第6話 異世界のトイレにも神様はいるんでしょうか

 そうして、創造神にケチつけまくって俺は5歳になった。


 早いものだ。

 幸いにして、この2年間で俺はこの世界の基礎知識について、充分と言っていいレベルまで調べることができた。成果としてはまずまずだろう。

 あまり知識に興味を示し過ぎるのも年齢的にどうかと思ったが、その心配は杞憂きゆうに終わった。


 貴族とはいっても、ヒトの平均寿命も決して長いとは言えないこの世界では、子どもといえども早くからの成長を求められる。

 自立が喜ばれると気付いた俺は、早々にこの世界での主目的を果たすためにやれることを考えることにした。


 結局、最初に手をつけたのは衛生環境だった。

 ここはガリアクス帝国の首都『帝都クレストガルド』――――ではなく、アウエンミュラー侯爵領の中心部『バンネライヒ』。

 貴族が自分の領地で何をやろうと割と許されるし、なによりもこの不便過ぎる生活の改善は急務だ。


 メシが美味くないとか、夜が暗いとか、夏は暑くて冬は寒いとか、地球のヨーロッパ西部くらいの環境だと不便ではあるが、それでも死活問題には至らない。

 しかし、人間の生理行動だけは絶対について回る。

 なにしろ臭いとかそういう問題ではなく、伝染病の原因となるため真っ先に手を付けるべき箇所なのだ。

 事実、地球の14世紀ヨーロッパではペスト大流行により約2000~3000万人が死亡したとされる。

 この惑星の疾病体系については、書籍にあるものでも医学と呼べる段階ではないため詳しくないが、環境が似ているのだから地球レベルの疫病も存在していると考えるべきだろう。


 どうも流行り病が猛威を振るった事例は山ほどあるようなので、自分や家族の安全を確保するためにも必要な改善である。


「あー、久し振りだぜ。文字通りのクソ環境は」


 5歳児の鋭敏な嗅覚を破壊しそうな臭いに、俺は地球での非合法越境作戦の実地訓練を思い出す。

 手持ちの装備だけで追っ手をまきつつ、1週間も山奥に潜伏するトチ狂った訓練だった。


「貴族生活が祟ったかな? マジで頭がヘンになりそうだ……」


 久し振り過ぎる嗅覚への暴力によって、かなり強烈な吐き気に襲われながらも、俺はかき集めてきたオガクズをかわやの中にかなりの量放り込んだ。

 これはバイオトイレという手法で、登山家などの利用する山小屋で一部導入されている。

 水分は別にしなくてはいけないが、オガクズの中に住み込んでいる好気性のバクテリアが有機物を分解し、オガクズの処理能力を超えなければ土同様の堆肥となるらしい。

 特殊作戦時では用を足す場所にも事欠くため、その辺で済ませたりと処理方法があったので実際に使う機会はなかったが、このバイオトイレについては座学で学んだために知識として持っていたのだ。


 ちなみに、尿は将来硝石しょうせきを作る原料として使える可能性があるため、それはそれで別途ワラを吸収剤代わりにして堆積させ別の分解をさせることにした。 

 魔法の練習ついでに温度と湿度をいじり、少し発酵を進めておくことも忘れない。

 こっちはそれなりに時間のかかる工程だが、それだけに侯爵領のみで先駆けておけばちょうどいいのだ。


 とはいえ、これらを導入するのにはかなり苦労した。中でも一番頭を使ったのは発見の理由だ。

 この世界、魔法人口が多いわけでもないのに魔術が科学――いや、そんな言葉すらないが――それよりも優れているとされている。

 そのため、部分部分を取り出してみれば突出した魔法技術はあるものの、科学に関しては超お粗末だったのだ。


 一応、魔法の使える使えないに関係なく、それなりに普遍性を持つ技術である科学の研究をしている人間はいるようだが、社会的に理解されているわけでもないので技術革新などあるハズもない。

 結局、5歳のクソガキが小細工を弄しても仕方ないと『臭かったから』という理由で強引に押し通した。……まぁ、実際は誤魔化したと言ってもいい。

 少なくともガキの戯言が元であっても、実際に臭いが消えて効果が出たので深く追及されることもなく大層喜ばれた。


 とまぁ、転生したはいいものの特に目的を持っていない俺は、そんな感じで時折生活改善をしながらゆっくり過ごしていた。

 いずれは帝国自体の文明化でもできればと思っている。

 天才でも専門家でもない俺は、せめて地球に一歩でも近付ける努力をするしかないのだろう。


 面倒だろうとなんだろうと、一度生まれてしまった以上、俺は死ぬまでこの世界にいるしかない。

 それこそ貴族の次男坊らしく、長男のスペア役として凡庸ぼんようを装って適当に飼い殺されるように暮らす方法がないわけでもない。

 だが、それは死ぬほど退屈であるし、政変や戦争に巻き込まれて死ぬというのも自由がなさ過ぎて御免である。 


 しかしながら、気になるのは『勇者』の存在だ。

 どういうわけか、創造神には『勇者』にどうにかさせる必要があるらしい。

 そして、『勇者』としてどんな連中が来るか、当然ながら俺は知らない。

 ソイツらがどういった形でこの世界に現れるか、それによって、俺の立ち位置も変わってくるのではないだろうか。


 しかし、同時にこうも感じるのだ。


 俺のやろうとすることも世界に対する加速化ではあるが、『勇者』は個人の武力で世界を強引に安定させるが、一時的な役目しか果たさない『決戦的存在』だ。

 そんな異世界の因子に頼らなくては存続できない世界に、いったいどれだけの価値があるのだろうか。

 そもそも、『勇者』という存在は、

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