第155話 それでも、世界は回っていく~前編~
「あらためて、この度はクリスハルト殿たちには大変な苦労と迷惑をかけることに……」
まるっきり頭の上がらない存在であるティアが同席しているのもあるのだろう。
腰を低くしたシュルヴェステル王が、開口一番俺たちに向かって深く頭を下げる。
以前とは違って、エルネスティもヴィルヘルミーナも同席していたが、今となっては王の態度に対して特に驚く様子もない。
もうすっかり、この各種族が入り乱れた不思議な関係にも慣れてしまったのだろう。
「あー、そうあまりかしこまらないでくれませんかね。俺が多少なりとも、こういう場で口調を崩させてもらえるだけで十分なので」
ギプスで左手を固めた状態で椅子に座りながら、俺はそんな対応への返答に困りつつも苦笑を浮かべる。
いくら非公式の場とはいえ、王族が爵位を持たない人間に頭など下げないでほしい。
さて、実はあのハイエルフ墳墓での戦いから、ざっくり言って1日が経過している。
エラ・シェオルを倒した後、どこからか入ってきたサダマサたちと合流して墳墓から脱出した俺は、残った魔力で出せるだけ多くのC4 プラスチック爆弾を『お取り寄せ』した。
そして、構造的に墳墓広間の支柱となっている部位へと仕掛けた上で外から遠隔起爆させて、リクハルドの最期の望み通りに墳墓を吹っ飛ばして埋めた俺は、そこで気が抜けたか電源が切れるように気絶した。
「今朝方までずっと意識を失われておりましたので、一時はどうなることかと……」
あの戦いの一部始終を見届けていたヴィルヘルミーナが、そうであるからこそ逆に心配となるのであろう、不安気な表情で俺を見てくる。
憂いを帯びた瞳がとても美しく感じられるが、残念ながら俺の好みからすると胸が絶望的に足りていない。
「かなり良くはなった。じきに魔法で治癒できるだろうさ」
そう、いくら最低限魔法で回復したとはいえ、消耗しきっていた気力まではどうにもならなかったのだ。
ボロ雑巾と大して変わらない姿となった俺を見て、ティアがえらい狼狽していたようだが、サダマサがフォローに回った上で命になんら別状はないということを知り、『大森林』が取り戻した平和はちゃんと保たれたらしい。
ティアの取り乱した顔を見られなかったのは少しばかり残念だ。
「ま、俺のことはいいとして、王都が無事に奪還されたこと、これが本当に幸いだったな。俺も文字通り骨を折った甲斐があるってもんだ」
気絶した俺を乗せて、サダマサが運転するM-ATVによって王都へと戻ってみれば、過激派のクーデターは完全に鎮圧されていたようだ。
どうも王都内で援軍に期待しつつ攻勢に出ていた過激派部隊は、王城を占拠するのに相当手間取ったらしい。
その挙句、山間部に配置していた部隊の投入がなされなかったため、ようやっと混乱から体勢を立て直した王都に詰めている王室派部隊と、早急に駆けつけた部隊により、各個撃破されていったとのことだ。
また、その戦いの中で、多くの過激派に属していた指揮官が、戦況を把握できないままここぞとばかりに奮戦した結果戦死してしまい、残っているのは特に貴族としても位の高くない雑魚同然の連中だけだという。
これでは、潰す先もあまりないのではないだろうか。
もちろん、武官のみが穏健派の敵ではないため、油断してよいものではないのだが。
「おぅ、小僧。ちゃっちゃと誠意を見せるのじゃ。文字通り、クリスはお主ら『耳長』どものために骨まで折ってるわけじゃしのぅ。これでなにもせなんだら、どうなるか……わかっておろうなぁ?」
シュルヴェステル相手に容赦なく凄んで見せるティア。
まるっきり言ってることが悪人のそれなんですけど。シュルヴェステルも顔が引きつっているし。
「やめろよ、ティア。そりゃ、俺の行動にしたってまるっきりの善意からってわけでもないが、だからってこの場で対価を要求するのはいくらなんでも不躾だぞ」
窘めるように言った俺の言葉を受けて、ティアは不承不承といった様子ながらも、大人しく引き下がる。
ところで、なぜ俺の骨折が魔法で治療されず、そのままになっているのか。
それは別に、ティアにヤクザばりの恫喝をさせるための演出――――ではない。
今回の戦いでの負傷の結果、無理矢理傷を治す治癒魔法に身体が拒否反応を示したのだ。
この世界にHPなんて便利な概念はないから、あくまでそれに喩えるだけだが、減っては戻して減っては戻してを繰り返したことで、身体への負荷が著しく増したためらしい。
外傷を治す治癒魔法こそ存在するものの、傷を治すために失われた最低限の体力までは回復されないのだ。
それは逆に言えば魔法も決して万能なものではないことの証左でもあるのだが、鼻血を垂らしつつ身体を看てくれたティアあたりに言わせると「死ぬ寸前の大怪我をしたそばから戦いに復帰なんてするからじゃ」とのこと。
ヒトという、身体機能に特別優れたわけでもない種族の限界なのかもしれない。……まぁ、一部突破してる人も身近にいるようですが。
ここ数年のサダマサとの修行により、さよなら人類に少しは近付けたかと思っていたが、それもまだまだ先のようだ。
……決してあんな風になりたいというわけではないのだが。
「それに、俺にできたことなんて微々たるものだったよ。アイツを止められたってのも、結果から言えばそれは――――」
「……クリス様」
自嘲気味につぶやいたことで、部屋に気まずい沈黙が訪れる。
誰もがどう触れていいかわからなくなっていた話題。そこに俺は触れてしまったのだ。
「……いや、本来であれば、王であり父親でもある私がやらねばならなかったこと。それを他人どころか、他種族であるあなたに肩代わりさせてしまったことは、本当に申し訳なく思っている」
実際に手を下した俺に、それ以上の言葉を続けさせないためだろうか。
ゆっくりと口を開いたシュルヴェステルの顔には、深い慚愧の色が宿っていた。
国と
二つの存在に挟まれて決断をすることができなかった結果、このような事態を引き起こしてしまったのだから、その心中はとてもじゃないが穏やかではいられまい。
事実、この2日ほどでシュルヴェステルは少し老け込んでしまったようにも見える。
その最も大きな要因は、自分の血を分けた息子の一人を喪ったことであろう。
「そうは言いますが、理屈だけでどうにかなるものじゃないでしょう」
しかし、そんなことがあったとしても、シュルヴェステルはこの先も『大森林』の王としての責務を全うしなければならない。
また、次の世代へその役目を託したとしても、寿命を迎えて星へ還る今際の時までは、ずっとその後悔の念に苛まれて生きていくことになるのだろう。
ヒトでは想像だにできないほどの長い寿命を持つからこそ、その思いも永きに渡り残り続ける。
死者は何も語らない。
だが、残された者の中に宿る記憶は、そう簡単にすり減っていってくれるものではないのだ。
「そして、このような事態となったからには、私自らが帝国へ赴く所存です。『大森林』の安堵が、私の首を差し出すことで済むのであれば……」
悲壮にも見える決意を決めたシュルヴェステルの表情に、俺は彼の覚悟を見る。
戦争の流れが止まらないのであれば、自身の命を投げうつことでその責務を果たそうとしているのだ。
「いや、それには及ばない。もちろん、帝国まで出向いてもらう必要くらいはあるだろうが、その先は不要だ」
そこで口を開いたのは、意外にも思える人物――――サダマサだった。
「今回の一件は、裏で魔族が手を引いていた。コレは紛れもない事実だ」
そう言ってサダマサは、部屋の隅に置いてあった箱のところまで歩いて行き、それに被せられた布を取り払う。
人ひとりくらいなら余裕で入れられそうな大型のケース。それは、あの戦いの後で俺が用意したものでもあった。要はクーラボックスである。
「これは……!?」
外気が入り込まないよう厳重に封がされていたケースを開けると、衝撃の声がシュルヴェステルとエルネスティの口から漏れる。
そう、中にはドライアイス漬けになった人間の死体が入れられていた。
もっとも大きなリアクションをするはずのヴィルヘルミーナが悲鳴を上げなかったのは、それが何であるかを既に知っていたからだ。黙っていてくれたわけか。
「エルフ……ではない? だとすれば……」
いくら剣と魔法の世界とはいえ、さっきも言ったように魔法は万能の存在ではない。
この世界で生鮮食品の流通が、ほとんど発展していないことからわかるように、鮮度を保存する魔法は今のところ存在してはいない。氷結魔法によりコントロールするしかないのだ。
夏もすぐそこまで来ているこの時期、死体を常温環境下で放置しておけば、あっという間に空気中の小さなお友達たちが大運動会を始めてくれる。
この死体が何であるか判別できるよう、こうしてわざわざ保存しているのだ。
そして、だからこそエルネスティは、この死体の正体が何であるかに辿り着くことができたというわけだ。
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