第201話 Blade Dance!!~後編~


「すぐに片付ける」


 俺に代わって『魔法障壁』を展開し始めたアレスに防御は任せ、俺はタクティカルナイフを構えて前に出る。

 左腕を前に出してガードを固め、ナイフを握る右腕はやや後ろに引く。それから、身体を揺らしてリズムをとる。

 相手が短剣ならナイフと同じだ。地球仕込みのナイフファイトを叩き込んでやる。


「そこをどけ、ヒト族のネズミどもめがぁっ!!」


 威嚇するように叫びながら、目に殺意の光を宿らせてショウジ目がけて突っ込んでくるコウモリの獣人。もう1人もそれに続き俺に迫る。


 さすがに細身なだけあって身のこなしは素早い。速さだけで言えば、サダマサと戦った銀狐の獣人にも匹敵するかもしれない。

 だが、悲しいかな、その攻撃には鋭さが足りない。


「ネズミとはいえ、どこの手の者か吐いてもらわねばならない。特別に手加減してやろう」


「そいつは嬉しいね。だが、こっちは手加減はナシだ。後で後悔するなよ?」


 不意は突かれたが、接近戦ならどうにかなると思っているのだろうか。

 相手はこちらを舐めているようだが油断はしない。


「抜かせっ!」


 コウモリから繰り出される短剣の薙ぎを、俺は後退し最小限の動きで回避。相手を間合いに収めたまま視線は外さない。

 俺を見るコウモリの目に、一瞬驚きと畏怖の感情が浮かび上がる。


「シャァッ!!」


 そんな自身の感情を振り払うように、コウモリは肺腑から絞り出すような気合の声を上げて、勢いのままケリをつけるべく殺意を載せた突きを繰り出してくる。

 だが、単調なその攻撃手段は想定済みであり、動きに合わせ、俺は相手の短剣を握る手へと切りつける。


「ギッ!」


 切り裂かれた腕から上がる血飛沫と悲鳴。激痛のあまり、コウモリの握っていた短剣が床へと落ちる。


 無論、このままで終わらせたりはしない。


 苦痛に怯んだその隙を見逃すことなく、相手の右腕を空いた左腕で掴み取り、さらにもう一歩強く踏み込んでナイフを突き刺そうとするが、危険を察知して死に物狂いで暴れようとする。


 しかし、その動きのせいで無防備となった身体へと俺の右腕に握るナイフが容赦なく急襲。

 身をよじって何とか避けようとする相手の動きの先を読むように進み、胸部に突き刺さる。そのまま手首を捻ると肋骨が折れる感触が伝わってきた。

 今の一撃で心臓まで破壊できたか、そのまま力が抜けて崩れ落ちる。


 バカめ、奇襲を狙う暗殺者が姿を見せた時点で負けに傾いているんだよ。


 ナイフを引き抜くと同時にもう片方を相手しているであろうショウジへと視線を向けると、今まさにショウジが『神剣』を横薙ぎに振るう瞬間であった。


「ふっ!」


 手首を筆頭に各関節の動きを連動させたいい一撃だったが、対するコウモリの獣人は優れた動体視力と柔らかな全身の関節をフル活用してそれを回避。

 そうなることくらいは想定していたのか、ショウジは強い踏み込みとともに追撃をかける。


 しかし、一度逃げに徹すれば向こうの方が速い。

 やはり速度優勢となると、同じような動きでは種族としての身体能力の差が効いてくるようだ。


 翻弄されてつつあるショウジの顔に、わずかながら苛立ちが生まれる。

 相手のペースに呑まれると一気に不利になるが、さて――――。


 俺の向ける視線に気が付いたか、ショウジは表情を引き締めた。

 そしてそこで追撃を止めると、一旦後方――――こちらへと下がってくる。


 ――――これは。


 相手を見て戦い方を変化させることを選んだショウジに俺は内心で感心する。

 なるほど、逆に相手を釣り出そうということか。


 向こうにとっての第一の目的は、こちら――――族長ではなく、むしろのこのこ顔を出しに来たノルターヘルン王国第3皇子アレクセイの始末であろう。これで講和の芽を潰すことができる。


 しかし、奇襲を阻止されたのみならず、2人もメンバーを始末された時点で相手は相当不利となっている。

 その上、ショウジが自分の相手になっていること、それと1人目を仕留めた俺とアレスが防御役としていることで、最後に残ったコウモリの獣人はターゲットに手が出せない状態だ。


 普通に考えれば、この場での最良の選択肢は撤退以外に存在しない。

 ところが話はそう単純にはいかない。

 すでに残るメンバーが撤退した以上、自身の役割はこの場で少しでも敵対勢力の戦力を削ぐか足止めをしておくこととなる。

 だから、この状況でもヤツは退くことができない。


 相手の焦燥感を煽ることでリズムそのものを乱せるか、ショウジはそこに目をつけたわけだ。


「――――くっ!」


 先にしびれを切らせたのは相手の方であった。

 ラチがあかないとばかりにショウジ目がけて距離を詰める。


 だが、釣り出した以上は、相手の技量を上回らねば勝つことはできない。


 先手を取らんと放たれる曲刀の一撃を『神剣』で受け止めるショウジ。

 相手が身体全体で勢いをつけているため、先ほどのように押し切るのは困難と判断し、受け流しを試みる。

 だが、相手もそう動くであろうことは察知しており、ショウジの防御を掻い潜り刃を届かせようと曲刀を動かす。ショウジの顔が歪む。


 ――――マズいな。状況を認識させて追い込んだつもりが、かえって死兵になっていやがる。


 相手を殺すために生還の望みをかなぐり捨てているのだ。

 そんな死兵相手には自身も覚悟を決めねばならないと理解したか、ショウジは小さく息を吐き出して力を抜いた。


 勝機を作り出そうと、

 はっきり言って、自分を不用意に危険へと曝す大胆な戦い方だ。


 だが、それだけに相手は見誤った。


 互いに先手を争う戦いの中では焦りばかりが先行しがちとなり、それが誘いであると気付けない。

 好機とばかりに放たれた『神剣』の一撃が、火花を上げて襲撃者の曲刀を弾く。


 防御が崩れた。


 踏み込みと同時に翻った刀身が地面を狙うかのような迷いのない太刀筋で落下。

 狙いすましたように両手の間を抜けて、肩口からコウモリの獣人に喰らい付いて虚空に抜ける。


「ぐっ……。バカな……」


 刃の通過した場所から大量の血を流し、驚愕の表情のまま短く断末魔の声を残して地面に沈む。流れ出た血がその持ち主の結末を強調するかのように床に広がっていく。


 事切れた死体から、魔力が『神剣』へと流れ込んでいくのがわかった。

 ……ショウジにも『勇者』としての能力は未だ健在というわけか。

 まぁ、俺の『お取り寄せ』能力もなくなっていないことからわかるが、一度付与したものを勝手に取り消すことはできないようだ。


 しかし、生物であれば殺しただけ強くなるこの能力には、どうしても俺は不快感を覚えずにはいられない。

 魔族との戦いが始まってからならまだしも、ショウジのように大戦が勃発するよりも前にこの世界に来た『勇者』はどうやって強くなれというのか。


 ……いや、今はよそう。

 少なくとも、まずはこの戦いを終わらせねばならない。

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