第144話 スピード狂のロケットダイブ


 ディーゼルエンジンの咆吼を上げて突っ走るM-ATV。その銃座についた俺の顔へ風が吹き付ける。


 3km先から仄かに漂うは、火薬と“なにか”の焼ける臭い。

 久しくさえ感じる戦場の香りだ。

 大気を切り裂くターボファンエンジンの咆吼と、降り注ぐ砲弾の金切り声が足りないが、そこは我慢してやろう。


「クリス、お出迎えがきたぞ!」


 サダマサが警戒を促す中、目的地である墳墓の入口がゆっくりと開いていく。

 新たに現れたエルフの兵士と共に鈍く黒光りするゴーレムが二体顔を出す。


 いくら六発程度とはいえ、戦場で使われる戦術級魔法にも等しい120mm重迫撃砲弾を叩き込んだとあれば、向こうも本格的な――――あるいは想定外の攻勢と判断したのだろう。


 新顔か!


 遠巻きながら、先ほど破壊した特に工夫も見られない青銅のゴーレムと比べると、随分と物々しい甲冑のような姿形をしている。

 見た感じからしてアイアンゴーレムか、連中も本気だな。


 そんな俺に殺意を向けるかのように、モノアイにも見える顔の魔石が妖しく輝き、肩に付いた大砲のような筒がこちらを睨む。


 なんか宇宙な世紀で見たことがあるような外見…………って、大砲じゃねぇか!


 その筒の内部に、火属性と思しき魔力光が灯ったと思った瞬間、そこから射出されたのは炎の玉だった。

 魔導砲撃か!


「攻撃、来るぞ! 回避!」


 叫びながら天板を強く叩き、サダマサに回避しろと合図を出す。

 すぐさまハンドルが強く切られ、M-ATVが大きく左に動く。

 その数秒後を二つの爆炎が通り過ぎていき、背後で爆音を上げる。


 歓迎には随分と豪勢なクラッカーじゃねぇか!


 直撃しても車両もろとも爆発なんてことにはならないかもしれないが、こちらは時速80kmは出している上に不整地だ。

 ひっくり返りでもすれば、あとはどうにでもしてくれ状態となる。待っているのは、七面鳥撃ちよりひでぇ結末だ。


「めっちゃこわい! めっちゃこわい!」


「黙ってろ、ショウジ! 舌噛むぞ!」


 次々に飛んでくる火の玉の中、助手席で何もできない状態のショウジが騒ぐのをサダマサが急ハンドルで強制的に黙らせる。

 その際、悲鳴も出せないくらいビビりまくっているヴィルヘルミーナが俺の足にしがみついてきたが、非常時だし邪魔だったので軽く振りほどく。

 蹴り飛ばしちゃいないが、その光景はまるで熱海の金色夜叉像だ。


「ブリキ野郎がやってくれるじゃねぇか!」


 愚問ではあるが、アイアンゴーレムがこの場における最大の驚異と認識。

 すぐさまMk.19グレネードマシンガンのトリガーを倒し、M430 40×53㎜多目的榴弾を連続発射。

 有効射程1600m、最大射程2200mというグレネードランチャーとしては異常にも思える長距離を、毎分300発にも及ぶ発射速度で吐き出される多目的榴弾が、緩やかな放物線を描きながら飛んでいく。


 そして、放たれた榴弾は、M-ATVが射程圏内に入るのを待ち構えるように、こちらへ向けて弓を構え、あるいは魔法を詠唱しているエルフ兵士たちのすぐ近くへと降り注ぐように着弾。

 危害半径15mの高性能炸薬による破片効果で、その身体を容赦なく引き千切り吹き飛ばしていく。

 また、そのうちのいくつかがアイアンゴーレムにも着弾し、更に少数の直撃弾をも生み出す。

 だが、装甲侵徹能力50mmの威力をもってしても、活動に影響を及ぼすだけのダメージを与えられた様子はない。青銅ゴーレムとはえらい違いだ。


 あー、くそ! こりゃ戦車砲が要るぞ!


「サダマサ、グレネードがカンバンだ! 対戦車ミサイルでやるから回避は任せた!」


「任せろ! 全部避けきったら剣士からスタントマンに転職だな!」


「気が早いな、ハリウッドを作るのが先だぜ。発射したらハンドル切れよ!」


 軽口を叩き合いながら、俺は弾倉が空になったMk.19の予備弾倉は取り出さず、次の兵器を選択。

 アイアンゴーレムを狙い撃ちにするべく、新たに『お取り寄せ』でFGM-148ジャベリン対戦車ミサイルを召喚。


「呼んだら渡してくれ」


 先に取り寄せておいた予備の発射筒体を、後部座席のヴィルヘルミーナに向けて軽く渡す。


「わかりましきゃああああっ!?」


 突然渡された重量15.9kgにも及ぶ重量物に、華奢なお姫様は当然のことながら悲鳴を上げることになる。

 慌てて隣の褐色エロフが助けに入っていたが、残念ながら相手をしているヒマはない。


 発射指揮装置を操作してダイレクトアタックモードに設定し、照準器の中で一体目のゴーレムをロックする。……完了!


「いくぜ、タンゴだ! 踊りやがれ!」


 即座に発射スイッチを押し込むと、圧縮気体ガスによりミサイルが筒から射出され、それに合わせるように、サダマサがハンドルを左に大きく切る。

 射出された勢いのまま空を進んだミサイルは、そこで安定翼を開きロケットの炎を噴射。

 寸前までM-ATVの運転席のフロントガラスがあった場所を、点火されたロケットモーターの爆炎が吹き付ける。


 だが、それも一瞬のこと。


 瞬く間に飛翔を始めたロケット本体は、超高速で一体目のアイアンゴーレムへと光の矢の如くに襲いかかる。


「次弾装填! 気張れよ、サダマサ! あと予備弾薬! 早くしろ!」


 撃ちっ放し方式のミサイルで、命中するまで弾道を確認しているのは時間の無駄だ。

 すぐに俺は第二弾の発射準備に取り掛かるべく、予備弾薬を寄こすよう怒鳴りつける。


「わ、わかりました!」


「クリスさん! やめて! 助手席の背中を蹴らないで!」


 車内のてんやわんやをスルーしながら、ヴィルヘルミーナと褐色エロフから差し出された予備筒体を発射指揮装置に装着。


 ちょうどそのタイミングで、生じた爆発音が俺の耳に飛び込んでくる。

 タンデム式の成形炸薬弾頭が表面装甲を貫通し、メイン弾頭がそのまま内部を蹂躙した音でもある。

 一旦作業を止めて視線を前方に向けると、制御部を失ったアイアンゴーレムは、擱座して地面に倒れて動かなくなっていた。よし、撃破1!


 戦果に満足しながら先端の保護カバーを外し、二体目のアイアンゴーレムをロックする。


「ファイア!」


 二発目を発射。それに合わせてサダマサがハンドルを切る。

 だが、そこへタイミング悪く襲いかかるアイアンゴーレムの火の玉。


「くっ!」


 咄嗟に強力な魔力障壁を展開。爆炎を魔素の塵へ分解することで完全に無効化し、事なきを得る。


 ……あぶねーあぶねー。


 ほっと胸をなで下ろす中、二体目のアイアンゴーレムがジャベリンの直撃を受けて、弾頭の爆発音とともに地面に沈む。


「フゥーイェアー!!」


「もう驚く気力も……」


 高まる昂揚感に思わず声を出した俺の足元で、ブツブツとヴィルヘルミーナが何やら言っていたが、ちょっと気の毒なので放っておく。


 それにしても魔力の消費が想像以上に激しい。そう簡単にガス欠にはならないかもしれないが、この先の大勝負を考えるといささか不安が残るところであった。



 とは言ったものの、その後の攻撃はあまりにもお粗末なものであった。


 驟雨の如きグレネードの掃射を浴びたことと、また主力を失ったことでまともな反撃能力すら喪失したか、その後の抵抗は個人レベルの火炎魔法と数発の矢が飛んでくるのみ。

 当然、その程度の攻撃手段では、軽度とはいえ装甲の施されたM-ATVの車体には何らダメージを与えることすら叶わず、火の玉は装甲の前に飛散して消滅、鏃もまた軽く弾かれて地面に落ちていった。


 それでもなお、懸命に反撃を試みてきた健気な兵士たちには、健闘を称えてMk.19の代わりとして新たに銃架に据え付けたM240G汎用機関銃の7.62mmライフル弾をフルオートで叩き込んでやった。


 現代兵器を相手に、勇敢にも戦いを挑んできたエルフ兵たち。

 俺は彼らこそ勇者と呼んでもいいと思うのだが、この世界では最低でも『神剣』を持っていないと『勇者』とは認定してもらえないようなので、残念ながら今回は見送りとなる。

 まぁ、どのみち彼らはヒト族ではないので、申請を出しても聖堂教会が異議を挟んで戦争になることだろう。


 結局、M-ATVが洞窟の入口に滑り込むように停車するまでに受けた反撃は微々たるものだった。

 この様子では、過激派の通常戦力もそろそろ尽きる頃であろう。もちろん、何か奥の手があるのであれば話は別だが。


 いよいよ突入と墳墓の入口に入りかけたところで、突然サダマサが立ち止まる。

 どうしたと声をかけようとするが、その目が獲物を発見した狩人の如き鋭いものに変わっていることを見抜く。


「……クリス、少し野暮用ができた。俺は同行できないがいけるか?」


「誰に言ってるんだよ、こっちには無敗の『勇者』サマがいるんだぜ?」


 深くは聞かない。サダマサのような人間が、この状況下で意味のない行動をとるとは考えにくい。

 それなりの何かを感じ取ったのだ。


「そもそも戦ってないから負けがないとか、味方にまで皮肉の弾丸を飛ばすのやめてくれませんかねぇ!」


 そんな剣呑な空気の中、半分涙目で抗議をしてくるショウジは無視する。


「シルヴィア、お前もクリスたちと一緒に行け。ダークエルフの一族に名を連ねるのなら、この事態の行く末を見届けるべきだろう」


 え? シルヴィアって誰?

 ……あぁ! 褐色エロフの名前か! 名前なんて訊いてる暇がなかったから、全然知らんかった。

 むしろ、ちゃっかり聞き出してるサダマサ先生マジぱねぇっす。


 茶化してやろうかと思ったが、俺が口を開く前にサダマサは早々に墳墓から離れ山の方へ消えていってしまう。


 さて、あとはのんびりと飛んで来ようとしているティアと合流するだけ――――。


「!?」


 突如として動き始める墳墓の入口。


 こちらを閉じ込めるつもりか?


「入口の仕掛けには介入できないのか?」


「ダメです……! おそらくは中で掌握されてます……!」


 ヴィルヘルミーナの悲痛な声。


 退くか進むか――――。

 いや、ここは進むしかない。悠長にしている時間などない。


「ティア! 悪いが留守番頼んだ!」


「ちょっ! クリス! 妾を置いていくでない!」


 遠くから、むきー!と叫び声をあげるティア。なんだか妙にかわいく感じられる。


 ははは、だが無理そうだ。


 今ティアがいる地点からここまで一気に加速すれば間に合うだろうが、多分速度は音速を突破するので、衝撃波で俺たちが無事じゃ済まなくなる。

 ファンタジー的な何かで軽減されるのかもしれないが、そんなあるかないかもわからないものに賭けて、今度はバラバラになって死にたくないのだ。

 電車事故とかの死因でよくある「全身を強く打って」って、要はバラバラだからね?


「俺たちが戻って来るまでいい子で待ってるんだぞー」


 閉まりいく入口を眺めながら、俺はにこやかに手を振る。


「妾は犬かなにかか! クリスぅ~! おぬし覚えておれよ!」


 イヤです、すぐに忘れます!


 そうして、無情にも外と完全に遮断される俺たち。

 この期に及んでサダマサとティアという最大戦力を欠いた状態で、敵の本拠地に突撃するハメになるとは想定外にもほどがある。


 まぁ、どう控えめに考えても、中で待ち受ける危険はこれまでの比ではないだろう。

 命を懸けるなんてセリフ、一回死んだらなかなか言えるもんじゃないが、それでも命をベットせずには済みそうにない。


 だが――――同時に、この逆境ともいえる状況に、俺は心の底でふつふつと湧き上がる高揚感にも似た感情を覚えているのだった。

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