第116話 お姫様はポンコツ? それとも?~後編~


「ああ、そう思ってくれていい。それに――――」


 そこで俺は一旦言葉を切る。

 ここまでストレートに俺の腹の中を見せたヴィルヘルミーナの反応を窺うためだ。


「それに?」


 続きを促そうと疑問の言葉を挟むヴィルヘルミーナ。


「君を殺さなかったもうひとつの理由だが、美人を殺すのは忍びなくてね」


「びっ……!」


 俺が挟んだジョークにヴィルヘルミーナの顔が一瞬で赤くなり、長い耳もぴんと上を向いてしまう。


「こ、このような場でご冗談を口にされるだなんて! 誤魔化さないでくださいまし!」


 真面目にやれと怒られてしまった。

 隣のイゾルデからも呆れたような視線が向けられる。


「心外だな。これでも俺は正直者で通ってるんだぜ? 嘘なんて言わないよ」


 わざとらしく肩を竦めて見せる。


「でも、無用な争いは避けたいと思っているのは事実だぜ? 少なくとも、トップが帝国と戦端を開く愚を知っているから、こうして現王はこちらへ使節を派遣したんだろう? そこを無視するほど、現実が見えていないつもりはないよ」


 いきなりの言葉に、ヴィルヘルミーナは虚を突かれたような顔を浮かべたものの、すぐに内容を理解して表情が引き締まる。


「……参りました。その通りです。ですが、内患の炙り出しについては、王の意志ではなく、クリス様をお見かけした際に咄嗟に考えたわたくしの独断です。ただ、それがあそこまでの事態を引き起こしてしまうとは思っておらず……」


「あまりいいやり方じゃなかったな。でも、あの場でなければおそらく犠牲者が出ていたはずだ。そうならなかっただけマシかもな」


「軽率と言うよりほかありません……。どうぞ、処罰はクリス様のご随意に……」


 そう言って小さく悔恨の吐息を漏らしながら再度――――ともすれば、これが最後だと言わんばかりに頭を下げるヴィルヘルミーナ。


 コイツ、イザとなれば自分の命も平気でベットしやがるのか。

 今は隙も論理の飛躍も見られ、さほど脅威には感じられないが、この先積んでいく経験によっては鉄火場での争いとはまた別の戦いで真価を発揮するタイプの人間かもしれない。


 それに、こうして謝罪を繰り返してはみたものの、おそらく彼女はまだ俺への反撃を諦めてはいない。

 この自らの命を委ねるような発言さえも、俺の反応を窺うための誘いアクションだ。

 なんともまぁ、両極端な性格をしていやがることか。


 だが、


 よし。それならこちらももう少しだけ詰めてみようじゃないか。


 腰のホルスターからベレッタM93Rを取り出し、机の上にワザとゴトリと音が立つように置いてみせる。


「じゃあ――――やっぱり、ここで死んでもらおうか。まさか、王族が頭を下げたとはいえ、それで終わりとは思うまいね」


 つぶやいた途端、場へと緊張が満ちる。


 彼女たちは、拳銃ベレッタがどのようなものであるか、科学技術の概念が希薄なためわかっていない。

 しかし、少なくとも自分たちが得意とする魔法や剣術よりも、はるかに容易く、そして一瞬で相手の生命を刈り取ることのできる恐るべき武器だと理解はしているはずだ。


 そして、それを知りながら、護衛であるエレオノーラが腰の剣に手を伸ばさなかったことは賞賛に値する。

 ここで動けば主人の名誉を傷つけると理解しているからだ。


「――――と言っても良いところだが、事ここに及んでは、エルフの王族ひとりが死んだところで解決するものではないよ。むしろ悪化するだけだ。もしもわかってて言っているのであれば、それはいささか意地が悪い」


 俺も人のことは言えないが、と内心で付け加えながらゆっくりとした動作でベレッタを腰のホルスターへ戻す。


「い、いえ、決してそのようなつもりでは――――」


 口ではそう言っているが、たとえ一瞬でも俺の言葉を額面通りに捉えてしまったのだろう。

 懸命に隠そうとしてはいるが、ヴィルヘルミーナの手に汗が滲んでいるのが見えていた。


「ヴィルヘルミーナ王女殿下。あなたが聡明でることは理解したつもりだが、あまり正論だけで事を進めない方がいいと思う。むしろこんな状況だからこそ、単刀直入に言ってもらいたい。あなただって、物見遊山でわざわざ仮想敵国まで来たわけじゃあるまい?」


 もっと手短に話せと促す。

 とりあえず現段階で、俺の中でのヴィルヘルミーナの評価は『能力はあるっぽいが、経験が足りない中途半端に頭の回る王女サマ』だ。


 まぁ、実際のところ物見遊山なのは間違ってないんだろうけどね。

 だって、そうじゃなかったら今の時点で交渉団に交じっているだろうし。


 ただ、この王女サマの持つ情報の程度を俺は知りたかったので、ちょっと強引に突っ込んでみたのだ。


「クリストハルト様」


 俺が、「さっさと本題があるならそこに入れ」と遠回しに告げたことにより、何やら改まった様子で居住まいを正してからヴィルヘルミーナは静かに声を発する。

 その目には、少しだけ覚悟を決めたような色が混ざっていた。


「長いだろう、クリスでいいよ」


「……クリス様」


「“様”も要らないんだけどなぁ……」


 小さく溜息が漏れる。


 王族に様付けさせるとかどこの唯我独尊系主人公だ。いくらなんでも趣味悪過ぎるっての。冗談じゃない。


「そうは参りません。先ほど初めてお会いしたばかりですし」


 だが、ヴィルヘルミーナは強い意志で俺の申し出を拒否する。

 なんとも律儀な人間ですこと。

 あるいは、これから厄介な頼みごとをするから口調に気を遣っているのかもしれないが。


 ……きっとそうなんだろう。ヤダなぁ。


「……なら好きにしてくれ。付き合いが長くなるようなら、もう少しフランクにしてくれると助かるよ」


 軽く手を振って答える。

 幸いにも、心底イヤそうな感情は表に出さずに済んだが、その程度には俺も見た目よりは長生きしているのだ。


「それで? どんな厄介ネタが飛び出るんだ?」


「では、お望みどおりざっくばらんに申し上げます。わたくしがお伺いしたいのは、帝国が擁している『勇者』についてです」


 ヴィルヘルミーナの顔に浮かぶ不自然なほどの柔和な笑み。

 今度は、俺が硬直させられる番だった。

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