第37話 ドラゴンは友達が少ない


「しかし、よくもまぁこんな世界の果てみたいなところに住んでるもんだ。ていうか、食い物とかあるのかよ?」


 いくら《竜峰》アルデルートが『世界の柱』と呼ばれているとはいえ、所詮は山の頂上だ。

 濃密な魔素のおかげで辛うじて温暖な気候となってはいるものの、土地に関しては有り余っているような状況ではないし、植物らしきものも見かけた記憶がない。


 すべての高位竜がここに生息してはいないようだが、それでもなかなかの数となるらしい。

 魔素の濃い場所を求めて長い年月をかけて集まって来たらしいが、そうなると今度は竜の巨体のままでは人口過密状態になる。

 その結果、俺たちを案内している黒竜のように、体内の魔素をコントロールすることで人類に近いサイズまで身体を変化させ、効率的な生活をするようになったらしい。


 巨体がひしめいていると思っていたらそんなことはなく、まるで遊園地などのお化け屋敷の裏側を覗いてしまった気分だ。


「高位以上の竜は、他の多くの生物・魔物などとは違い、魔素を取り込んで生きておるからの。食事のような行為を必要としてはおらぬのじゃ。大抵が人里より遠く離れた場所に住んでいるのも、そこに魔素が湧きやすいからじゃな」


 言葉遣いはなんとも古風なものの、性格としては結構親しみやすい方らしく、人の姿に変わった黒竜は、俺の言葉に結構ちゃんと返事をしてくれる。

 一方的に喋った挙句戦いに突入する、およそ会話の成り立たないRPGのボスキャラとは大違いである。


 それらに加えて、まぁ、個人的なことではあるが、彼女の見た目が結構な俺好みであることも、より一層の親近感を俺に感じさせていた。

 変身する際に、この喋り方でロリとかになったらどうしようとか一瞬脳裏をよぎったが、それが杞憂に済んで密かに安堵していたのは内緒だ。


「なるほどなぁ。しかし、どんだけ常識外れな生き物なんだよ……」


 《神魔竜》が魔力の源となる魔素を取り込んで肉体を維持していることに俺は驚きを隠せない。


 おそらく、魔素で細胞を包み込んで、完全な状態で細胞分裂を行っているか、それ以前の段階から手を打って細胞の老化自体を防いでいるのかもしれない。

 確率としては後者の方が可能性は高いか。


 あまり大した知識はないが、テロメアの短縮が老化の主要な原因ならば、回数制限のある細胞分裂を可能な限りさせなければ良い。

 なんというか、随分見た目と風評に反してエコな生物だな。


「まー、竜みたいに大きな質量を持っていれば、いくらヒト型になれるっていっても本来肉体の維持に必要な熱量カロリーは膨大になるだろうしなぁ」


「……なんじゃ? そのかろりーというのは」


 何か興味を惹いたのか、突然立ち止まってこちらを振り向く黒竜。


 まだ《神魔竜》が恐ろしいのか、黒竜の視線を受けたベアトリクスは俺の腕にしがみつくその力を強める。

 この様子だとちょっとしたトラウマにでもなっていそうだな。まぁ、今は放っておこう。


「興味あるのか?」


「勿体ぶるでない」


 どうやらこのやんごとない系口調のドラゴン娘、あのチキンレースじみた腕試しの中で俺に興味を持ったものの、ここにきて俺の持つ知識の片鱗を垣間見てさらにそれを強めたらしい。


 人間の尺度では理解ができないほど長い寿命を持つ知性体だけに、その幾星霜にも及ぶ年月で得た知識にも、それなりの自負や自信があるのだろう。

 知らないことに興味を示すのはそのためか。


 よく言えば好奇心が強く、悪く言えば人間のようなすぐ死ぬ上に愚かだと認識している生命体が、自分の知らないことわりを知っているのが気に食わないのかもしれない。


「生き物が食事をとるのは、肉体の維持に他の生物などを構成する要素を必要とするからだよ。これを代謝って呼ぶんだ。ほとんどの生物が持っている機能で、魔素を使って肉体を維持できない場合、肉体を構成する要素の維持には熱量が使われる。それをカロリーというんだ。まぁ、竜からすればくだらない機能と思うかもしれんがな」


「ふむ。生きるために他の生物を殺さなくてはならないなら、それは所詮、獣と大差がないということじゃな。魔素を取り込めればそんな苦労も要らぬがのぅ」


 隠そうとはしているものの、隠し切れていない生物としての優越感が交ざった言葉に、俺は溜息が出てしまう。

 いや、あえて出すことにした。


 別に、俺はこの世界の人類に特別な愛着を持っているわけでもない。

 だが、似たような姿形の前世を持っている以上、ドラゴン相手とはいえ舐められるのはあまり面白くなかった。


「はぁ? 自然界の食物連鎖に貢献してもいない奴が何言ってるんだ? 基本的に、生物は繁殖力が強い=捕食される個体が多いってことだぞ。それはあくまで種族の繁栄ではなく、種族の維持が目的だからだ。だから、人間がそれをやめたところで、今度は食料の奪い合いを、その下層にいる増え過ぎた生物たちがやって自然環境がめちゃくちゃになるんだぞ?」


 自分が自然環境の一部であるという認識の全くない神魔竜に、俺は呆れたように言葉を放つ。

 こんなことを他の生物から言われたのは初めてなのか、目を点にしていた。

 あ、意外とかわいい反応かもしれない。


「……いや、言いたいことはわかるのだぞ? だが、それを管理するのが人類の役割とでも申すのか? それはちと傲慢が過ぎるのではないかのぅ」


 俺の矢継ぎ早の言葉に気圧けおされたのか、黒竜は少しうろたえたような口調に変わっていた。

 よし、ここはさっきの意趣返しもかねてもう少しいじめてやろうではないか。


「おいおい、何のための知性なんだ? 永い寿命は飾りなのか? 他の生物がやっていないこと、それを他種族がやったら摂理に反するなんて考えは、ただの感情由来の保守的な思考でしかないんだぞ?」


 ここで一気に畳みかける必要がある。

 そう判断した俺は、それからあくまで知っている限りの知識の範囲ではあるが、自然界の循環がどのように起きているかを説明した。


 酸素まで恒常的に魔素で補っていると言われたらどうしよもなかったが、さすがにそれは杞憂に過ぎなかった。

 まぁ、そこまで完璧な生命体なら、もうこの世界にいても邪魔だから宇宙へ行って宇宙怪獣と戦争してろと言ってやるところだったが。


 いや、割と真剣に極稀に現れる『勇者』とかの超人的存在を待ってるくらいなら、『俺より強いヤツ』に会いに行くために宇宙へ進出するべきだと思う。

 そして、他の惑星系で宇宙人扱いされて壮大な戦争を繰り広げるのだ。

 こりゃ映画化決定だな。


「しかし、お主。ヒト族にしては、よくそんな変わった知識を持っておるのぅ」


 そんな俺の壮大な脳内計画は、脳内での整理が終わったらしいドラゴン娘の声により中断されてしまう。

 ぬぅ。もうすこしで惑星間移民によるファンタジー風スペースオペラが始まりそうなところだったのに。

 しかし、感心したように言われるとなんだか悪い気はしなくなってくる。


「……そういえばいい加減に名前を教えてくれないか。俺はクリストハルト。クリストハルト・フォン・アウエンミュラーだ。長いからクリスとでも呼んでくれ」


 親交を深める際の儀式だと言って、右手を差し出しながら名乗ると、ドラゴン娘も手を人間のそれへと変化させながら握り返してきた。

 その手から伝わる温かな体温を感じつつ、竜って変温動物じゃねぇんだなと失礼なことも考えつつも、何とも言えない安心感に包まれていた。


「ではクリスと。そして、妾は竜峰五氏族がひとつウシュムガルドの長、アプストル・ウシュムガルドの娘ティアマット・ウシュムガルド。クリス、お主には特別に妾の名を呼ぶことを許そう」


 微妙に嬉しそうな顔──というかほぼ笑顔になっているくせに「本来はそんな口の利き方も許さぬのじゃぞ?」と口では言うドラゴン娘ことティアマット。


 顔と言葉が一致しないなんて不思議なヤツだな……と唾棄だきすべき鈍感系主人公なら言うところかもしれないが、コレは完全に新しい友達ができて嬉しがっているのだとはっきりわかる。

 しかし、まさか竜がボッチ属性持ちだったとは……。


「それで、その知識の出処はどうなっておるのじゃ?」


「ただの趣味だよ趣味。まぁ、俺とサダマサはアウトソーシング組だからな。知識にしたってこの世界のプロパーじゃないから特別製なのさ」


「……お主、説明したくないからって、ワザと難解な言葉を使って誤魔化そうとしておらぬか? 妾としては面白いから構わんが、それにしても底知れぬものよのぅ」


 俺のはぐらかすような言葉に、怪訝な表情を浮かべて首を傾げるティアマット。

 強大な力を持つ《神魔竜》に、俺たちの素性を打ち明けるのは、もう少し信頼関係ができてからにしたかった。

 少し悪いことをした気もするがそこばかりは致し方ない。


「イイオトコには秘密がいくつかあったりするもんさ」


「……妾はヒトとは異なる種族じゃが、それでも今のが成体となっておらぬ個体の言うセリフでないことくらいは理解できるぞ?」


 俺の言葉に振り回されるのがイヤだったのか、ジト目で俺を見て来るティアマット。

 なんとも感情表現が豊かになりつつあるようだが、目的を思い出したのかすぐに表情を元に戻す。


「まぁよい。せっかく遠くよりここまで来たのじゃ。サダマサもおることじゃし、長老に会っていってもよかろう」


 互いに名乗り合ったことで、先ほどまでに比べれば幾分か雰囲気は穏やかなものとなっている。

 緊張した面持おももちで俺にしがみついたままのベアトリクスの腕の力もいつの間にか緩んでいた。


「それに、そこの場違いなヒトの子も、何か目的があって来ておるようじゃしのぅ」


 丸め込まれてばかりで少しだけ意地悪をしたくなったのか、それまで半ば空気と化していたベアトリクスに向けて意味深な言葉を投げたティアマット。

 こちらの反応を確認することもなくきびすを返すと再び歩き出す。


 いきなり話を振られたベアトリクスは表情に再び緊張の色が加わる。

 その様子を視界の隅におさめながら、俺は帝都の北方からこの地までやって来たうら若い公爵令嬢が、中位竜を遥かに超越した《神魔竜》という神話級のイレギュラー相手にどう立ち回るか気になってきた。


「クリス。お前の考えていそうなことはわかるが、そりゃいくらなんでも気の毒だぞ?」


「やっぱり?」


 サダマサからの指摘が入る。

 高望みなのはわかっているが、もしも純然たるこの世界のヒトの身でありながら、神魔竜に要求を通せるのであれば、それはそれで面白いと思うのだ。


 ……なーんて建前を用意してはいるが、結局お前も少しは苦労しろって思っているだけだ。

 自分が既に命がけの試練を経て身軽になったのもあるのだろうが。


 意地が悪いと自分では思いつつ、俺たちは案内されるがままにティアマットの後ろをついて行くのだった。

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