第59話 ダンジョンに青春を求めたトコロ


 “ダンジョン”と呼ばれてはいるが、それはほとんど明らかになっていない謎の存在だった。

 判明している範囲で簡単に説明すれば、『魔素の濃い地域にできた吹き溜まり』といったところだ。


 魔素というのは、この世界のどこにでも存在するとされる物質だが、殆どの生物の生命力を決定づける要素ともなっている。魔物の場合にはそれが補助的な役割を通り越して身体の主要構成物質となるらしい。

 ダンジョンの中には濃密な魔素から生み出された魔物や亜人が現れる危険な場所でもあるのだ。フィールドよりも強力だが仮初の肉体しか持たないため知性は低いのが幸いと言うべきか。


「表層はゴブリンが出て来るからイヤなんだよなぁ。なんか殺りにくくて……」


「西の守りを任せているものね。教えてくれた時には驚いたなんて話じゃなかったわ」


 何年か前にサダマサから向けられたような視線を感じる。

 ゴブリンさんたちが文明国化して脅威になったらとか思っているのかもしれないが、それよりも人間国家が発展すれば大丈夫だろう。たぶん。


「あっちでも最近ダンジョンが見つかったらしいぞ。この前会った時はみんなで潜ってみるとか言ってたな」


 ダンジョンは地下へ地下へと広がる性質を持つため、そこから魔物が出てくることは滅多にない。

 魔物が討伐されないままだと魔素が行き場をなくし、ダンジョンの外のフィールドへ少なからず漏れ出すこともあるため、付近の魔物が強大化したりする。


「好奇心がすごいわね。ゴブリン・レンジャーとでも呼べばいいのかしら?」


「そのうちもっと強くなったりしてな。事情を知らない冒険者が近寄らないようにしておかないと……」


 魔力が溢れると付近に被害をもたらす要因となる。

 そのため、ダンジョンには定期的に『冒険者』と呼ばれる人間が潜って魔物を討伐する。

 彼らはほとんどが市民階級ではなく、控えめに言えば何でも屋、歯に衣着せぬ言い方をすればならず者のような扱いだ。


「いっそわたしたちと一緒に踏破しちゃえばいいんじゃない?」


 ベアトリクスにしては珍しくいたずらめいた表情を浮かべている。この様子ではかなり俺たちに毒されてきたのかもしれない。


「それは上前を撥ねているみたいであいつらに悪い気もするんだよなぁ」


 さて、この流れでもうおわかりかもしれないが、俺とベアトリクスは現在冒険者として活動をしている。


 貴族の子弟がなぜ? と思われるかもしれない。

 理由はいくつかあるが、実戦も兼ねた鍛錬として最適なのがまずひとつ。これはサダマサにも認められている。


「いいのそんなのんびりで。実績を得て陛下に叙爵してもらうんじゃなかったの?」


「いずれはな。今すぐって焦ることじゃない。来年にでも家を追い出されるでもないし」


 ふたつ目にあるのは自分の将来の話だ。

 現世の俺は候爵家の次男坊だ。諸々と異世界知識を使って盛り返した実家の功績も親父殿のものとしている。

 ベアトリクスとは婚約しているが、エンツェンスベルガー公爵家に入るにしても現当主が健在なうちは無理なので、将来的なことを考えると何か“箔”を付けておく必要があった。

 そんな理由で貴族が冒険者になったのでは余計に奇異の眼で見られそうなものだ。しかし、実際は貴族でも似たような境遇の者も少なくないらしい。


「“同業”に聞かれたらまた揉めそうなことを言うのね……」


 貴族の子弟の中には、同じようにダンジョンにもぐって探索を副業にしている人間も存在する。


「とは言っても、大半の貴族冒険者は小遣いと実績稼ぎが主な目的だろ? 命懸けてまで叙爵するなら開拓を選ぶんじゃないか?」


 真面目にやるヤツほど実家の爵位は高くなかったり、家が傾きかけたりしているケースがほとんどだ。

 実績を積むよりも先に、何かと入用になる帝都での生活の足しにしたい切実さが上回っていると聞く。


「命を懸けて迷宮に挑むクリスがどれだけ変わっているかよくわかる話ね」


「それについてくるベアトリクスもたいしたもんだよ」


 本来公爵家令嬢のベアトリクスが冒険者になる必要はない。

 ところが先述の理由で俺が『冒険者』をやると言ったら、「自分も何か手伝いたいから」と迷う素振りもなく登録しやがった。

 個人的には無理をさせるようであまり気は進まなかった。


「強くなれる機会があるのに何もしないのはイヤなの。何もできないままでいるのもね」


 竜峰で家臣を失った経験に忸怩たるものがあるらしく、ほとんど勢いで押し切られてしまった。

 ここに未来の義父でもあるエンツェンスベルガー公爵からの援護射撃もあれば、俺の立場的にも無下になどできるわけもない。


「強くなったと思うよ。気絶しなくなっただろ?」


「……まだまだよ」


 ベアトリクス自身も社会的地位を持つだけに、要らぬ恨みを買うこともある。

 常に一緒にいられるわけでもないため、身を守れるだけの腕っ節があって困るものではない。そう判断した俺とサダマサで鍛えることとなった。

 はじめのうちは貴族の手習いに終わるかと思ったが、元からその手の才能があったのか、今ではそれなりのモノを修めていたりする。


「じゃあ今日も張り切っていこうか」


 前世の知識・経験がある俺とは違って、貴族社会で生まれ育ったベアトリクスにとっては、これまでの常識では考えられない冒険者の世界に日々驚くことになったのはまた別の話だ。


「無理に撃たなくていいから。後方の警戒と俺の撃ち漏らしだけ殺ってくれ。できるだけ弾は温存すること」


 背中を任せたベアトリクスに簡単な指示を出す。


「わかった」


 今回潜るのは帝都近くで管理されている駆け出し冒険者向けのダンジョンだ。

 駆け出し向けとはいいつつも、それはあくまでも上層のみの話で、下層ともなればベテラン向けに早変わりする。


 魔物を生み出すダンジョンも、各種魔石など魔素の高密度結晶といった見返りがある。そのため初級でも滅多に潰されることはなく、帝都近くのような冒険者の数も多く適切な管理下にあれば訓練用として利用されている。


 ただ、このダンジョンに関しては


 帝都付近に初心者向けの管理ダンジョンは意外と多く、わざわざ初心者とベテランが混在するようなものを残しておく理由はない。

 にもかかわらず、未だにココが潰されていないのは、ひとつのダンジョンで奥へと進むにつれて難易度が異なるだけでなく、最下層に相当な強敵が潜んでいるからだった。


「ザコ相手に時間は取りたくないんだがなぁ」


 迷宮由来のゴブリンの群れが現れた。

 侯爵領で西方開拓を密かに進めているゴブリンさんたちとは違う能無しどもに、まともな接近戦などやっていられない。

 HK416アサルトライフルの5.56×45mm NATO弾で早々に魔素に戻ってもらう。


「射撃用意! ――撃ちかた始め!」


 地下空間で銃をぶっぱなすと、反響で耳がとんでもないことになるので、全ての銃にあらかじめ抑音器サプレッサーを取り付けている。

 銃口を延伸するように取り付ける分、必然的に取り回しも悪くなるが、そんなものは通常の冒険者のロングソードや俺が腰に佩いている刀の方が、よっぽど前方に対して距離をとっているため許容範囲内だ。


 亜音速弾は使用していないので、圧縮空気が抜けるようなやや鋭い音が連続して鳴り響き、遠距離から一方的に魔物たちを殺していく。

 まぁ、厳密に言えばダンジョンの魔物は生物ではないので、機能を停止させているとでも言うべきなのかもしれないが。


「いつものことではあるけれど、こんなに楽しちゃって良いのかしら?」


 サプレッサーにレーザーサイト、更には排莢受けを取り付けた個人防衛火器PDW FN P-90を構えたベアトリクスが、魔石だけを残して消滅していくゴブリンたちを見ながら呟く。


 ダンジョンの攻略するためにサダマサから剣術やら格闘術も叩き込まれているのに、今のところそれらを一切使っていないのだからそう思われても仕方ない。


 負わなくていいリスクならできるだけ回避するべきだ。

 相手が剣を持っているなら剣で、素手なら素手で相手しなければいけないか? バカな話だ。可能なら戦車で一方的に踏み潰す。


 だから火縄銃ではなく『お取り寄せ』ができる現代火器を渡してあるのだし、万が一の訓練も積んでもらっているのだ。


「強敵まで体力を温存できるんだ、良いことづくめだろ?」


 討伐の証明にもなる魔石を拾いながら、俺はベアトリクスに言葉を返す。

 ベアトリクスが釈然としていないのはよくわかるが、深く考えるのは貴族の職業病みたいなものなので適当に流しておくのが吉だ。

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