第7話 俺の妹がこんなに魔法が使えそうなわけがない
さて、小さなガキが立て続けに『発見』するのもアレなので、しばらくは大人しくすることにした。
そんな中、俺は貴族子弟の教育を受けることになる。学園への入学を見据えた家庭教師による予備教育である。
諸々の事情から若くして侯爵家を継いだ
いくら貴族とはいえ、専属の家庭教師を複数人つけることはかなりの経済的な負担となる。
貴族は見栄を張らないと心臓が停止してしまう保護すべきかわいそうな生き物なので、子どもに家庭教師がつけられていたかは後々入学する学園の成績だけでなく、貴族としてのステータス上でもかなり重要である。
だが、著名人ともなれば当然報酬も高い。
領地を持っている貴族にすらその報酬は相当な負担となるのだから、それを持たない法服貴族では、副業でもしていなければ、領地がない代わりに国から支給される年金暮らしであり到底無理な話である。
せめて長男だけでも……と陰で
まぁ、それでも1歳違いの妹イゾルデと一緒に、家庭教師の授業を受けるハメになるとは思ってもいなかったのだが……。
「にいさまといっしょ! うれしいです!」
「そうかー。俺も嬉しいヨー」
無邪気な笑顔で俺にがばっと飛びついてくるイゾルデ。
花が咲くような笑顔とはこのことか。この妹、ヤケに俺へと懐いている。
俺自身も金髪碧眼を持ってはいるが、イゾルデはその金の髪や肌の色素が薄めな上に、この年齢にしてやや小顔でくりっとした目を持ち鼻筋も小さくまとまっていて、家族の中で最も容姿が整っていると言えた。
将来、
まぁ、今のところは4歳児。
中身がおっさんで
「ぶぅ、あまりうれしそうじゃない」
「そ、そーんなことないぞ? いやー、たのしみだなー!」
棒読みどころか平成日本で培われた処世術までイゾルデには読み取られかけたらしく、慌てて笑顔を貼り付けて取り繕う。
煩わしさもあったが、それと同時に前世で兄弟のいなかった俺としては、こういう触れ合いも悪くないものだと感じていた。
◆◆◆
さて、早くも死にそうである。もちろん、比喩表現だが。
一人目の家庭教師がやって来たわけだが、ソイツは教会関係者だった。
こちらの脳味噌の出来や思想でも測っているのか、あるいは貴族子弟の教育はそこから始めるルールでもあるのか、とんでもない授業から始めやがった。
「創造神アルサスがこの世界を創り、最初に生命を創る練習として動物を、そして失敗作の亜人族や魔族を、次に最後に完成されたヒト族を自分に近い存在として作られ──」
ヤバい、超絶ツラい。
SFな銀河帝国にでも転生していたならまだしも、地球換算で中世水準の歴史教育を受けるとなれば、俺には死ぬほど退屈だ。
文明の進化の流れ的に宗教の影響力が強い世界だから、その聖典を子どもにも教えているのかもしれないが、俺には拷問にしか感じられない。
「一部の
創造神に会う機会があれば確認してもいいが、俺はこの場で断言できる。
「あのバカがそんなマトモなことを言うわけがない」と。
仮に言ったとしても「人類をまとめ上げて魔族に対抗しろ」とかその程度だろう。
自分たちの優位性欲しさに都合よく曲解するバカがいただけで、実際の話はもっとショボイに違いない。
まぁ、この世界の文明水準を考えればこんなものなのかもしれないが、正直なところ
初めは眠くなるかと思ったが、あまりのひどい内容にむしろ呆然としてしまい、顔に出さないようにするのが大変だった。
ちなみに、イゾルデはぽへーっと聞いていた。
「ヤベー。地球でもそうだったけど、やっぱ宗教怖いわー」
ひとりきりになったところで、俺は盛大に息を吐き出しながら呟く。
俺は前世で生物学専攻でもなんでもなかったが、普通に考えれば創造神と破壊神が世界を作った、あるいはより上位の存在からこの世界の管理権なりを渡されただけで、後は大体自然発生の生物が徐々に進化して、各種族などそこから派生したようなものじゃないだろうか。
あくまでも予測に過ぎないが、この世界にはよくわからん元素の『魔素』があるため、生物が進化の過程でその影響を受けたと考えてもおかしくないだろう。
ヒト族にしたって、魔素の影響をそれほど強く受けることなく、環境も平原を中心にそこそこ普通に進化した地球の人間に近い種族だ。もしも上記の通りなら、一番つまらん進化をしたとも言える。
地球人ロマン的には。
だが、そういう『可能性』を示唆することさえ知らないイゾルデには、神話と歴史の区別すらつかなくなる危険性がある。
とはいえ、帝国の人間は、そんな教育をこういう場なり村の教会などで幼少時代から受けているため、同じような思想のヒト族至上主義者がもうひとり増えるだけに過ぎないのだが……。
どうも釈然としなかった。
そんなある時、イゾルデがその授業の内容で話しかけてきた。
俺と話せるネタだと思ったのだろう。
イゾルデは、見事に疑問を感じることもなく『物語』を信じ込んでいた。
コレが子どものうちだけならばまだ良いが、社会の大半の脳味噌まで染め上げているのだから始末に負えない。
もちろん、文明レベルが大して進んでいない世界において、宗教は共同体の意思を統一するための便利なツールであると理解はしているが、俺から言わせれば聖堂教会のような一神教というのは、必要悪の類である。
「全知全能の神様がわざわざ失敗作なんてものは作らないと思うよ。種族の差なんてくだらないこと考えるべきじゃない。まぁ、できるだけみんなに優しくしたらだいたいオッケーだろ」
「んー……わかりました!」
あ、コレは理解していないヤツだ。
だが、イゾルデから素直な良い返事がきたのでそれでよしとした。
貴族なんてプライドが服を着て歩いているようなものだからこういった素養はとても貴重だ。
まぁ、この手の思想教育に関しては、徐々に洗脳──もとい軌道修正していけばいいだろう。
少なくとも妹には、少しでも領民や他種族――――要は他人に優しい人間へと成長して欲しい。
その程度にはかわいい肉親と思っているのだ。
そうして家庭教師から教育を受けている中、ある時イゾルデに魔法を習いたいとせっつかれた。
どうも、俺がそれっぽいことをしているのを見たらしい。
娯楽の少ないこの世界において、魔法使いはある種ヒーローのように見られることも多々ある。
実際に、過去の大きな戦で活躍した魔法使いは、今もなお語り継がれる一種の伝説の存在になっている。
聖堂教会の中でも古い思想を持つ一派からは、『魔技』と呼ばれていたりもするが、それも今の世間一般ではカビの生えた思想になりつつあるようだ。
少なくとも、貴族の次男が興味を持っても止められたりもせず、また同じく貴族の令嬢がカッコいいと笑顔で言えるレベルではあるらしい。
それから、俺たちは授業の合間に、魔力を向上させる鍛錬をした。
イゾルデは授業自体は退屈そうに受けていたものの、俺に遊んでもらえるのが嬉しいのか、この時ばかりは満面の笑みを浮かべて鍛錬をしていた。
イゾルデは遊びだと思っているのだろうし、実際には遊びついでみたいなものだったが、その遊びにも全力投球な子どもだからか、イゾルデの魔力の上達具合は目を見張るものがあった。
魔力を循環させることで魔力量を増やす手法は、成長期において有効だと『魔法入門書・初級』にも書かれていたが、魔法使い同士で魔力の循環をさせるとさらに効果的なようだ。
なにしろ、魔力が足りなくなったかと思えば、別の魔力が加わって戻ってくるのである。
身体はその急激な変化に対応しようと、魔力の総保有量を枯渇まで待つことなく拡張させようとするらしい。これはたぶん新発見だと思う。
まぁ、魔法は教会との関係から長い間魔法使い個々の秘匿技術であったようだし、仮にこの手法が過去に発見されていても世に出ることはなかったであろう。
下手をすれば人々を『魔技使い』に変える怪しげな術とされ異端認定を受けた上で問答無用で処刑されるのである。これで神経質にならないわけがなかった。
もちろん、俺としても今のところは、魔法における〝深い部分〟が世間一般でどのように扱われているか知識以外では知らないので、うかつにこの手法を広めるつもりはない。
それにしても、これほどまでにイゾルデに魔法の才能があるとは思わなかった。
今は各属性のほんの初歩程度の魔法しか出せないが、それも少し成長すればより強力なものも可能とするだろう。
だが、この時点で俺は、妹の持つ才能の芽生えと、第2の人生を始めて得られた平穏に気を取られ、大事なことを見落としていた。
イゾルデに「ひとりでは魔法の鍛錬をするな」と言い含めるのを忘れていたのだ。
そしてそれが起きたのは、俺とイゾルデが家庭教師から教育を受け始めて1年が経った頃だった。
イゾルデが
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