第202話 For The Young and Wild~前編~


「……さて。落ち着いたところで、イリアについてお聞かせ願いたいな。彼女は今どこにいるんだ? そしてその少女との関係は?」


 ショウジに任せるとまとまらない可能性もあるため俺から口火を切る。

 いささか不躾な話の始め方だと思いつつも、俺は早急に状況の確認と疑問点を解消すべく族長と会話を進めることにした。


「族長、少なくともクリスは信用できる人物だ。腕も含めて」


 見知った間柄であるアレスが、俺へと助け舟を出して寄越す。

『信頼』ではなく『信用』という言葉を使っているあたりがミソだな。


「アレクセイ王子がお連れになった方を疑ってはおりません。事実、命を救われておるわけですしね」


 依然として警戒の色は完全に消えてはいなかったが、族長の言葉に含むものはなかった。

 ちなみに席次だが、話を進める俺が族長の正面に腰を下ろし、両者の間を取り持つ形でアレスが俺たちの横へと座っていた。

 本来は王族であるアレスが上座に座るべきだが、こんな非公式の場でバカバカしいとアレスが最低限の形式にしたのだ。

 当然、新参となる俺が下座に座る。


 さて、こうなってしまうと、必然的にこちらの話す情報はアレスにも渡ることになる。

 それについては思う部分もあったが、残念ながら席をはずせだのワガママを言っていられる状況ではなかった。


「部屋を汚してしまったのは申し訳なかった」


 どう話を始めるべきか逡巡している様子の族長に向けて、俺は軽く頭を下げる。


 さすがに戦闘の跡をそのままにしておくのはと、襲撃してきたコウモリの獣人の死体はすでに部屋から運び出してある。

 村を占拠している獣人軍の宿舎を急襲し、敵をすべて片付けたサダマサが、こちらに合流し手伝ってくれたのだ。

 そして、今は部屋の隅に腰を下ろして、サダマサは周囲を警戒しつつも静かに事態を見守っている。


 ちなみに大人数で押しかけるのもアレだなと、女子グループは外で警戒もかねて待機してくれている。

 寒い中申し訳ないが、石油ストーブを置いてきたし許してもらおう。


「うぅ、血が取れない……」


 話を続けようとした俺の耳に、なんとも情けないトーンの声が聞こえてくる。


 戦闘で昂った気持ちを落ち着かせるのもかねて、ショウジには床の血糊を拭うべくモップがけをさせていたからだ。決して俺が面倒臭かったからではない。


 『神剣』を担いだ『勇者』が床掃除とはなんともシュールな光景だが、かと言ってちいさな女の子にやらせるのもどうかと思ったのだから仕方がない。

 一同みな気の毒そうな視線をショウジに向けたが、それも一瞬だけのことだった。


「……そうだな。もうおわかりかもしれないが、この娘はイリス。イリアの妹にあたる。そして、両者ともに私の娘だ」


 アレスへ見せたものよりも、やや硬い表情で族長から答えが返ってくる。

 まぁ、こちらの身分も明らかにしていないにもかかわらず、ずけずけと訊いているようなものなのだから友好的とはいかないのも無理はない。


 そして、得られた言葉は俺の予想した通りのものであった。


「そもそも、貴殿らは何者なのだ?」


 そこを早々に明らかにしたかったのだろう。

 族長は控えめではあるものの、こちらに対して訝しげな視線を送ってくる。


 庶子とはいえノルターヘルンの王子であるアレスと行動をともにしていることから、必然的にそれなりの身分であるとは想像しているはずだ。

 しかし、ぱっと見たところでは俺やショウジが貴族やそれに類する身分には思えないのだろう。

 そうでありながらも、アレスと俺たちが対等にも見える会話をしていることもあって、正確なところは把握しかねているようだ。


 まぁ、身分の差に越えられない壁があるこの世界では、普通はこういう反応にもなろう。


「……『勇者』と愉快な仲間たちだ。俺はクリストハルト・アウエンミュラー・フォン・ザイドリッツ。ガリアクス帝国より男爵位を拝領している。おたくのイリアも俺たちの仲間だよ」


 背後で一生懸命モップがけを続けているショウジを親指で示しながら言うと、それまで胡乱げな目でこちらを見ていた族長の瞳が驚愕に大きく開かれた。

 『勇者』が雑用をやらされているなんて前代未聞のことであろうし、それをさせているのが爵位持ちの貴族という点でも同様だ。

 そりゃこういった反応にもなる。


「それは――――! いえ、申し遅れましたが、私の名はオルト。族長として一族を預かっております。失礼ではありますが、イリアとはどのような……」


 身元が明らかになったことで、こちらへの態度が丁寧なものへと変わる。

 こちらが得体の知れない無法者ではないとわかったからなのだろうが、ちょっとばかり露骨だと感じてしまう。

 まぁ、今は話を先に進めたいし、これも彼らが余所者をあまり好まない文化を持っているからと納得しておこう。


「そうだな。話すと長くなるんだが……」


 それから俺は、かいつまんでイリアとの出会いについて話をした。


 避けては通れないため、戦争奴隷となり紆余曲折を経て聖堂教会に身柄を売られ、それをたまたま出会った俺たちが助けたということを。

 まぁ、さすがに『勇者』についてのあれこれと、その戦いでイリア本人を殺しかけたことについては伏せておいた。


 ……世の中には言わなくていいこともある。

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