第145話 さくりさくりと死んでいく~前編~


 この山脈で産出する魔素に反応する鉱石だろうか。

 闇の中、通路の両脇に取り付けられた仄かに光るエメラルドグリーンの照明が洞窟の内壁を淡く照らす。


 前方に銃口を向けながら進む俺は、ハイエルフ墳墓――――いわば洞窟の中でのフルプレートの騎士との戦いに備え、7.62×51NATO弾を使用するHK417アサルトライフルを『お取り寄せ』して装備していた。

 ちなみに、このHK417のアンダーマウントにも、突発的な事態に備えてM320グレネードランチャーを取り付けてある。先ほど使用したMk.19とは違い、低速の40×46㎜擲弾を発射するもので装甲目標には限定的な効果しか持たないが、閉鎖環境では一定の効果を発揮してくれる。


「ゴーレムが暴れまわるには、少し狭いか……」


 ゴーレムにはあれほどの威力を見せられたのだ。いざここに至り油断はない。

 事実、背中には110mm個人携帯対戦車弾パンツァーファウスト3を背負い、来るべき魔導兵器との戦いに備えている。

 《禁じ手デイビー・クロケット》を除き、現状で考え得る歩兵レベルでの最高装備である。

 魔族との戦争に用いられたとはいえ、世界最強の生物である《神魔竜》の鱗をも貫通できるこのランチャーが相手であれば、より上位のゴーレムにも対応はできるだろう。


 もっとも、破壊力で言えばタンデム弾頭を採用した対戦車ミサイルがベストなのだが、閉鎖環境で悠長にロックオンしている時間をくれるとも思えないので、現状ではコイツがベターな選択肢となる。


 既に敵の中枢部に近付いている緊張感からか、ヴィルヘルミーナは言葉少なげに俺の後ろをついて来ており、その後方――――殿しんがりについたショウジもまた日本刀のフォームをとった『神剣』を抜いて臨戦態勢をとって後方をカバーをしている。


「静かすぎるな……」


 墳墓に入って以来、襲撃の類は一切見られない。


 俺たちの襲撃に対してあれだけの戦力を避けたにもかかわらず、一向に迎撃の様子もない。

 付近に配備されている敵の戦力もいよいよ底をつこうとしているのだろうか。


 そんなことを考えていると、開けた空間に出る。

 墳墓という場所でありながら、装飾の施された設置物もないこの空間は、一体に何のために用意されているのか――――。




「現れたな、不埒なヒト族め!待っていたぞ!」


 ココはいったい――――と感慨に浸る間もなく、無遠慮に投げかけられる声。

 聞き覚えのあるその声に視線を向けると、更に奥へと続く通路を塞ぐように、フルプレートに身を包んだ騎士が、剣を抜いた状態で単身立ちはだかっていた。


「エリアス……」


 思わず誰だっけ?と問いかけそうになったところで、ヴィルヘルミーナが名前を呼んでくれる。


 ……あぁ、あの時イヤな目を向けてきていたヤツか。

 いや、名前すら覚えてはいなかったが、コイツとはまた会うような気がしていた。

 どうせこんな形になると思っていたから、『大森林』を出るまで会いたくなかったんだがな。


「畏れ多くもハイエルフ王族を拐かすとは見下げた種族だな。王族を手中に収め、傀儡とせんとす貴様ら平原の民の醜悪な企みなど先刻お見通しだ。ここで我が剣の錆にしてくれる。いざ尋常に――――」


 尋常じゃねぇのはお前だよ。

 現実も見えやしない、それこそ何度聞いたかわからない定型文に飽きたので、構えていたHK417ではなくホルスターのHK45Tを引き抜いて、剣を構え始めた騎士様に向けて発砲。


「ぎゃっ!」


 洞窟内部に反響する音。

 それと共に放たれた45口径弾の衝撃を受け、剣を取り落として殴られたように地面へと倒れる騎士に銃口を向ける。


「き、貴様ァ……騎士が名乗りを上げてる中に、飛び道具とは卑怯な……」


 血を流しながらも、エリアスは鋭い視線でこちらを睨みつける。

 おー、立派なプレートで45口径弾の威力を相当に減衰させたらしい。次からは鎧を着たヤツにはきちんとライフル弾を喰らわす必要があるな。


 返事を待たずに鳴り響く乾いた銃声が、永遠にエリアスを沈黙させる。

 帝国との戦争が起こり、突撃する騎馬を火縄銃から一斉に放たれた鉛弾が蹂躙するのと、この場でそれすら知ることなく死ぬのとでは、果たして彼にとってどちらが良かったのだろうか。


「言っておくが、戦いが始まってる中で卑怯もクソもないからな。戦場で都合が悪くなった相手を待ったり、相手に待ってもらうのがどれだけアホなことか、それくらいはわかるよな?」


 一瞬の凶行とも言える行為。

 それを呆然と見ているショウジとヴィルヘルミーナに向けて俺は言い放つ。


 戦場で相手に合わせてやる必要などない。

 それは、こちらを殺しに来たヤツが、自分がピンチになった途端に待ってくれと言うようなものだ。


 ただひたすらに、相手よりも強い武器や戦術で相手を圧倒する。それが戦いだ。

 剣を持っていようが槍を持っていようが、そんなものは弾丸か砲弾が蹂躙する。

 それは、地球の近代の歴史がいくらでも証明してくれている。


 


「……どいつもこいつもこぞって死にたがりやがる」


 勝ったはいいが、はっきり言って気分は最悪だ。

 太腿のホルスターにHK45Tを収め、俺は既に物言わぬ屍となったエリアスには視線を送らず先を急ぐ。


 いくらバカな理想に取りつかれた連中といえど、同胞が次々に死んでいく状況を作り出すなどまともじゃない。

 知らず知らずのうちに、この茶番劇を仕組んだリクハルドに対して湧き上がる敵意。


 自身の身内さえも戦禍に曝しかねない行為に、どれほどの崇高な意思があるのか。

 それとも、ただただ復讐のために、己の国さえも巻き込むことを厭わないのか。


 だが、それを咎められるだけの言葉を俺は持たない。


 そんな内心に抱いた感情を察したのか、無言で進む俺の背中に投げかけられる声はない。


 そうして居心地の悪い沈黙が支配したまま進んでいくと、やがて通路は広くなっていき、ハイエルフ墳墓の最深部と思われる場所へと辿り着く。


「ここが墓所――――」


 遠くに見える壁一面に描かれた壮大な壁画。

 そこには、この森に生まれるすべての生命を表すかのように世界樹ユグドラシルを中心に、その大樹を森の木々と耳の長い人間――――すべての森の民が囲んで描かれている。


 そして、その壁画を背景として祀られるは、森の神と思われるエルフをモチーフにしたと思われる秀麗な女神像。

 森の生命へと遍く差し伸べられる慈しみの目で、幾星霜を経ながらも一片の苔さえもない、それこそ一切変わらぬであろう姿で静かに佇んでいた。


 錆どころか、くすんですらいない? おいおい、アレはなんの金属でできているんだ?


 そして、周囲に安置されている石棺と思われるものは、歴代のハイエルフ王族が悠久の眠りについた褥であろうか。

 いくつかの物は幾千もの年代を経て苔生しており、またいくつかは新しく石の表面を残している。


「この場所こそ、現世うつしよでの長い役割を終えたハイエルフたちが眠る場所だ」


 包まれた空気の静寂を破るように、祭壇から投げかけられる声。


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