第167話 前略、銀世界より~後編~
《大森林》と帝国間で密かに一触即発の事態となりかけた騒ぎから半年が経過。
無事にベアトリクスとの婚姻を済ませた俺は、ザイドリッツ男爵領として拝領した帝国北西部に拠点を移していた。
領地を貰ったと言えば一見聞こえはいいが、未成年の貴族子弟を無理矢理叙爵させる時点で、中身がスカスカというよりは急遽用意したプランなのだろうと察しはついていた。
要するに、「何もない土地だけど、ちゃんと公認の所有権をやるから開拓しろ」と言われているようなものである。
「開拓したら、その土地お前のな」でお馴染みの主君を持たない騎士爵とどっこいどっこいの扱い。
これで年金出ないんだから、詐欺みたいなものだ。
とはいえ、嘆いたところでどうにもならない。
せめて、冬が来る前にある程度は何とかしないと、雪解けの春まで何もできなくなるどころか凍死者が出かねない。
高等学園を繰り上げ卒業するためにアレコレ奔走した俺は、早々に拠点を移して領都――――と言っても、ようやく領主の館を中心に小規模な家や店が立ち並び始めた程度だが――――を完成させた。
この拠点の名前を、俺はザイドブルグと決めていた。
名前負けしている感はあるが、今はともかく、いずれ城塞くらいまで大きくなるようにという願いを込めてつけたのだ。
そして、現地での活動拠点が最低限整ったところで、家臣団とも言うべきヒト族と、侯爵領に招き入れていたドワーフたちの一部、これに加えて『大森林』から移住してきたダークエルフの一族を使い、徹底的な治安維持活動を実施。
付近を活動範囲とする賊の手合いを、徹底的に包囲殲滅して安全を確保した。
ちょっとばかりの掃除の後、一帯の通行の安全が確保されたと判断した時点で、即座に俺は双方の実家へと連絡。アウエンミュラー侯爵領とエンツェンスベルガー公爵領の交易の中継地点に仕立て上げたのだった。
「もう年も暮れるわね。ちょっと前まで夏だと思っていたのに」
「あぁ、早いもんだ。一時はどうなることかと思ったけど、なんとか商人が通るようになったおかげで生活もだいぶ落ち着いたな」
そう、モノとカネが動けば、ヒトは勝手に集まる。
そこに群がるお邪魔虫さえ先に殲滅しておいたなら、あとは化学反応的な広がりを見せてくれるのだ。
家を建てようとすれば、そこには当然材木などの材料が必要となる。それに付随して実際に人が住みだせば、今度は生活に必要な諸々の品物の需要が生まれる。その連鎖である。
領民が増え、ひと段落して冬が来たため、ようやく領軍の集団訓練を実施していたのだ。
「それで、新式銃の出来はどうだったの?」
ザイドブルグへと戻る途中、ベアトリクスが行軍中の暇つぶしとばかりに俺へと話しかけてくる。
周りの兵たちはこちらに気を遣って、礼を失さない最低限の距離を保っている。一応彼らは俺たちの護衛でもあるのだ。
「そうだな、悪くない。いや、むしろ最高だ。
そう言って、俺は自分自身でも持っていたその銃を手に取る。
後装式のライフル銃、“
まぁ、もっともそれは完全オリジナルではない。
見た目というか、内容はスプリングフィールドM1873のパク――――ほぼ同じである。
最先端のニトロセルロースを使った無煙火薬など、量産がまだ容易ではない技術は極力排して、まずは生産が安定し始めた銃用雷管――――魔石は不安定なので不採用となった――――と真鍮製の薬莢、それに以前から生産を進めていた黒色火薬が使用できる密閉型となる銃の開発を優先したのだ。
その結果、元々のサンプルもあったためコイツがどうにか完成し、初期生産分の完成が俺の領地への移住にもギリギリ間に合ったため、領軍用に譲り受けたのである。
ちなみに、銃全般の生産能力については、保有設備などがアウエンミュラー侯爵領ほど整っていないため、本体やメンテナンス部品はすべて実家からの移送となる。
しかし、実家の工廠は工廠で、現在帝国軍で本格的に導入を進めようとしている火縄銃の生産が忙しいため、いずれこちらでも生産能力を持てるように準備を整えようとしている。
既に帝室の許可は取り付けてあった。
本当はレバーアクションで連射性の高いウィンチェスターのM1873が出来れば最高だったんだが……。
とはいえ、帝国軍各方面には黒色火薬を使用する火縄銃の普及を優先するため、燃焼速度を抑えた褐色火薬を発射できるカートリッジを使う銃でもなければ、火縄銃との互換性がなくなり生産効率が悪くなる。
そう考えれば、現時点では何足も飛び越える技術は望むべくもなかった。
ただ、褐色火薬についても既に製造技術自体は完成している。
黒色火薬の在庫が終わり次第、アウエンミュラー侯爵領およびザイドリッツ男爵領での生産は、褐色火薬に置き換えていく予定である。
そして、これと並行して、黒色火薬を使った火縄銃を帝国軍に行き渡らせた後は、信頼できる帝室派の領地へ黒色火薬の生産方法を伝える構想は検討してある。
リバースエンジニアリングでコピーされる可能性もあるが、そこはあまり心配してはいなかった。
精密加工した焼き印を木製部に入れてあるため、こちらの複製は並大抵のことではない。
また、そもそもにおいて何年も時間をかけて生産能力を整えた俺たちのような仕組みでなければ、たとえ火薬ができても大量の火縄銃を品質を保ったまま低コストで作ることはまず不可能だからだ。
粗悪な火縄銃では、黒色火薬の爆轟に耐えられず銃身が吹き飛ぶ事故となる。
そうなれば、そのアホは信用の失墜で社会的且つ物理的に死ぬ。
それに、俺は特に悲観してはいなかった。
着々と技術は浸透しつつある。
今の時点で無理にレバーアクションライフルを作らずとも、近々試験を行う無煙火薬を使うなら、いっそセンターファイアー式カートリッジとボルトアクションライフルの両方を作ってしまえばいいのだ。
こちらは今後必須となる技術――――ある種の到達点――――でもあるため、双方の開発を確実に進めておけばさしたる問題はない。
動き始めた世界。その潮流に翻弄されないための手段は、密かに整いつつあるのだった。
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