第115話 お姫様はポンコツ? それとも?~前編~
「本当に申し訳ございませんでした……!」
開口一番これである。
「まぁ……あんなことがあった後だし、そうしたくなる気持ちもわかるが、仮にも王族がそう簡単に頭を下げるもんじゃないと思うぞ……」
せっかくの秀麗な表情を隠すかのように、テーブルに額を擦りつけそうな勢いで頭を下げるヴィルヘルミーナ。
その姿を前に、俺は苦笑――――そんな気にはならず、ぎこちない笑いを浮かべるしかない。
いや、内心ではもっと困惑している。いっそ溜息でも吐き出したいくらいだ。
いくらこの場には限られた人間しかいないと言っても、さすがに“コレ”はやり過ぎである。
第一、見ていて気分のいいものでもない。
俺の隣に座るイゾルデも、どうしていいかわからないといった表情を浮かべていた。
そして、俺と同様に思っている人物はもう一人存在していた。
護衛として背後に付き従っている女騎士のエレオノーラも、ヴィルヘルミーナに見られない位置にいるからか、気の強そうな切れ長の瞳の中に何やら言いたそうな雰囲気を漂わせていた。
ホントは止めたくて仕方ないんだろうなぁ。
もどかしくてたまらないのか、エルフ特有の尖った耳が先ほどから小さく動いている。
それでも主人のいる手前、勝手な行動をとらないあたり、ただの見た目くっころ騎士ではなさそうだ。
高飛車なプライドだけのくっころ騎士だったら、うちの文明化したエリートゴブリンさんたちを紹介してやるのだが。
オーク? 知らない種族の名前ですね。
「しかし、エルフを統べる王族のひとりとしてそういうわけには――――」
「むしろ、爵位も持たない貴族の子弟が他国の王族に頭下げさせたなんてバレた方が後々大問題になる。頼むからやめてくれ」
とはいえ、このまま放置しておくのも俺の胃に良くないので、ヴィルヘルミーナの言葉を遮りつつ、手を振る動作まで付けてやや強めに止めるよう要求する。
コレで通じなかったら残念ではあるがアホ認定するしかない。
思わず「お前は何を言っているんだ」と言いそうになったのは秘密だ。
「さて、実際どうしたものかね……」
半ば現実逃避気味に部屋の内部へと視線を漂わせてみるが、別に新しい発見があるわけでもなく、ここが高等学園内の応接室であることを再認識させるだけだった。
ダメだ、大人しく現実に戻ろう……。
あわや大惨事となりかけた一部エルフたちの暴走のあと、ショウジよりも更に遅れてからすっ飛んできた他の教員や、俺が密かに屋敷への無線連絡経由で呼び寄せた叔母であるブリュンヒルトをはじめとする帝国聖堂騎士たちに事情を一通り説明。
あらかた片付いたところで、こうしてあらためて関係者のみで話す席を設けているわけだ。
まぁ、実際のところは、起きてしまったことは宮廷に上げるしかなく、あまりやること―――というよりも、できることがないからなのだが。
てっきり、もう少しばかりゴタつくかと俺は予想していたが、エルフ王族のヴィルヘルミーナのみならず、侯爵家子弟である俺とイゾルデ、それに実行犯三名を除くその他の面々にケガがなかったのもあってか、そのワガママは通ることとなった。
おそらく、俺が騒ぎを鎮圧した功績もあるのだろう。
なんとなくこうなる気がしていたからこそ、早急にブリュンヒルトを呼んでもらい、彼女経由で強めにプッシュして正解だった。
ちなみに、駆けつけてくれたブリュンヒルトには、この応接室に人を近付けさせないよう外で歩哨に立ってもらっている。
あぁ、遅れてきたショウジも一緒だ。
あのバカたれ、空気を読まずに「自分もエルフに会ってみたい」とかアホなことを騒いでいたのでぶん殴っておいた。こっちはそこそこ必死だったんだぞ。
「謝罪も結構だが、現状どうにかしなきゃいけない問題は、『エルフの使節が帝国貴族を襲撃、防衛のためにそのエルフを殺した』事実だよなぁ。どう理由を付けたとしてもこればかりは覆らない」
「はい……」
「責任の所在をどこかに求めたり、明らかにしようとするのも結構だが、先のことを考えなきゃどうにもならんよ」
「うぅ、返す言葉もございません……」
もはや身の置き場がないとばかりに小さくなっているヴィルヘルミーナ。頭こそ下げるのは止めたようだが、
「言葉は悪いが、あの連中、いなくなっても構わないような扱いじゃないんだろう? 」
揉み消せないの? と言外に匂わせてみる。
はっきり言ってしまえば、向こうが余計なことをしなけりゃこうはならなかったのだ。いささかストレートな物言いだが、これくらいの情報は引き出したい。
「ええ、仮にも使節として同行させるわけですからそれなりの家柄ではあります」
うーん、事故で片付けるのは無理だな。だからこそ向こうも必死で謝罪をして今のうちにこちらの心証をよくしておきたいのかもしれない。
「しかし、おたくも性格が悪いね。内患の炙り出しに俺を使ってくれるんだからさ。こうなることまで考えていたかは知らないが、恐れ入ったよ」
さらりと放ったひと言でヴィルヘルミーナの身体が硬直する。
ほんのわずかな時間のことではあったが、それは本来致命的ともいえる動作であった。
ここで追撃を放つのもいささか気の毒とは思ったが、いつまでも平行線の話をしていたいわけでもないため突っ込ませてもらうことにした。
「――――っ! そこまで、理解されていたのですか……」
ゆっくりと、ややぎこちない動作でこちらに顔を向けたヴィルヘルミーナの表情は驚愕に満ちていた。
これ以上隠すことはできないと思ったのだろう。
「そうだな。ちょっとわざとらしすぎたかな」
「しかし、それではなぜあの時、どさくさに紛れてわたくしを殺さなかったのですか? 帝国としては、大義を掲げて『大森林』に攻め入ることのできる絶好の機会だったのでは?」
……なにやら大きな誤解があるようだ。
ていうか、もはや隠す気もないのかもしれないが、もうちょっとオブラートに包んでくれやしないものか。
「すぐに殺す殺さないの話になるのはいささか文明的ではないと思うんだが?」
「……すみません、論理が飛躍してしまいました」
そこそこ混乱しているのだろうが、ヴィルヘルミーナの発言は「クリストハルトも凶行に走ったヘンリッキと根本的には同じことを考えているのだろう」としているようなものだった。
ヒト族への偏見というほどではないのだろうが、いくらなんでも歯に衣着せぬ物言いに過ぎる。
あるいは、俺のエルフに対して示した厳しい態度からそう思われたのだろうか。
「……そう思われていたなら心外としか言いようがないけれど、戦争したがってるヤツは互いの陣営に少なからずいるみたいだからな。ただ、俺個人に限ってなら、はっきり言って興味がないんだよ」
「興味が……ない……?」
言葉はそれなりに選びつつも俺が思ったままを言うと、当のヴィルヘルミーナは一瞬何を言われたのかわからないといった顔を浮かべる。控えているエレオノーラも同様であった。
ふーむ、これだけじゃさすがに言葉が足りなかったか。
「今のだけじゃ納得できないだろうからもうちょっと言及すると、『大森林』に攻め込んで勝ったとして、それで得られるメリットよりも、被るデメリットの方がはるかに大きいんだよ」
いちいち説明するのも面倒ではあったが、まずは誤解を解くのが先決だ。ここで隔意を持たれては進む話も進まなくなる。
それに、いくら俺だって初めて会ったエルフにいけ好かないヤツが多かったからというだけで、『大森林』と戦争をおっぱじめたいと思うような
「不愉快かもしれないが、もしも帝国が戦争に勝てたと仮定しよう。これなら“戦利品”として『大森林』の持つ資源を手に入れることだってできるわな」
これは強硬派の狙いのひとつだ。
「はい」
自分たちが負けると言われたヴィルヘルミーナの表情は変わらない。
「しかし、思想も習慣も大きく違う異種族を統治するには、並々ならぬ労力が必要になる。加えて、相手側がヒト族へ少なからぬ隔意を抱いているとなれば、治安が安定するのにいったいどれだけの時間がかかることかわかったもんじゃない。かといって、属領に対して甘くはできないから、反抗勢力への弾圧により国土はもっとめちゃくちゃになるし、こちらもその治安維持のために少なくない兵力を割かれる。こうなったら今までの比じゃない恨みの連鎖ができあがる。さて、これで旨味があるって言えるのかな?」
「だから争いを避けるために下手人だけを殺したのですか?」
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