第111話 越えちゃいけないライン


「やだねぇ、気が短い手合いは……」


『許さんぞ、猿め!』


 どれだけエルフどもは煽り耐性がないのだろうか。


 怒りの感情そのままに掴みかかってきたら、腕でもへし折ってやろうかと思ったが、相手はこちらの想像するラインを容易く潜り抜けやがった。


 その大バカの右手に魔力の収束を感じた瞬間、俺は一気に危険度が跳ね上がったことを認識。

 腰に吊っていたベレッタM93Rのカバーを外してサムセーフティ風のセレクターの横についたそれを解除。左手でカウンター用の魔力を練る。


「兄さま!」


 背後にいたイゾルデから飛ぶ制止の声。

 その声の持つ緊迫感に、背後で控えていたお姫様を筆頭とする比較的大人しそうなエルフたちの顔色が青に変わるのが見えた。


 そりゃ当然だ。

 いくら関係構築を目指していようが、『大森林』からの視察メンバーが帝国の人間――――しかも貴族に揉み消せないレベルのケガをさせたら国際問題だ。

 まぁ、見た感じからするに、俺が見せた動きがこの後何を引き起こすかまで理解しているのはイゾルデだけだろう。

 この場にいる大半は、俺がやられてしますと思っているようだ。


『燃えろ!』


 その雰囲気に優越感でも感じたか、男エルフの顔に浮かぶ嗜虐的な笑みを背景に、火属性の魔法が乗せられた掌が俺の顔に迫る。


 顔面を狙っているのは丸わかりだが、腕で防御してもその込められた熱量を受ければ焼け爛れてしまう。

 もしもまともに喰らえば、下手をすれば二度と見られない顔にされる可能性とて決して低くはない攻撃に、これなら正当防衛を主張しても問題ないと俺は反撃を決意する。


 念のための『魔力障壁』を形成しつつ、『魔法妨害』で男エルフの炎属性にアクセスし強制的な干渉を開始。

 瞬時に属性を、そのまま中身を引っ張り出すように魔力を吸収する。


「なっ!?」


 事の成り行きを見守っていた、イゾルデを除く全員の口からその驚愕は放たれた。


 俺の持つ超属性魔法『魔力吸収』は、イゾルデとの魔力循環の鍛錬により、他者から魔力を引き出す部分に着目したこの世界には存在していなかった極悪魔法である。


 俺とイゾルデは、互いが長年かけて魔力の押し引きを調整する方法を感覚として掴んでいるため、両者共に魔法使いとしての実力以上に『魔力干渉』への抵抗値も高く、妨害されにくいという実験データもある。


 これは世界でも俺くらいしか持っていない情報だ。

 もっとも、ティアとの特訓で幾度となく焼き殺されそうになって集めたデータなので真似したくてできるものではないが。


 まぁ、いずれにしても、こんな所で後先考えずケンカを売ってくるような世間知らずのクソファッキン新兵ニューガイのエルフでは、抵抗することすら不可能だ。


「いい夢見れたか、エルフ君?」


 一瞬で魔力切れ寸前まで吸い尽くされ、ただのアイアンクロー未満になってしまったことに気付いた瞬間、男エルフはあり得ないとでも言いたげな驚愕の表情を浮かべるが、もう遅いしまだ終わっていない。


 ただ突き出された状態になっている右手首を、伸ばした手で掴んで内側に捻ってやると、男エルフはバランスを崩し、前のめりにこちらへ倒れてくる。

 そのままもう片方の手で腰のあたりに手を入れて持ち上げるのと同時に、相手の軸足を勢いよく払うと男エルフがまるで自ら動いたかのように宙を舞う。

 当然、そんな格闘技という概念すら知らないこの世界の魔法種族に、まともな受け身など取れるハズもなく、背中から地面に打ち付けられる。


「ぐぇっ!!」


 情けない呻き声と共に、一瞬呼吸が途絶したであろう男エルフは、地面への激突の衝撃を受けてそのまま気絶。


 ――――そこに新たな殺気。


「なにをするか、猿の分際で!」


 ……少しは勘のいいヤツがいたか。


 ひとり目のエルフが床で白目をむきながら大の字で気絶した時には、既に俺に向かって攻撃を仕掛けようとしていた。

 それを視界の隅に入れながら、俺は腰から引き抜いたベレッタ M93Rをソイツの足元に向け、躊躇うことなく引き金を絞った。

 今日の気分は三点射スリーバーストだ。


「きゃっ!!」


「っ!!」


 点射機構により立て続けに放たれた三連続の乾いた銃声。

 この場でただひとり9㎜パラベラム弾の威力を知るイゾルデが、惨劇を想像でもしたか小さな悲鳴を漏らして目を閉じる。


 同時に、宙を舞った空薬莢が地面を叩く音が響き渡り、一瞬のうちに事態が終わった場を静寂が支配する。

 こちらに攻撃を仕掛けようとしたエルフの足元には、鳴り響いた銃声の数だけ穴が穿たれていた。

 そのうちの一発が足を掠めたか、布地を切り裂いて血を滲ませており、驚いたそいつは腰を抜かして地面に尻を落とす。


 そして、瞬く間にそれらの事態を引き起こした俺に対して、何名からかは畏怖の視線が注がれる。


「おいおい、俺がそんな短慮起こすわけないだろイゾルデ」


「兄さま基準の短慮が物騒すぎてわたしはもう何て言ったらいいか……」


 イゾルデに向けて言葉を投げかけると、妹はほっとしたように息を吐き出した。


「舐められたら最低限はやり返せないともっと悪化するからな」


 近距離戦闘では領地で開発中の銃では即応性に欠けているため、非常時にはこうして『お取り寄せ』した火器を使うしかない。

 現代火器の存在について追求されるとそれなりに困るが、そもそも火縄銃自体が、遺跡で発掘したマジックアイテムを開発コンセプトとしていると言って誤魔化しているので、同じようにすれば済むと思っている。

 

 実際、この1年半の期間で火縄銃は軍に配備を進めているし、その試作型とでも言ってしまえば事実確認ができるわけでもないので大丈夫だ。


 そもそも、このような事態を前にして銃器の使用を躊躇して負傷しては意味がない。

 また、相手に対してこちらに強力な加害手段があることを知らしめる必要もあった。


 さて……それよりもこの空気、どうしたものかねぇ……。


 勢いで一人を気絶させ、威嚇とはいえとんでもない殺傷力を持っていることをアピールしてしまった俺は、再び内心で頭を抱えることになる。

 だが、ここで譲歩を見せると相手に付け込まれかねないため、強気な態度は崩せない。


「今のうちに訊いておくけど、まさか死人が出るまで続けるつもりじゃないよな?」


「いいえ、それには及びません」


 ベレッタM93Rと腰に差したタクティカルナイフを意識しながらエルフたちを睥睨した俺へ、緊張を孕みながらも柔らかな印象を受ける声が投げかけられた。


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