第113話 飛んで飛んで飛んで~前編~
怒声を張りながら、俺はすぐそばにいたヴィルヘルミーナの前へ割り込むように入り、その身体を押しのけるようにしてエレオノーラと呼ばれた騎士へ託す。
「きゃっ!」
少し勢いが強かったからか、或いは身体に触られたからか、小さい悲鳴がヴィルヘルミーナから漏れる。
一瞬心配になるが、背後での気配の動きから無事護衛の騎士にキャッチされたようだ。
まぁ、今は非常事態だ、勘弁してもらおう。
さて、どう動くか。
こちらの動きを探っている敵となったエルフに向けて、間断なくベレッタM93Rを構えながら、俺は脳をフル回転させて思案する。
どう見ても最終手段を使って『変身』した殺る気満々のエルフだが、コイツの目的として現状考えられるものは三つほど。
一つ目、エルフ王族であるヴィルヘルミーナを殺すこと。
二つ目、帝国貴族である俺やイゾルデなど生徒たちを殺すこと。
三つ目、あるいはこの場で可能な限りの大量殺戮を行うこと……くらいか。
一つ目のヴィルヘルミーナを殺すことに注力する場合は、このエルフがどういった思惑で動いているかわからないが、帝国との戦争を進めたい勢力の手合いであった場合には非常に有効な手段となる。
しかし、その勢力が「王族を殺してでも戦争を起こしたい」という意思の下に一枚岩となっていなければ、主犯が同国内の人間という事実は致命的な綻びの要因となる。
集団の意思を手っ取り早くまとめるには、外的要因――――『みんなの敵』を使った方が難易度が低いのは、地球の政治分野でもよく見かけた手法だ。
となると、ソイツらにとって都合の良い条件を満たすには、目撃者全員を皆殺しにした上で、帝国貴族の息子が使節団を皆殺しにしようとやらかしたのをエルフたちが止めるため已む無く殺した……とでもすることか。
コイツらの狙いは、ざっくりだが理解した。
だが、既に勃発した騒ぎを聞きつけられると、また新たに狙われる人間が増えるため厄介だ。
こうなっては、コイツを一刻も早く殺すつもりでかかるしかない。
まぁ、敵地で特攻カマすような手合いが、有益な情報を持っているとも思いにくいしな。
攻めるか――――。
覚悟を決めて、彼我の空間を詰めるように魔力強化をしつつ床を蹴り、俺はあらためて左手に引き抜いたナイフを握りつつ、豹変を遂げたエルフへと肉迫する。
「無茶です! 騎士でも単身では阻止できない相手ですよ! やめなさい、ヘンリッキも! 今ならまだ――――」
魔轟石とやらの性能を知っているのか、ヴィルヘルミーナが俺に向かって止めるよう叫ぶ声が背中に届く。
だが、俺はそれに構わず牽制のために引き金を引き、銃声がその声を掻き消す。
ギリギリのところで弾丸を回避する男エルフ――――ヘンリッキとやらに声をかけているのも、俺が殺されると本気で自分の国がヤバくなるためであろう。混乱しているのはわかるが、さっきまで処断しようとしていた口で何を言っているのか。
いずれにせよ、あんまり俺を安く見積もらないでほしいところだ。
それにしても、こんな時に限って近くにいないなんて、“アイツ”は何処でなにをしているんだ?
「エレオノーラ、わたくしはいいですから、加勢に入ってください! 他にこの場になんとかできる人なんて――――」
「いるさっ! ここに一人な!」
人生で一度でいいから言ってみたいセリフのひとつだった。
しかし、既に姿を現していながら背後で騒いでいるヴィルヘルミーナの言葉を遮りながら言うものだからすごく空しい。
どのみち、ヴィルヘルミーナの言葉から判断すると、魔轟石を使ったこのエルフの能力は、この場にいる人間の身体能力では阻止することができないと思われる程度には悪名高いものなのだろう。
ならば、尚更のこと俺が喰い止めるしかない。
実際のところ、変異を遂げたヘンリッキの攻撃力がどの程度かはまだわかっていないが、よもやこの身体能力でもやしのようなショボい攻撃しか出せないと考えるのは、さすがに楽観に過ぎる。
まずは勢いを幾分かでも削ぐために、肉迫した状態から至近距離で腹部に銃撃を叩きこもうとする。
しかし、反射神経まで相当に向上しているのか、するりと伸びてきたヘンリッキの左腕にM93Rを持つ手を払われた。
点射で放たれた弾丸は目標から大きく逸れて床に突き刺さる。
コイツ、やっぱり膂力まで上がってやがる!
すかさず、戦闘力の一部でも奪えればと左手に握るナイフを脇腹目掛けて振るうが、それも間一髪のところを飛び退って回避される。
まぁ、当たらなかったのは残念ではあるが、ココは一旦間合いを確保したかっただけなので、打撃を与えられずとも特に問題はない。
だが、ヤツはこちらの切り札を含めた攻撃を阻止したとでも思ったのか、ぎこちない動きながらも表情を邪悪な笑みの形に歪ませる。
……いちいちムカつくヤローだ。
「おいおい。ほんのちょっと目を離した間に、色男がずいぶんといい感じに仕上がったじゃねぇか」
「減らズ口をたタく猿メ……!」
俺の軽口に、野太くなった声が返ってくる。
筋肉繊維まで限界を超えた動きをさせられているのか、表情筋など戦いに関係のない部分が犠牲となっているらしく、喋り方まで大きく変わっている。
『炎の精霊ヨ。求メに応ジ我ガ敵ヲ打ち倒セ!』
よくあるバーサーカーとかみたいに知性まで下がってくれたら楽だったのにと思う中、詠唱と共にヘンリッキの手に魔法で作られた高威力の火炎弾が浮かんでいるのを目撃。
さすがに俺もぎょっとする。
威力の割に詠唱も格段に速い。
魔力の流れからそうかとは思っていたが、やはり魔法まで不自然なほどに強化されている。
どうするべきかと一瞬悩むも、これ以上ギャラリーに対して手の内を晒したくないのもあり、俺は『魔法障壁』は張らずに『魔力吸収』を試そうとするも、何故かレジストされて発射までには間に合わない。
クソが! 外部からの抵抗値まで上がってやがるのか!
内心で舌打ちをしつつ、後方に巻き添えを喰らいそうな学園の人間がいないことを確認して、俺はこちらに向けて火炎弾の放たれたタイミングで斜めにダイブして回避。
ついでに途中でナイフを投擲しながら、床に空いた左手をついて一回転し、そのままヘンリッキの側面に回り込もうとする。
『炎ヨ! 連弾となリテ――――』
まずい――――。
俺の動きより早く、ヘンリッキの手に数個の火炎弾が浮かぶ。
射線から俺が退いたのを狙い、今度は後ろの連中をターゲットにするつもりか。
というか、コイツは生きて戻ることを考えていない!
事実、火炎弾を発射する寸前に飛んで行ったナイフを、ヘンリッキは自身の左手の平に突き刺して受け止めやがった。
捨て身の人間は何をするかわからない。今は宙を移動する時間さえもどかしく感じる。
ようやっと床に足が付いたところで、着地そのままの勢いでしゃがみ込み、片膝をついてセレクターを単射に戻したM93Rを両手で構え引き金を引こうとしたところで、俺のセンサーが新たな殺気の反応を告げる。
その方向に目を向ければ、最初に俺が気絶させていたエルフが、いつの間にか意識を取り戻しヘンリッキの意図を汲むように魔力を練っていた。
邪魔を――――してくれる!
「イゾルデッ!」
「はい、兄さま!」
イゾルデに端的に指示を出し、俺は起き上がりながらこちらに属性化する前の魔力弾を飛ばそうと準備していたエルフに射線を変えて銃撃を放つ。
三点射では、戦闘となればやはり少し俺には馴染まない。ダブルタップで確実に仕留めにいく。
連続しつつも淡々としたリズムで放たれる銃弾。
『精れ――ぶばっ!!』
喰らい付く銃弾は、俺の意志を反映するように一切の慈悲を持たない。
咄嗟の狙いながらも、9㎜パラベラム弾は吸い込まれるように首筋に二つの穴を穿ち、新たな空気の抜ける穴を作ることでそのエルフの詠唱を強制的に終了させる。
生命活動を停止させるべく放たれた回転する鉛の牙は、そのエルフの動脈を食い千切り、弾丸の侵入口と射出口から血液を噴射させながら、込められたエネルギーを以て殴りつけたかのように床へと沈ませる。
同時に、ヘンリッキの放った複数の火炎弾が、ヴィルヘルミーナをはじめとする傍観者一向を消し炭とするべく襲い掛かる。
誰もが、ブーストされた高速且つ高威力の火の玉によって焼かれると思ったに違いない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます