飛び込む。
衝撃から立ち直れないでいるところに抜刀からの横薙ぎの斬撃を叩き込み、ガラ空きとなっていた一人目のダークエルフの腹部を切り裂く。
「ぎぃっ!?」
悲鳴と共に、鋭く入った切り口から腹部の内容物がこぼれ落ちるのを軽く見届けながら、サダマサは次の標的とばかりに近くにいた二人も同様に、今度は逆方向の横に走る一閃で瞬時に屠る。
滑り込むと表現できそうなほど身体深くまで侵入する白刃は、その鋭い斬撃に反してするりと抜けていく。
一切の無駄を省いた動きで相手の急所を切り裂いていく、もはや鮮やかな舞踏にさえ見える剣技。
その一撃に、斬られたダークエルフは悲鳴を上げることもできず、受けた運動エネルギーをその身に宿すかのように仰け反りながら地面に倒れ、小さく断末魔代わりの痙攣を起こして絶命。物言わぬ屍と化す。
それだけでは終わらない。
さらにサダマサは、駆け抜けてきた勢いは殺さず、そのまま近くにいたダークエルフの間合いへと強烈な踏み込みを繰り出す。
やっとのことでサダマサの動きに対応し始めていたそのダークエルフは、上段から剣を振り下ろそうとするも、深くまで侵入してきたサダマサの姿にたじろぎ斬撃の勢いが著しく低下。
ようやく掴んだ攻撃のチャンスに対し、その選択は致命的でさえあった。
「ふっ!」
漏れ出る呼気と共に左切り上げに走る刀身は、ダークエルフが剣を握っている両腕を斬り飛ばしながら、さらにその先にある切っ先部分が右下顎部から眼球を切り裂きつつ左耳に抜けてド派手な血の華を咲かせる。
瞬く間に四人を斬り殺したサダマサ。
その鬼神の如き強さに、荒事慣れしていると思われるダークエルフたちでさえも、あまりにも容易く仲間が倒されていく悪夢に攻めに出られないのが見てとれる。
なるほど、がむしゃらにかかってくるほど実力差のわからない雑魚ではないということか。
それでも――――さすがに相手が悪すぎると言わざるを得ない。
ひとたび戦いとなれば、剣鬼はけして容赦などしない。
意を決したように一人が背後から斬りかかるが、既にその時には自分の後ろに相手がいることがわかっていたかのように、サダマサは身体を反転させるように振り向く。
いつの間にか上段の構えへと流れるように移動していた刀が、相手に向き直るのと同時に神速で振り下ろされる。
地上へ迸る迅雷の如く、ガラ空きの左肩口から侵入した刃はダークエルフの
斬られた側のダークエルフは、刀が通り抜けた時点で絶命していたのか、驚愕の表情を浮かべたまま地面に崩れ落ちていった。
「バケモノだ……」
凄惨とも言える一撃により静まり返った空気の中、ぽつりと誰かがつぶやいた声が不思議と辺りに響き渡った。
「そうか、この世界にも鬼がいるのか。戦ったらさぞ愉快だろうな……」
低く、しかしながら良く通る声で少しだけ楽しそうに漏らしながら、刀を振るい血払いをするサダマサ。
布で血を拭わないのは、まだ戦いが終わっていないと判断してか、それとも見せつけるための演出だろうか。
実際、その効果は絶大なもので、次に我こそはと斬りかかって来る者はいなかった。向こうは完全に腰が引けてしまっている。
「どうした? 勢い勇んで殺しに来たのだろう? 死にたいヤツからかかって来い」
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