第156話 それでも世界は回っていく~後編~


「そう、コイツが一連の事件の黒幕だ。この『魔族』が、第三王子リクハルドを裏から操っていた」


 もちろん、サダマサの言っていることは事実であるが、全容を語っているわけではないし、脚色がまったく含まれていないかといえば嘘になる。


「しかし、リクハルド兄様は――――」


 ヴィルヘルミーナが言いたいことはこうであろう。

 リクハルドは己の内に抱えた感情を歪めていきながらも、自身の存在証明を問うために世界へと挑み、そして死んでいった。

 もちろん、それは戦った俺たちがよく知っている。


 だが、残念ながらそれだけで世界は回らない。


「いや、いくらハイエルフ王家の人間といえど、王ですら存在を知らない魔導兵器の存在を知るにはよほどの何かが必要だ。そして、それは事態の背後で暗躍していた魔族によりもたらされたものでなければ到底考えにくい」


 事の真相はどうであれ、事実としてエルフ過激派は帝国への使節団へ紛れ込み、帝国の中枢である帝都にて帝国貴族に対して暗殺未遂を働いた。

 これをそのままにしておいては、即時帝国との戦争に突入することになる。


 『大森林』との友好条約を締結しようとした帝国穏健派としても、メンツを潰されたような中で、国内強硬派からの突き上げを抑えきることはできないからだ。

 『大森林』のゴタゴタが解決したとしても、そんなことは帝国からすれば知ったことではない。

 すぐそこまで迫っている戦争を回避するには、少なくとも、彼らの納得するだけの事情と面子を保てるだけのネタが必要となる。


「そして、その存在に気付いた帝国が擁する『勇者』は、事態を受けて即座に『大森林』へと飛び、帝国貴族子弟と共にハイエルフ王家をはじめとするエルフ穏健派と共にそれを打ち倒した…………というわけだ」


 サダマサの言葉を引き継ぐように、俺は口を開く。

 隣でショウジが「え、俺?」みたいな顔をしていたが無視する。


 ここでようやっと、今の今まで温存しておいた『勇者』のカードを切る時が来たというわけだ。

 『大森林』との友好条約は、人類圏で新たな立ち位置に移行しつつある帝国の基盤を安定させるの格好の材料となる。

 それは今回の件で、『大森林』側が抱える問題である反ヒト族勢力をほぼほぼ排除した上で結ぶからだ。


 潜在的に、ヒト族に対して好感情を持たないエルフといえど、国内の危機を救ったのが『勇者』となれば決して反感を抱くだけにはならないはず。

 もちろん、そのためにはハイエルフ王族からの世論誘導も必要にはなるが、そこは彼らも馬鹿ではないので上手くやってくれるであろう。

 そして、ここまで足場を固めた上で『勇者』の存在を公表すれば、聖堂教会とて安易なことはできなくなる。

 少なくとも、魔族が絡んでいる一件を『勇者』以外の何者かが片付けたなどとなれば、教会の権威は著しく低下するのだ。

 なにしろ、聖堂教会の存在を煩わしく思っているのは、何も非ヒト族国家だけではないのだから。


「……いやはや、なんとも。転んでもタダでは起きないということか」


「そりゃ遠路はるばる『大森林』までやって来て、戦争を阻止しましただけじゃ割に合わな過ぎるでしょう? それに、こっちは冗談抜きに死にかけているわけですからね。だが、これなら帝国上層部を納得させることができるはずだ」


 これくらいはやらせてもらうと、俺はシュルヴェステルに向けて悪い笑みを浮かべる。

 まぁ、そうは言うものの、本当に死なずに済んだのは、実のところヴィルヘルミーナのおかげでもあるのだが。


 エラ・シェオルの一撃で瀕死の重傷を負ったあの時、咄嗟にかけられたヴィルヘルミーナの治癒魔法は不発に終わったと思われていたが、ほんのわずかだが俺の中で発動していた。

 それは正味のところ、血管1本を繋ぐ程度の小さな回復でしかなかった。

 だが、その小さな回復がなければ、刹那の合間に破壊神と会うこともなく、俺は失血性ショックで死んでいたはずだ。


 ちなみに、あそこで俺が死んでいたら、ヴィルヘルミーナとショウジは抵抗むなしく殺されていただろうし、リクハルドも後から来たティアかサダマサにさくっと討ち取られ、『大森林』は怒り狂ったティアに焼き払われていたことだろうが。


 ……うーん、もしもの話だが、あまりにもひどいバッドエンドが待っていたわけである。

 いくら殺されかけたとはいえ、俺はリクハルドに対して同情を禁じ得なかった。

 はっきり言って、俺が『大森林』へ来た時点で、武力による勝利はなかったも同然なのだから。


 だが、それさえも何かの巡り合わせによるものなのだろう。


「まぁ、いずれにしろ帝国へは私が出向くことにはなる。そうでなければ、貴国内部を納得させられはしまい。だが、ご覧の有様で、まずは国内の混乱をどうにかしなくてはならない。もちろん、何もしないわけにはいかぬので、クリス殿には一足先に皇帝陛下宛の親書を持ち帰ってはもらえないだろうか」


 既に用意をしてあったのか、シュルヴェステル王は懐からハイエルフ王家紋章の封蝋がなされた手紙らしきものを取り出した。

 自分が出向く旨を伝えるだけであれば、内容に変化はないということか。まぁ、新たに書き直す時間を取られないだけマシである。


「妥当なところでしょうね。わかりました。しかし、申し上げるまでもないことでしょうが、半月以内には帝国へとお越し頂く必要があります。おそらく、それ以上は国内の強硬派を抑えておくことが難しくなりますので」


 口調は崩したものこそ、さすがに王族に対する最低限の礼節として、シュルヴェステルの前へと進み出た俺は、差し出された親書を恭しく受け取って見せる。


「委細承知した。では、ろくに時間もとれず申し訳ないが、私は公務に戻らせて頂く。重ね重ね言わせてもらうが、本当に世話になった。心よりの感謝を」


 再び俺たちに向かって深く頭を下げるシュルヴェステル王と、それに倣うエルネスティとヴィルヘルミーナ。

 心底を見せんとする彼らの態度に、今度ばかりは俺もそれを止めるような野暮な真似はしなかった。



 そうして、その場での会談は終わりとなった。

 それ以上の細かい話がなかったのは、今後の両国間で締結される予定の友好条約を含む具体的な部分については、帝国執政府との協議なくしては成立しないからだ。

 もっとも、それは向こう側も十二分にわかっているのだろう、少しでも譲歩を引き出そうとするような動きは見られなかった。


 まぁ、いくら『大森林』の危機を鎮圧したとはいえ、それは俺が勝手にやったことで、大きな貸しこそ作ったものの、俺自身には外交官として何の権限も与えられていない。

 それがゆえに、俺が『大森林』から爵位や領地をもらうこともない。

 そのぶん、逆に向こうからはタチが悪いと思われていそうではあるが。


 そして、別れの時間を迎えることになる。


 王都エルヴァスティから離れた人気のない場所――――完全に入口を塞がれたハイエルフ墳墓近くで、俺たちは『大森林』における最後の時を過ごしていた。

 帝国との戦争でも始まらなければ、もうこの地に来ることもあるまい。


「本当にお世話になりました。クリス様がいらっしゃらねば、この国は本当にどうなっていたことか……」


 見送りに来た王族は、ヴィルヘルミーナだけであった。


 国王であるシュルヴェステルは当然のことだが、王太子が帝国で拘束されている中では、エルネスティも復興のための公務に駆り出されているのだ。

 護衛の騎士たちは、ヴィルヘルミーナたっての希望により、傍で控えているエレオノーラを除いて少し離れた場所にいる。

 ちなみに、エレオノーラは今回ヴィルヘルミーナを帝国から脱出させた功績により、親衛騎士団の先任騎士として出世したらしい。めでたいことだ。


 生まれくる者、死んでいく者、滅び往く者、別離を経験する者、新たな道に進む者、それらの存在により世の中は回っていく。


「俺にできることをやっただけさ。帝国のためでもあるしな。それに、この国がどう変わっていくか、本当に大変なのはこれからだ」


「はい……」


 素っ気ない俺の態度に、名残を惜しむような表情を浮かべるヴィルヘルミーナ。

 彼女としては、生死を共にした相手にもう少しばかり構ってほしいのだろう。


 だが、そこに含まれている様々な感情には気付いていないフリをして、俺は『レギオン』を使い兵器の召喚を始める。


 魔力の流れが形となり現れたのは、1機の中型多目的汎用ヘリ。UH-60Lブラックホークである。

 巡航速度と航続距離を考えると、本当はMV-22Bオスプレイを呼び出したかったのだが、まだ身体の調子が戻っていない上に、『レギオン』と『お取り寄せ』の複合技では魔力の消費もかなり激しい。

 中でも、航空機は特に莫大な魔力を消費するため、大型且つ高積載量を誇るオスプレイは、今の俺では呼び出すことができなかったのだ。

 事実、このブラックホークにしても、武装を取り付けるための左右ハードポイントを構成する外部搭載支援システムのない純粋な輸送能力しか持たない、ある意味においては不完全な仕様のヘリとなっている。


「悪いな。少し離れていてくれ」


 俺の指示を受けて、補助動力装置の甲高い音の後にメインエンジンが稼働。ゆっくりとメインローターが回転を始める。

 次第にギアが切り替えられて回転速度が上がっていく中、ローターの回転音とターボシャフトエンジンの甲高い音が辺りに響き渡り始めた。


『デリバー1よりドラグナー。発進準備よし』


「これより搭乗を開始する。……それじゃあ世話になった!」


 『レギオン』で呼び出された操縦士からインカム越しに連絡を受け、ヴィルヘルミーナに別れを告げながらサダマサたちに合図を出すと、皆は次々にダウンウォッシュに髪を押さえたり目を瞑りつつして、ブラックホークのキャビンへと乗りこんでいく。

 いの一番で、どかっと列の真ん中に陣取るティアの姿に俺は小さく苦笑する。


「こ、これが飛ぶのですか……?」


「いいから早く乗れ。できないなら、後から歩いてこい。帝都までの地図なら用意してやる」


 正体不明の鉄の塊にビビりまくっているダークエルフの女、エロフ――――じゃなかった、シルヴィアにサダマサが淡々と促す。

 こんなゴイスーな美女チャンネーを前になんというセメント対応だろうか。

 ……ていうか、このエロフ帝国までついて来んの?


「……よし、全員乗ったな。デリバー1、離陸してくれ」


『デリバー1、了解。それではご搭乗のみなさま。快適な空の旅をお楽しみいただくため、飛行中は座席に座り、シートベルトをお締めください。キャビンアテンダントにつきましては――――』


 なにやらアメリカ軍みたいなギャグを喋っているパイロット。やっぱり、なんか人格っぽいのがあるんですけど。


 ……まぁ、細かいことは後で考えることにしよう。

 全員の搭乗を確認をしてからドアを閉めようと取っ手に手を伸ばす。


「クリス様!」


 不意に飛び込んでくるヴィルヘルミーナの大きな声に俺は手を止めて、彼女を正面から見据える。

 なびく髪が金色の流麗な線を描く中、蒼の瞳が小さく揺らいでいた。


「なんだ!?」


「――――い――――ょう」


 彼女が最後に俺へ言おうとした言葉は、離陸のために出力を上げたブラックホークのローター音によって掻き消されてしまった。

 だが、その意味するところを察した俺は、小さくなっていくヴィルヘルミーナに向かって黙って手を上げて返す。






 数分後。

 空を飛ぶ魔物を避けるべく、高度をとって帝国へと向かうブラックホークの中。みるみるうちに遠くなっていく『大森林』を眺めている俺へと、横合いから顔を覗かせたショウジが声をかけてくる。


「クリスさん、彼女は最後になんと?」


 少しの間だけ逡巡してから、俺は外に視線を向けたままで素っ気なく答えた。


「……さぁな。よく聞こえなかったよ」


 いつしか、『大森林』の象徴たる世界樹さえもが、はるか遠くのものになっていた。

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