第36話 ドラゴンスレイヤーはじめました


 精一杯不敵な笑みを作り、黒竜を睨み付けて俺はそう言ってのけた。


 本当は中指でも立ててやりたいところだったが、どうせ地球的ローカルな表現で意味は伝わらないし、現在絶賛地面に縫い付けられている最中のため断念。


 代わりに気絶しないで済むギリギリの量まで魔力を使用して、俺はソイツを呼び出すことに成功した。


 堅牢な三脚に据え付けられたそれは、黒く塗られ先端部分に黄色で描かれた丸の周りに三つ葉模様にも似た不吉なマークが描かれた砲弾が外装されていることを除けば、やや無骨な無反動砲らしき形状をしている。

 すぐそばに鎮座したソイツは、俺に代わって中指を立てるように、狙いを睨み合ったままの黒竜へと向けてを静かに待っていた。


『なんじゃ? また同じような攻撃か? いくらこの至近距離とはいえ、今度はやすやすとは喰らわぬぞ』


 無駄だとばかりに言い放つ黒竜。

 侮蔑ぶべつの感情交じりの鼻を鳴らすようなイメージが、念話を通して俺の脳に伝わってくる。


 なるほど、俺の行動をやぶれかぶれの策だと思ったのか。


 だが、甘い。

 コイツは個人携行式の対戦車兵器でもなければ、地上設置型の対戦車砲でもない。


「どうだかな。長い人生を中途半端に終わらせたくなかったらさっさと山に帰ったらどうだ。お前にも家族がいるだろう?」


 M-388デイビー・クロケット。

 冷戦期に戦略核兵器の抑止力を補うべく、陸上で使用する無反動砲にW54戦術核弾頭を搭載したイカレたとしか形容のできない兵器である。


 一般的な核兵器は、核反応による熱や爆風で殺傷・破壊するもので、発生する放射線はあくまでも副次的な効果のみ発揮するものが多い。

 だが、コイツは低出力でも核反応に伴う一次放射線で半径150m以内の人間を即死させ、半径400m離れていてもほぼ確実に死亡するレベルの放射線を撒き散らす。


 単純な破壊力だけで見ているのか、『お取り寄せ』に必要とされる魔力は航空機から投下される500ポンド通常爆弾Mk82単体とさほど変わらない。

 システムの穴を突いたバグ兵器であるがゆえ、現在俺が持つ魔力容量でも召喚可能かつ裏技的側面を持った文字通りの最終兵器リーサル・ウェポンとなる。


 もっとも、ここが人里離れた場所で、高位竜を相手にしているからこそ使用が俎上そじょうに載る兵器ではあるが。


『……なにを言っておる? 気でも違えたか?』


 俺の勝利を確信したかのような物言いに、黒竜の瞳に疑念と不安の色が生じる。


 ファンタジー世界で頂点に君臨する生物に対する実戦証明コンバットプルーフなどないため絶対ではないが、今の俺には神魔竜に勝てる可能性のある手段はコレしかない。


 この最終兵器、本来は個人が肩に担ぐことは到底不可能な重量とサイズを持っており、通常であれば地上に設置したり車両に載せて運用したりする。

 俺の場合は魔力による身体能力のブーストが可能となったので無理をすれば動かすくらいは可能だろうが、身動きできないピンチ状態ではそれも不可能。

 発射スイッチを使って真上に打ち上げ、最適高度で炸裂させるしかない。


「言っておくが、コイツでお前は絶対に死ぬ。超高熱で死ななくとも、どんな魔力障壁でも貫通する目にも見えず感じ取ることもできない毒素で絶対に死ぬ。安心しろ、即死しなくても近いうちに必ず身体が崩れて死ねるからな。無論俺が先に死ぬ。それでも伝説の《神魔竜》を殺せるなら十分過ぎる戦果だろ?」


『おぬし、いよいよおかしくなったのか……?』


「大真面目だよ。ファンタジーが地球なめんじゃねぇぞ」


 最大の胆力で黒竜を睨み付けながら俺は言い放つ。


 ハッタリではない。

 ハッタリではないからこそ、俺は密かに全身を震わせていた。


 剣と魔法のファンタジー世界に転生したというのに、地球の冷戦が生み出した狂気の戦術核兵器で自爆同然に死のうとしている。

 自分自身が大概クレイジーだと思い知らされる。


 だが、この竜の鉤爪で八つ裂きにされるくらいなら、その前にコイツもろとも地獄なりなんなりに引きずり込んで死んだ方がマシだ。


 俺は、この世界ではどんな手段を使ってでも生き残ろうとすると決めているし、それが不可能だと判断すれば持てる手段のすべてを使ってでも敵を殺す。

 その行動原則において、今回とれる手段が核による自爆しかなかったというわけだ。


 サダマサやウーヴェ、それに知り合ったばかりのベアトリクスも一緒に殺してしまうことになるが、場合が場合だ。

 あの世で再会したら謝って許してもらおう。


 そんな俺の思考が伝わりでもしたか、不意に黒竜の瞳へと戦意以外の何かが添加される。


『……くくく、面白い。長いこと生きてきたが、妾を脅そうとしした者はおぬしが初めてじゃ!』


 そして、黒竜が放ったその言葉と共に、それまで張り詰めていた殺気の放射が幾分か緩まるのが感じ取れた。

 肌を刺すようなチリチリとした空気が霧散する。


 ……もしかして、これは上手くいったのか?


『面白い。本当に面白いぞ! サダマサには面白いヤツを連れて来いとは言ったが、こんな逸材を、しかもエルフでもドワーフでもなくヒト族から連れて来るとはな!』


 念話とはいえ、「逆にドワーフがひっくり返るとは情けないのぅ」などと漏らしている黒竜の言葉の響きは、実に愉快そうなものであった。

 それこそ《神魔竜》と称される究極生物は、こんなにも感情を露にするものだったのかと驚く程度には。


 もっとも、黒竜がこちらに見せた感情。それが意味するところまでは俺にはわからなかった。

 だが、少なくともこの言葉から察するに、危機を脱することはできたのだろう。


「そうかい、奇遇だな。俺もドラゴン相手にドンパチしたのは初めてだよ」


 強がってみせるが、実際のところは賭けだった。

 そう生半可な手段では、黒竜が俺を認めることはなかったことだろう。


 しかし、極限状態になった場合、黒竜に俺を殺すメリットは存在しなくなる。

 元々お眼鏡に適うかどうかの腕試しだとサダマサは言っており、そのラインまで踏み込めばそこで終わりになるとあたりをつけたのだ。

 まぁ、最低限の身体能力がなければ、さっくり死ぬ程度のボーダーラインはあったようだが。


 ともあれ、明らかに俺の身がヤバいとなれば、サダマサとて何らかの行動に出たに違いない。

 それが何の動きも見せなかったということは、あの時点ではまだ危険水域だと判断していなかったことになる。


 俺の性格を知り、またこの竜との付き合いがあってこそ取れる行動であった。

 それは何となく俺も理解はしていたが、結果的にギリギリのところを攻めた。


 そう、この竜は俺を試していたのだ。

 武威だけではなく、そこには知略も含まれていたに違いない。


『口の減らないヒトの子じゃな。よかろう、竜峰アルデルートへの入山を認め、客人としてもてなそう』


「良かったな、クリス。……とりあえず、ここで立ち話をするのもなんだ。悪いが上に連れて行ってくれないか」


『ふむ、たしかに人の身でこの山を踏破するのは容易ならざるな。よし、乗るがいい』


 俺に代わって放たれたサダマサの言葉に、黒竜は身を屈めるようにして背中をこちらに向けて伏せの姿勢を作った。

 どうやら背中に乗れということらしい。


 いくら腕試しも終わったとはいえ、そんな簡単に背中とか許しちゃっていいのかと思うも、まぁサダマサもいるしと思ったら妙に納得してしまった。


「ひっくり返っている同伴者も連れて行くが構わないな? さすがにココへ置いて行くわけにもいかない」


『かまわぬ。妾から皆には伝えておくし、おぬしがおれば滅多なことにもならんじゃろう』


「助かる」


 そう言って黒竜の許可を得ると、俺とサダマサは荷物を持ってから気絶した2人を担ぐようにして、黒い《神魔竜》の背へと乗っていく。

 こうして、俺たちは予想外の手段で竜峰の頂上まで飛んで行くことになった。


 ちなみにデイビー・クロケットは呪いのオブジェとならないよう、魔力に分解・還元しておいた。

 最近気付いたことなのだが、これも創造神が設定したセーフティの一種らしい。

 異世界へと無闇に進み過ぎた文明の痕跡を残さないための措置なのだろうか。


 いや違うな。ヘタな魔法の呪いなどよりも数万倍タチの悪いデイビー・クロケットを召喚できている時点でそんなことを考えているかも怪しいもんだ。

 黒竜の背中に揺られながら俺はそう鼻を鳴らした。

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