第60話 迷宮騎士~前編~
「でも、他の『迷宮騎士』に見られたら何て言われるか気になるのよね……」
ベアトリクスの口からぽろりと漏れた単語を聞いて、さすがに俺も顔を顰めてしまう。
「あぁ、アイツらは面倒臭いなぁ……」
『迷宮騎士』。響きだけを聞けば何やら仰々しく感じられるが、中身は貴族冒険者が自称している呼び名に過ぎない。
その昔、「高貴な身分である貴族が責務を果たすため、下賤な冒険者に混ざって……」とか、お前現実見えてないだろと正気を疑うような発言をしたバカのせいで、この名称が用いられることとなったらしい。
それだけならまだ笑い話で済むが、現実はしばしば想像の遥かに斜め上をいく。
稀代のバカの発言によって、冒険者ギルドの建物まで『迷宮騎士』向けに別の所に建てられ、余計なコストまでかかっている始末だ。
もちろん、声がでかいだけのバカのために冒険者制度が変わるハズもなく、実際にはデメリットばかりではないからこそ未だに制度が残っている。
貴族の子弟が、ギルドで荒くれ者たちに絡まれないようにという配慮もあるし、『箔』の欲しい嫡男が中級冒険者に護衛の依頼をしてダンジョンに潜ることもあり、それが縁で将来家臣として雇われるケースもあるらしい。
恩恵に与った有力貴族からの寄付もあり、国を通して補助金も出されているため、一概に無駄なものとも言い切れないのだ。
「騒ぐのは自分で戦えないバカだけだ。そんな連中なんて放っておけって」
「うわ、ばっさり」
「最終的に生き残ったヤツが勝ちなんだよ。貴族らしくないとか、騎兵の馬を狙うような真似とか罵るヤツがいても、それはただの負け惜しみだ。死んだらそんなセリフもダンジョンのシミになるだけだ」
歩を先に進めながらも、貴族の前で貴族の矜持を一刀両断するようなセリフを平然と吐く俺に、ベアトリクスは呆れたような表情を浮かべる。
「クリスがドライ過ぎるのよ。それでよく学園の貴族子弟と揉めないわね……」
いいえ揉めてます。言っていないだけで。
「……学園じゃ多少は空気読んでいるからな。他のボンボンどもより剣術とかが使えるだけで、表立っては文句も言われなくなるよ」
「それでも絡んでくる人には?」
あ、これは信じていない表情ですね。
「懇切丁寧に剣か格闘術の稽古をしてやるのさ。ちょっと熱心に教えたら、泣いて喜んでくれたよ」
にやりと笑って返したら、ベアトリクスは何を悟ったのか微妙な表情を浮かべた。
学園でたまに出る実技訓練中のケガ人の何パーセントかは、俺が生産していると気付いたのだろう。
後遺症が残るような目に遭わせてないだけ感心してくれてもいいと思うのだが。
「……さて、おしゃべりは終わりだ。次のお客さんだぞ」
続けようとしたベアトリクスを手を掲げて遮り、俺はHK416を『探知』の魔法に反応があった方向へ向けて構える。
魔力探知だけに頼らず耳を澄ます。
薄暗い灯りに照らされた通路の向こうから重量物がこちらへ向かってくる音が聞こえる。
「灯りがなかったら音だけじゃわからないわよね」
「だから逃げられなくなるヤツが出るんだ」
ダンジョンには
これ自体、外して持ち帰って魔力をこめれば照明として使える優れモノの
そのため、潰されていないダンジョン以外で持ち出すことは、冒険者の探索活動の妨害となるためギルドにより固く禁じられている。
冒険者なんて一攫千金を目指すヤクザじみた商売をしている連中も、資格剥奪ともなれば社会的に死ぬのでこれだけには手を出さない。
「あれは……
灯りに照らされて露わとなった異形の姿を見て、ベアトリクスの口調が緊張を帯びる。
オーガ。主にフィールドでも深い森や洞窟に生息する大型の亜人だ。それが2体。
ゴブリンは基本的には小型なのでさておき、比較的大型の亜人に属するオークと比べてもその体躯は大きく、ブラウンベアーに匹敵する巨躯を持つ。
巨体からわかるように膂力・筋力はすさまじく、大木すら棒のように振り回して獲物を撲殺し、その肉を喰らうのだ。
『食人鬼』の名前の通り人間の肉も大好物で、『
知能はそれほど高くないが、とにかく攻撃力・防御力に全振りしたようなタンク系の魔物で、中級の冒険者が数人がかりで挑む存在である。
弓はもちろん、剣や槍でも致命傷を与えるのが困難な鎧めいた肌をしているのだ。ケガ人覚悟で急所を狙っていくのが攻略法となる。魔法使いがいないと厳しい敵だ。
「ベアトリクス、なるべく顔を狙ってくれ。俺は横合いから接近して殺る。背後にも気を付けろよ」
「わかったわ。そちらも気を付けて」
簡単に指示だけ出して、俺は一気に駆け出す。
初級冒険者グループや単身の中級冒険者なら、出会っただけで逃げ出すことも多々あるオーガだが、その程度で俺が侵攻をやめることなどあり得ない。
ただでさえ知能が低いオーガは、コピー品が現れるダンジョンではでくの坊も同然だ。
ただ、その肉体にダメージを与える方法が限られているだけで。
P-90でフルオート掃射を行うベアトリクスの狙いはかなり正確で、1体目のオーガの顔面に5.7×28㎜弾が突き刺さる。
矢を弾く分厚い皮膚が本来発揮するはずの威力を減衰させてしまうため、.357マグナム弾よりも威力の低い5.7㎜弾では脳に達しなければ致命傷とはならない。あくまで牽制の意味合いだ。
「おっ?」
偶然にもそのうちの1発が眼球に直撃し脳内に潜り込んだのか、くぐもった呻き声を上げるとそのまま崩れ落ちる。幸先がいい。
そう思っているうちにマガジンの弾が残っていたのか、標的を切り替えたP-90の弾丸が2体目にも喰らい付こうとする。
無論オーガもバカではない。敵の攻撃が自分を容易に殺せるものだと理解したのか、丸太のように太い腕を交差して弾丸から頭部を守ろうとする。
本能からなのか知性由来の行動なのか、ともかくオーガのその試みは正解だった。
左腕に食いついたものの、貫通には至らず中で止まってしまう。
もちろん、頭部はおろか右腕も未だ健在だ。
同時に50発の容量を持つP-90のマガジンの弾が切れる。
弾切れを悟ったのか「よくもやってくれたな」と言わんばかりの咆哮と共に、オーガがこちらへ向けて移動を開始する。
「
弾切れによる警戒を告げるベアトリクスの声。いやいや、十分な隙を作ってくれたよ。
突撃を一旦止め、その場で膝撃ちの姿勢を作ってトリガーを絞る。
再装填後に1発も撃っていなかったHK416から待ってましたとばかりに弾丸が吐き出され、ある一点をめがけて音速で飛翔する。
狙うは――膝だ。
たった2本で巨大な質量を支えているオーガの大きく太い脚は、二足歩行の生物としての例に漏れず、関節部分が稼働するための隙間がある。他の箇所と比べれば分厚い皮も薄くなりがちなため脆くなっていた。
一見弱点がないように見えても、よく見れば急所は存在するのだ。
「ジャックポット!」
吸い込まれるように膝に多段ヒットした5.56mm弾は、皮膚を突き破り膝の骨を容赦なく破壊する。
体重を支えるのみならず、駆け出そうと重心が集中していたタイミングでそれを喰らえば、脆くなった土台は柱を支えられない。
鈍い音とともに膝が曲がってはいけない方向へとへし折れ、オーガは地面に倒れこんだ。
すかさず頭部に向けて残りの弾丸を叩き込み、完全に息の根を止める。
「ナイスアシストだったよ」
マガジンを抜いて魔力に分解しながら新たな弾倉を装填。駆け寄って来たベアトリクスに軽く拳を突き出してねぎらいの言葉をかけるも、ベアトリクスは半ば呆然としていた。
おそらく、こんなにもあっさりとオーガを倒せるとは思っていなかったのだろう。
「驚いた。オーガも簡単に倒せてしまうのね……」
信じられないといった響きの言葉を漏らすベアトリクスだが、その目はオーガの残した大きな魔石に注がれており、それが現実を否応なしに突きつけていた。
「な? いつも言ってる通りだろ? ファンタジーが地球なめんじゃねぇって」
「え、なにそれ。初耳なんだけど……」
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