第58話 あれからイロイロありまして
ティアが我が家への居候を始めた、竜峰への旅から2年半が過ぎた。
この世界に転生してようやく12年が終ろうとしており、帝国の慣習ではもうちょいで大人といった感じだ。
「今日の講義はここまで」
教員の声で生徒たちが席から立ち上がり、思い思いの行動に移っていく。
そう、今の俺は中等学園の最高学年に在籍していた。
「今日どこ行く?」
「いい店見つけたんだよ」
「本当? めちゃ楽しみ」
学園生活を振り返ってみればトラブルには事欠かなかった。
おかげさまで学生的な遊びもできやしない。
「今日こそアウエンミュラーのヤツにひと泡吹かせてやる……!」
「もうやめときましょうよぉ……。次は殺されちゃいますって……!」
全力で聞こえないフリをする。
貴族社会は足の引っ張り合いだ。それは子供同士でも変わることはない。
野心の強い者にとっては、将来のライバルをぶっ潰しておく場でもあるのだ。
「元は貧乏侯爵家の分際でデカいツラをさせていられるか!」
「今はそうじゃないから絡むとまずいんですよ!」
タダでさえ面倒くさい宿命の下生まれているので、候爵家の身分の範囲でなるべく目立たないようにと過ごしたかったが、なかなかどうして上手くはいかなかった。
どこにでも想像の下を余裕でくぐり抜けてくるバカはいるもので、現在の侯爵家の財政状況など知らずに『没落貴族』と難癖をつけてきたどこぞの候爵家のボンボンがいた。……さっきからうるさいのを無視しているアイツだ。
揉め事を起こすのは気が進まなかったが、本当に同じ人間かと思うくらい話が通じない。
ここまでくると、血統しか主張できないアホには世間の厳しさを教えてやるべきだろう。
ソイツには軽く煽ってワザと浅慮を起こさせ、しばらく病院のベッドの上で身動きの取れない生活を送ってもらった。若気の至りである。
「由緒ある我が伯爵家の私が負けたままで――」
「勘当されたら見限りますからね。次は多分本気でされますよ?」
こうなるとむしろ話は早く、アホの親は怒り心頭で学園に乗り込んできた。
なんでもこちらが没落貴族が相手と思っていたらしく最初は居丈高だったが、話が進むにつれて怒りの顔色は真っ青なものへと急変していった。
そりゃ我が家の財力は既に回復しており、そればかりかやんごとない後ろ盾すらある。そうとわかれば後は手の平返しで平謝りだ。
貴族は案外わかりやすい生き物で、ちょっとばかり代表に痛い目を見せてやったらちょっかいを出してくるバカも一気にいなくなった。
「いいのかい、あれを放っておいて」
「カール」
色素の薄い肌にこげ茶色の癖っ毛を持つ少年が声をかけて来た。
カール・フォン・クロイツァー。帝国東方に領地を持つクロイツァー子爵家の嫡男だ。貴族のくせに気取った風でもなく人懐っこい印象を与える誰からも好かれるタイプの人間だ。
「あれはもうポーズだろ。まともに相手すると俺の周りに人が寄り付かなくなる」
「うーん、もう手遅れじゃないかな?」
おおむねそのとおりである。
最初が肝心と大立ち回りをし過ぎたか、なんだか俺は中等学園でとびきりの危険人物扱いをされているのだ。
おかげで平穏な日々を謳歌できるようになったのだが、中等学園における在学時間も残すところあと数ヶ月となり、本当にこれで良かったのか少し悩んでいた。
「せめてイゾルデには迷惑がかからないようにしてあげなよ?」
「あいつは大丈夫。人が良すぎて心配になるくらいだ」
異端派に狙われたイゾルデも、俺と行動を共にしているサダマサにティアと一緒の方が安全だと判断され、俺の学園行きに合わせて帝都へやって来た。
侯爵家の別邸でともに過ごし1年遅れで入学しているが、「クリストハルトの妹」と呼ばれつつも持ち前の性格が悪い噂のすべてを粉砕しているらしい。
「どこか寄って行くかい?」
「悪い。今日は先約があるんだ」
「そうか残念。また今度だね」
「埋め合わせはするよ」
カールと別れて校内を歩いていく。
他の生徒は誰も俺と目を合わせようとしない。……おかしいな、視界が滲んでくる。目にゴミでも入ったかもしれない。
「クリスー!」
ふと泣きそうになりながら廊下を歩いていると、不意に背中から声をかけられた。
振り返れば、金髪碧眼の美少女が小さく笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「……ベアトリクスか」
「ご挨拶ね。眠そうな顔しちゃって……。あんまり顔に出すと教師陣から睨まれちゃうわよ?」
欠伸していたとでも思ったらしい。むしろその方がありがたかった。
「もうとっくに睨まれてるよ。さっさと卒業しろってみんなの顔に書いてある」
「容易に想像できるから困るわね……。それで今日の放課後はどうするの?」
俺よりも2歳上のベアトリクスは、この2年半の間に生来の美しさに更なる磨きをかけていた。
身長は既に160㎝にまで達し、本格的な成長期に入り始めたばかりの俺よりも少し小さい程度だ。俺の鍛錬にもできる範囲で付き合っているため、上級貴族の子弟とは思えないほどに身体が引き締まっている。
にもかかわらず、肌は白磁のごとき色合いを保ち、ストレートの金髪はその艶をいささかも衰えさせてはいない。
「うーん、そうだな。予定していた通りダンジョンに潜ろうかと思ってる」
「じゃあ一回帰って着替えないとね」
ふわりと良い香りが鼻腔をくすぐった。
彼女が同世代と比べてずば抜けて美しいのは魔法や奇跡の産物ではない。元々の地も良いが、俺が取り寄せた地球産の化粧品類を使っているからだ。
「さすがにその格好じゃあ俺が公爵閣下に叱られちまうよ」
「こういう格好で学園に来たくないのよねぇ。何かいい方法ないかしら?」
ベアトリクスは服の裾を摘んで見せる。成長著しい身体つきが否応なしに目に入ってしまう。
14歳という次なる成長期に入ったためか、身体のラインは女性らしさを増す一方だ。思春期の真っただ中にある俺には大層目の毒になる。
前世の時ってこんなに悶々としたもんだったか?と不思議に思うも、相手が相手では仕方がない。
あと2年もしないうちに結婚するのかと考えると、昼間からでも妄想の世界に旅立てそうである。これが若さか……。
「制服でも考えてみるかぁ。平民出身者にも出資する形にすればなんとかなるかも」
なるべく目線が身体に向かないようにしながら、俺は平静を装って言葉を返す。
「高等学園の方にも頼みたいところね」
ベアトリクスはとっくの昔に中等学園を卒業し、貴族としては珍しく高等学園に進んで勉強を続けている。
どちらも帝立なので建物も隣り合っており、時折――ではなくしょっちゅう俺を探して中まで入って来るのだ。
OGだから校則的にも問題はないし、そもそも公爵家のご令嬢に正面から文句を言えるアホ……もとい、勇気のあるヤツはいない。
とはいえ、陰では何かしら言われているようだし、実際にその絡みで嫌がらせを受けたこともあるが、貴族社会なんてこんなもんだろうと適当に流している。
「ホント、クリスは貴族らしくない行動が好きなのねぇ」
「大きい声じゃ言えないが、元が元だからな。生まれ持っての性分とも言えるけど」
ベアトリクスは、竜峰の時から薄々気付いていたこともあり、俺が『使徒』と呼ばれる転生者だと早い段階から伝えてある。
もちろん全部は話せないので、前世の記憶とちょっと愉快な能力がある程度しか言ってはいない。
「サラリと受け流さないでよね」
事情を知っていることもあって、俺の貴族としては何個かネジが抜けているような言動にも比較的寛容で、むしろそこを積極的に補おうとしてくれるほとだ。
すこし過保護にも感じる時はあるが、きっと将来いいお嫁さんになれると思う。あるいは尻に敷かれる、か。
「わたしとしては、もう少しでいいからそれらしく振る舞っては欲しいのだけれど……。それで、探索にはサダマサ様やティア姉様は来られるの?」
「いや、俺だけだな。アイツらを呼ぶと、別の意味でダンジョンがエラいことになっちまう」
規格外な連中を呼ぶととんでもないことになるからイヤだ。特にティアは以前ダンジョンを物理的に消滅させた前科もあるし。
あれは誤魔化すのが大変だった……。
「それじゃあ、今日はわたしも同行させてもらいます。たまにはいいわよね?」
「……わかった。でも、気を付けてくれよ? 嫁入り前の大事な身体に傷でもつけたら、旦那になるって言ってもみんなに殺されちまうからな」
「もう、バカ!」
こういうところはウブなのだ。
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