第140話 交わり得ぬ意思
自身が揺るぎない存在であるかを示すごとく、こちらを睥睨するように視線を左右に動かす第三王子リクハルド。
そうか、コイツが――――。
「兵士が誰も応答せず、貴様らヒト族が映っている――――考えられる事態としては、隊は全滅。加えて、その様子だと青銅ゴーレムも倒したか。……なるほど。であれば、貴様が帝国が擁すると言われる『勇者』か」
リクハルドの持つ美丈夫とでもいうべき容貌と、ハイエルフには似つかわしくない鍛え上げられた身体。
そして、それとは相反する昏い鬼気を持つ双眸からの品定めをするような視線が、俺に向けられる。
ハイエルフの血脈を拒絶するかの如く、紫に限りなく近い蒼の輝きを孕む瞳が何かを求めているかのような輝きを放つ。
だが、残念。人違いです。本物の『勇者』なら、俺の横でヘルメット被ってるよ。
……ていうか、いつまで給弾手やっているんだ、ショウジ。お前、仮にも『勇者』だよ?
「悪いが俺は『勇者』じゃない。本物の『勇者』サマはコイツだよ」
リクハルドに見えない位置で悠長に立ったままのショウジの脚を蹴り、ヘルメットを脱げと促す。
慌ててヘルメットを脱ぐショウジ。しまらないことこの上ない。
「……貴様が『勇者』か。『大森林』くんだりまで出張って来るとはご苦労なことだ」
さすがに取り繕うこともできずにいるショウジに対して、リクハルドは残念なものを見るような目を向けてくる。
話を続けてくれたのは、彼なりの思いやりとでも思っておこう。
しかしながら、一方でその周りに侍る俺たちに注がれる視線。
その根幹に位置する瞳には、エルフと邂逅を果たしてから今に至るまで、俺たちに向けられてきた数多くのエルフ特有ともいうべき侮蔑の感情は含まれていなかった。
なるほど、こちらを侮ってはいないか。
ここに至るまでに、数多くの過激派に属する兵士たちが討ち取られ、青銅ゴーレムさえもが倒されたことを事実として理解しているからだろう。
こういう手合いは厄介だ。その時々の感情で判断を誤ってくれるタイプじゃない。
「アンタが首謀者か。こんなことをしても、最終的には帝国との戦争になるだけだぞ。それを前に同胞同士で殺し合いなんて、自らの首を絞めるだけじゃないのか」
少しは『勇者』らしいことでもしようと思ったか、リクハルドに対して口を開くショウジ。
「首を絞めるか……。あいにくとな、そんなことは百も承知だよ、『勇者』殿」
「なっ!?」
ショウジの口から驚愕の言葉が漏れ出る。
「俺は、エルフの兵力には初めから期待などしていない。魔法が得意というだけでいつまでも引きこもってふんぞり返っているお山の大将に、いったいどれほどの価値があると思える?」
「こ、国民だぞ……? それをお前は単なる駒と見るのか……!」
向けられる鋼の意思に対抗しようとするショウジ。
だが、あまりにも役者が違いすぎた。
「もちろん、数はそれなりに揃えないと軍団としての見栄えは悪い。だが、それを補って余りあるだけの『切り札』がある。貴様らも見たであろう?」
淡々と語るリクハルドの言葉に、ショウジは愕然としているが、彼の言う通り、俺たちはその意味するところをしかと見せてもらっている。
元々が対魔族用として開発されたゴーレム。
それを人類同士の戦争に投入すれば、それはもう未曽有の戦果をもたらすいことになるだろう。
魔法技術がかかわっているから厳密には換算できないにしても、文明レベルで見れば数百年先の研ぎ澄まされた兵器でもなければ打倒し得ないモノなど、この世界にとっては
そして、それを投入するということは、人類すら敵に回す覚悟を決めているということでもある。
「そうかい、どうしてもやるって――――」
「お待ちください、リクハルド兄様!」
ショウジに代わって発した俺の言葉を遮るように、立っていた位置から前に進み出て、リクハルドに問い詰めようとするヴィルヘルミーナ。
意を決したように進み出る彼女に向けたリクハルドの表情が、一瞬だけ柔らかくなるのを俺は見逃さなかった。
そこには、彼の境遇と現状を考えれば、生じていてもおかしくない王家に向ける憎悪のようなものは存在しない。
それどころか、俺の読み違いでなければ、それは親しいもの――――『家族』に向ける視線に近いのではないだろうか。
だが、それも一瞬のこと。リクハルドはすぐにその表情を消し去り、再び元の険しい顔へと戻ってしまう。
「ミーナか……。なるほど、王族からはお前が見届けに来たか。ならば言っておこう。その目でしかと見ておけ。今まさに迎えようとしている『大森林』の転換点をな」
「いいえ、そうは参りません。すぐに過激派全部隊に停戦命令を出してください。今ならまだ間に合います。王族として、いたずらに『大森林』を疲弊させるような真似を見過ごすわけには――――」
「疲弊? 言うに事欠いて疲弊だと? ……やはり、お前は何もわかっていないのだな。……いや、だからこそ、なのか」
ヴィルヘルミーナの言葉を遮って発せられたリクハルドの含みを持った言葉。
それと同時に、彼の表情には妹へ向ける侮蔑――――いや、憐憫にも似た感情が生まれていた。
「わかっているのか? もはや魔導兵器なしに、『大森林』は帝国には勝てはしないということを。帝国に出血を強いることはできても、かならずや最後には負けることとなる」
「それこそ! だからこそ、エドヴァルド兄様は帝国に出向いたのではないのですか。誤った方向に進もうとしているこの国の舵を正すべく……! それを――――それをあなたは!」
帝国に囚われたも同然の王太子の名を出すヴィルヘルミーナ。
この期に及んで肉親の情を訴えればどうにかなると思っているのだろうか。
もしそうだとすれば、それはとても甘いと言わざるを得ない。
なにせこの男は、そんな次元などとうの昔に通り過ぎている。
「そうだな。たしかにそうかもしれぬ。だが、そんなことさえわからぬ愚物どもがこの国を動かしている。空虚な過去の栄光に縋り続けているとも気付かずにな。そのような連中が未だ国の中枢に存在することが、この国が抱える最大の罪だとなぜ直視せぬのだ……!」
リクハルドは語気が強くならないようにしていたが、ところどころは既に抑えきれぬ感情の波濤が垣間見えていた。
「そのために、戦争を起こして粛清でも図るつもりか?」
兄妹の会話に割り込むような真似は憚られたものの、俺はヴィルヘルミーナに代わって口を開く。
この男が考えていることに気が付いたからだ。
「……そうだ。俺はこのくだらぬ義挙と戦を以って、過去に囚われた者たちを一掃する。ヤツらの抱く幻想通り、死ぬまで戦ってもらう。どのみち、このまま捨て置いたところで、必ずや奴らは将来に大きな禍根を残す。ならば、この期に消えてもらうまでだ」
「ですが! それでは『大森林』が滅びる可能性すら――――!」
「それは違う。世の流れとして滅びるのであれば、滅びてしまうべきなのだ。戦争が起こらずとも、いずれこの国は緩やかに滅びていく。それに……この国へ向ける愛情など、俺はとうの昔になくしている」
自嘲するように、遠くを見るような目を浮かべるリクハルド。
そこに含まれている混ざり合った感情は、傍観者でしかない俺が言い表せるようなものではなかった。
きっと、万の言葉を弄しても、この男に届くだけの言葉は用意できない。それだけの出来事を、この国は既にリクハルドに与えてしまっているのだから――――。
「それは、アンナリーナ様の……」
「……あぁ、母はこの国を愛していた。だが、この国は母を愛してはくれなかった。あまつさえ、奴らは力を持ったダークエルフが自分たちに復讐するとさえ考えてな。母に野心など微塵もなかった。迫害されるダークエルフが、わずかばかりでも暮らしやすくなればと思っているだけだった。にもかかわらず、この国は彼女を殺めた! そんな国を……俺に愛することができると思うか、ミーナ!!」
感情の昂りからか、声のトーンが高くなりつつあるリクハルド。
彼の心の中に人知れず堆積していた感情が、このクーデターによりにわかに解放されつつあるのだ。
もはやこの男を止める言葉など存在はしない。
それはリクハルド自身が一番よくわかっているはずだ。
「だからって戦争吹っかけられる方は堪ったもんじゃねぇな。悪いが、お前の復讐に帝国が付き合ってやる義理はない」
そんな流れを叩き斬るように、俺はヴィルヘルミーナの前に進み出てリクハルドの言葉を遮る。
いくら敵とはいえ、他人の愁嘆場を見るなり聞くなりして楽しむ高尚な趣味を俺は持っていない。
それに、この男が何を思い何のために動いていようが、それは俺には関係ないことだ。
「――――ほぅ、この期に及んでそこまでほざく気概を見せるか。ならば、ヒト族よ。そして、我が
リクハルドは、挑むようなそれでいて試すような目で俺を見る。
その瞳に込められた明確な殺気。画像越しだというのに、ぞわりと身体の毛が逆立つのを俺は感じていた。
憎むべき対象ではなく、自分を止めようとする『敵』に向けられたもの。
あぁ、とてもイイ感覚だ。
「……サダマサ、斬れ」
内心に湧き上がる昂揚感を抑えながら俺がそう告げると、サダマサは抜き払った刀を敢えてゆっくりと大上段に持って行き、そこで動きを止めて俺を見る。
……なにか言えってか、そういうのはガラじゃないんだが。
「すぐに行く。首でも洗って待っていろ。問答の続きは剣戟でやろうじゃないか。殺すのは一番最後にしてやるからな」
その言葉と共に、振り下ろされた刀がリクハルドの幻影ごとその下にあった水晶球を叩き斬った。
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