第114話 飛んで飛んで飛んで~後半~


 だが――――。


「させないっ!」


 一言叫んで射線上に立ち塞がったイゾルデ。

 ツインテールのプラチナブロンドを揺らしながら、先ほど俺が指示を出した瞬間から己の保有する魔力を惜しみなく使って展開していた十重二十重の『魔法障壁』へと火炎弾を着弾させる。


「バカな……! 無詠唱で『魔法障壁』を展開させるだって……!?」


 ギャラリーが驚愕の表情を浮かべる中、着弾した高威力の火炎弾は、懸命にイゾルデの障壁を食い破ろうとする。

 しかし、健闘虚しく魔素の塵に戻される青白い火花を上げるだけに終わる。


「小癪ナ!」


 仲間を犠牲にしての策が不発に終わり、怒りに叫ぶヘンリッキ。

 いつの間にか目尻からは血液が流れている。

 たしかに、渾身の一撃を放つため自身の左手の機能を喪失させた判断は賞賛に値するが、その後への対処がなっていない。


「バカが、それ以上勝手にはさせねぇよ」

 

 そう、俺はまだ五体満足で生き残っている。


 そして、一瞬にも思えるわずかな驚愕の動揺でさえ、俺にとってはこの上ない隙となる。

 再度、ヘンリッキがイゾルデの障壁を貫通しようと魔力を練ろうとするところに銃撃を叩き込むべく、前世で血反吐を吐くほどの訓練が植え付けたリズムで引き金を絞る。

 マガジンの残りは9発。


「がァッ!」


 間髪入れず撃ち込んだ2発の9㎜パラベラム弾に、ヘンリッキは回避行動をとることすら叶わなかった。

 魔力の循環が暴走レベルといって良いほどに異常になっているためか、パッと見では深手を負わせることができたようには思えないものの、飛翔する銃弾は魔法を放つべくガラ空きになっていたヘンリッキの脇腹に突き刺さる。


 ジャックポット!


 着弾に姿勢を崩したのを確認した瞬間、俺は大きく隙の生まれたヘンリッキに向かって一気に距離を詰めながら、M93Rのマガジンに残る弾丸を全て撃ち込みながら肉薄する。

 命ではない。少しでも行動を奪うだめだ。


「魔力が増えたんだろ? きっと今なら自由に空も飛べるハズだぜ!!」


「ナニを―――!」


 間合いに踏み込んだところで、ニヤリと凄んで見せながら腰を深く落とす。

 そして、斜め上方へ向けて体内で魔力を循環させながら、俺は血反吐を吐きながら抵抗しようとするヘンリッキの下顎部を折り曲げた肘で打ち抜きつつ、そのまま渾身のタックルを繰り出す。


 床に叩き付けることを狙っているのではない。

 その最終目的地は――――地面だ!


 俺の魔力ブースト込みのタックルは、ヘンリッキをこのフロアの窓をブチ破り、そこから突き落とすだけの威力を持っていた。

 残念ながら、慣性を消費しきれなかった俺も一緒に短い空のフライトに同行しているワケだが。


「ヤメ――――!」


 ヘンリッキは何かを言おうとするが、顎経由で脳を盛大に揺さぶられた上に、3階程度の高さからのダイブでは大して浮遊感も味わえない。

 更に、拳銃弾としては標準的な9㎜パラベラム弾とはいえ、都合9発の弾丸をその身に受けてはダメージによる対応の遅れも生じる。


 俺を重石としながら、血走った眼で何やら抵抗を試みていたヘンリッキは、魔轟石という切り札を使いながらも重力の腕に抱かれ、背中から地面に叩き付けられる。


「ゴはッ―――!?」


 メキメキという背骨が軋む音を、俺自身の鼓膜と接した肉体越しに拾いつつも、ヘンリッキが未だ息絶えていないどころか致命傷にも至っていないことを確認。

 露出していた部分が地面と接触したため、俺自身にもそれなりのダメージがあるものの、ここぞとばかりにふざけたコトをしてくれたヤローにトドメを刺すべく行動を起こす。


「まだ終わっちゃいねぇぞっ!!」


 叫びながら、俺は即座にスライドが開いてが弾切れを告げたM93Rを魔力に還元。

 周りのギャラリーがいなくなったこの好機に容赦なく『お取り寄せ』を行って、MPS AA-12フルオートショットガンを召喚。


「そ、そノ魔法ハっ!?」


「うるせぇ、このまま死んでろ!」


 問答無用とコッキングして、目の前で起きた超常魔法への驚愕に震えるヘンリッキの頭部を魔力強化した左手で抑え込み、凶悪な破壊力を秘めた銃口を下顎部に押し付けるようにして引き金を絞る。


 間髪容れず連続する轟音とともに、チューブにショットシェルが装填された一般的なショットガンとは違う、銃本体下部に取り付けられたマガジンに装填された12番ゲージダブルオーバック弾の8発が、毎分350発という驚異的な速度で銃口の先にある存在を消し飛ばすべく叩き込まれる。


「おのれ、猿の分ザブっ!」


 言葉にならないナニかを発し、1秒ちょっとでマガジン内の散弾を撃ち込まれたヘンリッキの頭部は、己の生命をかけるほどに拘泥していたヒトもエルフも関係のない肉片となって爆散し、背後の地面に内容物の混ざり合ったグロテスクな染みを作る。


「は、ぁっ――――!!」


 絶命して力の抜けたヘンリッキの身体が最後に起こした痙攣に遅れるように、俺へと襲い掛かる全身の痛み。

 落下の衝撃に軋みを上げる身体を治癒魔法で無理矢理修復しながら、俺はAA-12を魔力に戻して証拠を隠滅する。


「クリスさん!」


 ちょうどそのタイミングで、聞き慣れた声が俺の耳朶を打つ。


「ハァ……。おせぇ、ぞ。ショウジ。今までどこでなにしていたんだ、お前……」


 おっとり刀で駆けつけてきたと思われるのは高等学園の制服に身を包んだショウジだった。

 なにげに彼は平民枠で学園に入学しており、俺との関係をうまく利用して平民と貴族の橋渡し役となっている。


「いや、後輩たちに剣の指南を頼まれていまして……」


 『神剣』を携えたショウジは、頭部のなくなった死体に馬乗りになった俺のそばまで近寄ってくる。

 下を向いたまま肩で息をする俺の顔を覗き込んでくるが、その表情を見るにまるで事態を呑み込めていないようだった。


「急激な魔力の流れを感じたから飛んできたんですけど、コレはいったい……?」


 スプラッタ状態の死体を見てなんともいえない嫌悪感を滲ませているショウジ。


「もう終わった後だよ。……それよりも「助けてパー○ン」って言ったら、文字通り飛んで助けに来いよ……」


「えぇーっ! そんなの聞こえませんでしたし……」


 ショウジの困惑の声を聞きながら俺は思案する。


 今回の敵は、おそらく魔轟石とかいう外付けハードに充填された魔力を身体に流し込んで、暴走させることで超人的な力を得ていたのだと思われる。

 であれば、防御に使う魔力を無効化してダメージを与えることのできる『神剣』を持つショウジがいれば、纏う魔力を吸収して丸裸にできる。

 さらに『神剣』の切れ味が肉体の堅牢さを上回っていたとしたら、一撃で倒すことのできたかもしれない相手だったのだ。


「ていうか、学園で殺人事件起こってるし……」


 未だ状況が掴みきれていないショウジの顔を視界におさめつつ、俺は溜息と共に内心で叫ぶ。


 ホント、『勇者』の出番ねぇのな!!――――と。


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