第112話 窮鼠ヤケクソになりかねぬ
『……まずは数々の失礼をお詫び申し上げます。さて、この度は王女殿下の御尊顔を拝するにあたりまして恐悦至極に存じます』
エルフから王女と呼ばれた女エルフが前に進み出てくるのに合わせ、俺は銃口を下げて、その場へと静かに跪いて見せる。
もちろん、ホルスターの収めてはいるが、いつでも不意打ちに対応できるようにはしている。
『……そのように畏まらないでください。すべてはわたくしどもがしでかした不始末ですのに』
『しかしながら……』
『ご覧の通り古エルフ語がわかる者もおりませんし、平素の言葉遣いで構いません。それに、失礼ですがあなたの場合は態度を変えられても今更ですし、ね?』
部下の不始末を詫びるより先に、俺が示した貴人への態度に対しての物言いはともかくとして、最後に一瞬だけ見せた―――おそらく生来の性格がそうさせたのであろう悪戯めいた表情が妙に印象に残った。
そして、それとは正反対に、黙ったまま愕然とした表情を浮かべているエルフたち。
グループの首班とも言うべき王女が反応しているのだから、たとえ彼らには会話の内容がわからなくとも、俺が古エルフ語を話せるという事実は証明されているも同然だ。
しかしながら、俺に突っかかってきた一部のエルフにしてみれば、どうあっても現実だと認めたくなさそうな顔をしている。
イライラしてないで、牛乳でも飲めよ。
とはいえ、本来であれば彼らにとって蔑む対象であるヒト族が、エルフ語を話せるだけでも驚天動地の事態に違いない。
むしろ王族のみが操ることのできる言語である古エルフ語まで扱えるのを見せつけられればそうなるのも理解できなくはない。
――――絶対に認めたくはない。
だが、そのような発言をすれば王族への批判も同じである。
彼らのストレス値も半端ではないことだろう。ざまーみやがれ。
『これは重ねて失礼を。はねっかりの侯爵家次男なものでね』
『ふふふ、お噂に違わぬ方であらせられますのね。クリストハルト・フォン・アウエンミュラー様は』
周りで発せられる負の感情など存在しないかのように面を上げ、ゆっくりと立ち上がりながら俺が言葉を崩すと、そこでようやっと王女もつられるように相好を崩す。
『名前まで知られているとは。ここはもうすこしそれらしく驚いて見せたほうがいいのかね』
『それはご随意に。ですが、引きこもり続けるにも情報は大事なのですよ』
エルフが世間から『引きこもり』と揶揄されることを使った
王女が浮かべる笑みは、喩えるならば雪原に咲く一輪の花を思わせる、可憐でありながらも、同時に一抹の儚さを感じるものだった。
さすがに、こんな神―――少なくとも
いや、もちろん絶世の美女というなら、俺の周りにはティアという裏ボス的存在もいるのだが……。
どちらかというと、アレは傾国というか文字通り破滅的というか……ともかく、この王女サマの纏う触れれば消えてしまいそうな雰囲気は、さながら三国一の手弱女と形容しても決して憚られはしまい。
『重ね重ねのご無礼まことに申し訳ありません。彼らの行動は、お世辞にも褒められたものではありません』
俺の内心での感情の揺らめきなど知らぬかのように、王女は優美な弧を描く美姫の口唇を惜しむことなく動かして言葉を発していく。
『ですが、祖国を出て右も左もわからない異国の地で、必要以上に自分たちを大きく見せようとしての行動であることも理解していただきたいのです』
『理解だけであれば』
『納得できるはずもありませんわね。実際、建前を並べてはみましたがご覧の有り様ですし、こんなことをされてはわたくしにも最早救いようがないのですが』
やはり前半の部分は建前か。
それも、こちらが理解してくれると確信があったから口に出しているのだろう。
公式な場ではないといえ、これも外交の一部分ではある。彼女の言葉ははっきり言ってしまえば甘いと言わざるを得ない。
それでも、ここで賭けに出ようとする姿勢は嫌いではない。
ともすれば、危うげとも形容できる容貌に反するように―――いや、或いはだからこそか、この王女様はキワを攻めてくるのかもしれない。
まぁ、いずれにせよ彼女の選択は賢明だ。
やらかした部下の始末をつけようにも、多少なりとも過熱した場を落ち着ける必要はある。
事実、さっきまではあれほど威勢が良かったエルフたちも、先ほど俺が見せた腕っぷしと魔法能力、それに正体不明の武器に対する恐怖で率先してつっかかってこようとはしていない。
こりゃ責任者として止めたって言うよりも、これ以上身内に恥の上塗りをさせないようにしたって感じ――――かな?
「あなたたちには心底失望致しました」
こちらに向けて崩していた表情を引き締めて、同行者のエルフ―――それも好き勝手に俺たちを嘲笑っていた者たちに向き直る王女。
敢えて大陸公用語に切り替えたということは、この場にいる人間全てに向けた発言ということなのだろう。
それとも政治的な弁明をしておくというポーズだろうか。
なんにせよ、ここは立場も異なるし、大人しくお手並み拝見といくべきだろう。
だが――――何かが引っかかる。
事の推移を見守りつつも、俺の本能がどこかで小さく警鐘を鳴らしていた。
「いくら我々が、帝国執政府と会談を行う王太子一行から別行動を許されているとはいえ、『大森林』を代表する身分であることを忘れた振舞いは、森の民として到底許されるものではありません。彼の方は帝国大身貴族のご子息。我らに帝国との戦端を開かせかねない切っ掛けとなった自覚があるのですか」
「しかし、姫様。我らは誇り高き――――」
必死に弁明をしようとするエルフ。
しかし、王女はそれを許さない。
「黙りなさい。その誇り高き父祖たちが積み上げてきたものを、己が自尊心を満たすために踏みにじったのはいったい誰ですか。騎士エレオノーラ。エルフ氏族を束ねるハイエルフ王家、ヴィルヘルミーナ・ヘルヴィ・ユーティライネンの名のもとに彼らを処断しなさい」
身内に対してでありながらも毅然とした表情を浮かべ、護衛として常に数歩圏内―――いわば、女騎士の間合いに自分を収めていた女エルフへと視線を向けるヴィルヘルミーナ。
おいおい。いきなり処断してのける気かよ。
たしかに、事態がこれ以上悪化する前に、身内を切り捨ててでも責任を取らせるという判断は悪くない。
ホームという環境の帝国に先手を取らせないという意味では、これが仮にポーズだとしてもなかなかに果断な処置と言える。
とはいうものの、さすがに余所の国の学園の廊下で、ポーズでも刃傷沙汰を推奨するのはハイエルフの王族であっても躊躇してほしいものである。
俺はともかくとして、学生の連中怯えてるぞ?
「別のこの場で――――」
「これが……! これが我らエルフ氏族が仕えてきた王家の姿か! 誇りを捨ててヒト族にすり寄ろうとする姿勢、見るに堪えられぬ!」
あまり大事にならぬようにとりなそうとしたところで、場の雰囲気を吹き飛ばすような事態が突如として起こる。
「いくら姫様が継承権第4位を持つとは言え、このように我らが祖国をないがしろにする仕儀には納得できぬ! この上は――――」
俺によって足元に弾丸を撃ち込まれたエルフと、その背後の群衆に潜んでいたエルフの二人が、互いの顔を見合わせると、覚悟を決めたような表情を浮かべ懐から取り出したルビーのような石を口に含む。
臼歯が石を噛み砕く音が、不思議なことにスローモーションで起きた出来事のように俺の耳朶に響き渡る。
毒でも飲むつもりか? ――――いや、これは違う。コイツらは、まだ目が追い詰められていない!
膨れ上がる殺気により、そいつらを『敵』と認識。
前世を含めた長年の勘でそう判断した俺は、即座に腰のホルスターからベレッタM93Rを引き抜き、セーフティを解除。
手前にいたエルフに向けて躊躇することなく引き金を絞る。
「愚かなる売国の者どもを誅戮し、我らが種――――ごばっ!」
三点射で放たれた9㎜パラベラム弾が、何かを言おうとしたひとり目の顔面に突き刺さった。脳幹を破壊して後頭部から突き抜け、背後に灰色の脳ミソと血と脳漿の混合物をブチ撒けていく。
「前口上が長い」
惨状を見届けつつ、後方にいたヤツを狙って続けざまに銃撃を放つも、既に事は進んでしまっていたか、先ほどまでのエルフと同じ身体能力とは思えない速度で後退し回避される。
速い……!
後退したエルフの目の色は、その身に起きた変化を裏付けるように青から真紅へと染まっていた。
極度の興奮か何かは知らないが、その作用によって眼球の毛細血管が切れて傍目から充血しているように見えるのだ。
「アレは《
変化を続けるエルフの身体から、いよいよ溢れ出る強力な魔力の反応。
それを見た王女――――ヴィルヘルミーナが驚愕に叫ぶ。
いや、そこは驚いてないでさっさと後ろに下がって欲しい。
魔轟石と呼ばれるもの。俺にはそれが何かはわからない。
だが、いかに特異な事態が起きているとしても、ここで盤面をひっくり返すべく主導権を取りに来ているヤツの好きにさせるわけにもいかない。
仮に許してしまえば、それがどのような結果を生み出すかは明白だ。
ならば早々に仕留めるだけだ。
M93Rのトリガーガード前方に据え付けられている折り畳み式のフォアグリップを展開。左手でしっかりと握り、追撃の弾丸を叩きこもうとする。
だが、戸惑い立ち尽くすエルフたちが邪魔となり、正確な射撃ができない。
「関係ない連中は動くな!」
するりするりと、今や傍観者とならざるを得なくなったエルフたちの合間をすり抜けていく反逆者。
そこへと銃口を向けながら、俺は牽制も込めて銃撃を放つが、全ては壁か床に突き刺さり沈黙するだけ。
こうなるとわかれば、無理をしてでも射撃を安定させるべくベレッタにリアストックを取り付けておくべきだった!
そうこう考えている間に、三点射とはいえ毎分1,100発の発射速度によりスライドがオープン。弾切れを告げる。
「チッ! 間に合わなかったか!」
最初の一人が、完全に生命活動を停止して血の海に沈んでいるのを見届けながら、俺は毒づきつつも新たな弾倉を装填。
クソ、思ったよりも動きが早い!
もはや、この状況ではベレッタの三点射ではコイツを仕留めきれないかもしれない。
こちらの攻撃が止んだのを見咎めるように、そのエルフは俺に殺気のこもった視線を固定したまま隙を探っていた。
安易に突っ込んで来てくれないのは、こちらからすれば厄介である。凶暴化するかと思えば、向こうは想像以上に冷静だ。
それにしても、いったいどこにこんな力を隠していたのか。いや、そもそも切り札に何を使ったか知らんがコイツはちとヤバい。
「全員下がってろ!! イゾルデは障壁を張るんだ! 跳弾が行くぞ!」
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