第83話 異世界派遣会社(無許可営業)~後編~
「ひどい……」
短く呟いたベアトリクスの顏には、紛れもない不快感が滲んでいた。
自分ではわからないが、俺の顏も似たようなものとなっているに違いない。
それまでの生活を奪われた人間にいきなり殺し合いをさせようとは随分とイカレた博愛主義を説く宗教だ。
あるいは「異世界人はヒトじゃない」と思っているのかもしれない。
「それで、戦ったのか?」
「いえ……」
俺の問いにショウジは小さく首を振った。
「自慢にもなりませんが、まともにケンカもしたことのない僕に殺し合いなんてできません。でも、何もせずに殺されたくなかった。シンヤは明らかに殺す気でしたから。それで、どうやって避けようか考えているうちに、頭の中に何か浮かんできて――――」
聞くに、ショウジが発動させたのは高位の攻撃魔法らしきものだった。
それで聖堂教会本部――おそらく俺が入れなかった奥部から逃げ出したらしい。
『勇者』のシステムとか知らないけど、『神剣』が保有者を守ろうとするプログラムが働いたのだろう。
魔法の使用にも初期習得済みとかチート的な仕組みがあるに違いない。
「よく逃げ切れたな」
「ええ、『神剣』を――――犠牲にしましたから」
そのように語るショウジは、実に沈痛な面持ちをしていた。
自分の窮地を乗り切るために、逃げ出すきっかけを作ってくれた『神剣』を捨てて、それを囮にして逃げて来たらしい。
剣一本置いてきたくらいで逃げ切れるものかと思ったが、どうも『神剣』には秘密があるようだ。
「教会が僕たちに殺し合いをさせようとしたのも、『勇者』の力を高めるためであったようです。『神剣』には殺した生物の魔力を吸収する力があって、『勇者』をより強力な存在へと変えていきます。更に、保有者同士が殺し合うと勝者が敗者の『神剣』を吸収し、より強力な『勇者』へ進化していくと……」
だから、『神剣』を置いてきたことで、保有者本人はそれほど躍起になって探されずに済んだのだろうか。
あるいは、教会の怠慢か。
『神剣』を捨てた異世界人が生きていけるほど、この世界は甘くないとでも思われたのかもしれない。
どさくさに紛れて、今持っている片手剣を奪って来ていたと、知られていなかった幸運も大きいのだろう。
「それで逃げ延びて、今までサバイバルしてきたのか。そりゃ泣きたくなるほど辛かったろうなぁ」
思うところがなくもなかったので、俺は素直に同情しておく。
少なくとも、そんな目に遭ったショウジに対して気の毒だとは思ったからだ。
自分が同じ境遇だったら――――まぁ、殺し合いしろと言われたその瞬間、シンヤかその場にいた異世界人可能な限り殺してるかもしれない。
どう考えてもテロリストに拉致された気分にしかならないし。
うーん、これじゃそんなに同情できてはいないな。
「いいえ、そうじゃないんです。その後の逃走生活は……たしかにとても辛かったです。でも、僕がさっき泣いたのはそれじゃなかった。僕は……シンヤを殺すのを躊躇したのに、逃げている途中で……盗賊を殺しました。自分が取り囲まれて、犯されて殺されそうになったら、殺されたくなくて……。夢中で剣を振ったら、ひとりが死んでしまって。でも、ここで逃がしたら殺されると思って――――」
そうか。あくまでも『神剣』を失っただけで、『勇者』の力を失ったわけじゃないのか。
それじゃあ、そこらの平民を獲物にしている盗賊程度では、『勇者』の力でブーストされた身体能力には歯も立たなかったことだろう。
「それで、ようやく人に、しかも元々は地球の人に会えたと思ったら……思ってしまったんです。……『あぁ、生き延びることができてよかった』って。無意識に、人を殺したことさえ肯定していたことに気付いて、僕は……!」
ひとしきり喋ると、俯いてしまうショウジ。その方は小さく震えていた。
本来であれば、何か言ってやるべきなのだろう。
だが、俺たちは声をかけることができなかった。
多分、俺にもベアトリクスにも理解できない感情だと思ったからだ。
俺もベアトリクスも、すでに何回も人を殺した経験がある。
ショウジが感じた気持ちは、もう遠い場所に置いて来てしまったモノだった。
「なぁ、ショウジ。この世界に召還されたばかりに、人生を狂わされたって思っているか?」
ひとつ尋ねてみた。
俺の問いに、この少年はどんな言葉を返してくれるのだろうか。俺はそれに強い興味があった。
「いいえ。あの事故が起きた以上、召喚されなければ死んでいたのは間違いありません。ある意味では、僕の人生はあそこで終わっている。だから、この世界での僕の人生は、上手い言葉が浮かびませんが余生みたいなものだと思っています。……理性では」
言葉は不適切かもしれないが、俺は面白いと思った。
理性の上でショウジは、自分を納得させることのできる理論で武装しようとしている。
これは、彼が信じられない環境に放り込まれながら、なんとか正気を保つための防衛手段なのだろう。
もはや自分に言い聞かせていると言ってもいい。
「じゃあ、感情では?」
「――――なんで僕が!? って思ってますよ!! ゲーム感覚で『勇者』をやれる人間なんてもっと別にいっぱいいたハズだ! それこそ、あのシンヤだって、学校ではいじめられていたんです! 興味はなかったからその程度の認識でしたけど。そんなヤツが同じ地球人の僕を殺そうとしてくるんですよ? なんとか教会の連中にけしかけられて! なんですかこの野蛮な世界! 暗黒時代のヨーロッパですか!? そんな状況で、僕はどうしたら良かったんですか!?」
とうとうショウジの今まで抱え込んでいたモノが決壊した。
なんとなくそんな気はしていた。
頭がいいやつほど、結構自分を納得させる言葉を用意できるから、悩み事があっても勝手に自分で解決しちゃって人には相談しなかったりする。
だが、そういうヤツほど、ショウジみたいにイレギュラーな状況に弱い。
「ひとつ意地の悪い質問をするが――――お前はその連中に、復讐したいと思うか?」
そうしてショウジに尋ねかけた俺の顔は、もしかするとファウストに契約を持ちかける
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