第61話 迷宮騎士~後編~
ダンジョン下層の洗礼とも呼べるオーガを倒した俺たちは、時折現れるその他のザコを倒しながら先へと進んで行く。
5.56×45mmNATO弾であれば、防御力がかなり高いオーガであっても倒すには十分とわかったため、足取りも心なしか少し軽くなる。無論気は抜かない。
「マガジン補充しておくから空のちょうだい」
俺の魔力が続く限り弾が切れないのは恐ろしく便利だ。
地球のように魔法もなく大きく発達した工業力に支えられた上で戦争やら何やらをしていた世界では考えられないことだ。
「いつもながらに常識が音を立てて壊れていくわ……」
感心の声を漏らすベアトリクス。一応これも魔法らしいのだが根本が違うと言いたいのだろう。
「魔法だって凄いヤツは似たようなものだって聞いてるけどなぁ」
その気になれば残弾を気にせず射撃しながら進めるのだから無茶苦茶だ。
冒険者へのフレンドリーファイアが怖いのと銃身への悪影響があるのでそんなバカな真似はしないが、極端に言えばチートコードを入れたFPSのようなものだ。
「本人を前に言うのもなんだけど、悪事を企まないのが不思議に思える能力よ?」
「俺は小心者だからな。力の向く先は魔物だけじゃなく人間にも向かう。だったら考え抜いた末の自分を信じるしかない。安易に行使できるもんじゃないよ」
異世界に放り込まれた挙句、こんな真っ当じゃない能力を与えられたら、勘違いしてしまうヤツが出たとしても不思議じゃない。
それでも俺には第二の人生だからと割り切ることはできなかった。
「本音が見えて嬉しいわ。もうちょっと普段からそれくらい素直だといいんだけど」
「はは、そりゃ無理な話だ。目指せ悪徳貴族だからな」
「私兵集団とか作りそう……」
ベアトリクスの予想はある意味当たっている。
以前は現代兵器を使わせるほど兵士の面倒を見切れないと言ったが、今の魔力容量なら無理をせずとも十数人規模の部隊なら運用できそうだ。
帝室との会談時に『使徒』の話題になった際、元の経歴と現代兵器についてそれとなく説明したところ、存在ですら内乱の元になるからくれぐれも派手な真似はしないでくれと帝室から釘を刺されているが。
平時に訓練しておかなかったらいったいいつやるのか。そう思ったが無用な火種を抱えたくないのだろう。
即時動員可能な常備軍が中央直轄軍くらいで、その他の領地では動員も農閑期の領民に限られる。無茶をすれば反乱を察知されるため準常備軍程度の編成でも事足りる世界の発想だ。
綺麗事だけで戦争に勝てるなら、地球はとっくに愛と平和の世界になってたはずだ。そのうちこっそりやらせてもらう。
「ところでクリス。どこまで潜るつもりなの?」
思考の世界にトリップしかけていた俺へと控えめにかけられる声。
進行ペースが下がるどころか上がったのだから、同行者としては不安になったに違いない。
引き返そうと言わないのは、自分からついて行くと言い出したからか。律儀なものである。
「んー、行けるところまでだな」
気遣いやそれに類する言葉はかけないでおいた。
いくら察していたとしても、あまりに早く言ってしまえば「戻りたいのか?」と俺の口から言わせてしまったとべアトリクスは気にしてしまう。
……表情に思いっきり出てるんだけどね。
顔は口ほどに物を語るもので、俺の返答を聞いた途端にベアトリクスの顔が割と見逃せない勢いで引きつった。
え、コイツマジで言ってんの? と言いたげな表情を秀麗な顔に浮かべていたが、俺にも情けはあるので見なかったことにした。
「ま、まさかとは思うけれど、踏破するつもりなんじゃ……」
「そうだな。できるようならやっちまおう。勿体ぶるようなもんじゃないしね」
学園の課題をこなすような俺の軽い返事に、ベアトリクスの顔は更に引きつり、とうとう顔色まで悪くなり始める。
あぁ、せっかくの可愛い顔が台無しだ。
「オーガだって倒したんだし、実績稼ぎならもう十分じゃないの? ほら、討伐の証の魔石もちゃんとあるし」
身の危険を感じて形振り構っていられなくなったのか、ベアトリクスは預けておいた魔石の入った袋を取り出して押し付けるように見せてくる。
「『迷宮騎士』扱いされる俺らがオーガを倒したなんて言った日には、そりゃちょっとしたニュースにはなるだろうな」
「じゃあ――――」
一瞬期待からか、ベアトリクスの顔色が元の健康なものへ戻る。
「だが、オーガの魔石2個くらいじゃ、足を引っ張ることしか考えていないボンクラたちに「中級冒険者から買い取ったに違いない」とか言われるだけだよ」
続く俺の言葉を受けて、一転して「あぁ、戻る気ないのね……」と言いたげに悄然と項垂れてしまう。
「勝手な連中には言わせておけばいいって、さっき自分で言ってたじゃない……」
「そりゃ俺たちの戦い方の話だろ? 実績ってなりゃ話は別だ」
前言撤回するようでアレだが、正直ケースバイケースである。
実際、学園以外の貴族にも『迷宮騎士』として登録している人間はいるのだ。
自分の力で戦っていないアホどもは、ここぞとばかりに俺の足を引っ張ろうとしてくるだろう。妬み嫉みとはかくも恐ろしい。
「もう……。ホント、負けず嫌いなんだから……。子供じゃないのに……」
諦念が入ったからか、最早泣きそうにも聞こえる声を出すと、ベアトリクスは今度こそ完全にがっくりと項垂れてしまう。
首の上下運動に忙しない。
しかし、若干14歳の少女にガキ扱いされる精神年齢30後半というのもどうなんだろう。
まぁ、男は大人にはなれない生き物らしいので致し方ない。
「――待てベアトリクス」
「なに、クリス? ……って、えっ、ちょっ―――」
俺はなんの前触れもなく左手を伸ばし、ベアトリクスの身体をそっと自分の方へ抱き寄せた。
抗議のつもりなのだろうが、困惑によってまったく意味をなしていない声を完全に無視して、腰から近接戦闘用に用意していた一尺六寸の小太刀を抜くとそのまま勢いよく突き出す。
ズブリという肉に刃が食い込む鈍い音と不快な感触が、俺の右腕に伝わってきた。
「ク、クリス……」
突然の俺の行動に、こちらを見て驚愕に口唇を震わせているベアトリクスの姿があった。
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