第84話 ハンバーガー・フィールド~前編~


 森の中を進む僧兵の集団。

 お世辞にも彼らの士気は高くなかった。


 それもそのはず。

 彼らにとって至上の使命――――帝国の教会に逆らう不埒の輩を見つけ出し、天誅を下す聖務こそが最優先事項である…………というのは表向き。


 実際のところは、ガリアクス帝国へと赴任する大司教の護衛という比較的楽な任務のはずが、その中に紛れ込んだ帝国反教会勢力の年若い暗殺者を捕縛または殺害するという任務を追加され、いい加減にうんざりしていたのだ。

 それもこれも『勇者』が思ったよりも使えなかったのがいけない――――仮にも聖堂教会のシンボルゆえに口にこそ出さないが、この追撃に駆り出されている僧兵の多くが内心でそう思っていた。


 暗殺者には気付いていないフリをしつつ、国境付近の街に差し掛かる寸前――――つまり最も気が緩む瞬間を狙ってその暗殺者を襲撃・捕縛しようとした。

 にもかかわらず、狡猾な暗殺者は傷を負いながらも『勇者』をあっさりと昏倒させ、更に貴族令嬢と思われる少女を人質として連れて森に逃走。

 教会の誇る最終兵器である『勇者』がこんな初歩的な失態を演じているのだから士気も低下する。


 皆の前で大恥をかかされた怒りからか、すぐさま追撃に移るべく提案した『勇者』だったが、それさえも失笑の対象となった。

 追撃にしてもそれなりの用意が必要であり、夜ともなれば森は危険であること、それ以前に護衛対象のビットブルガー大司教をまず街の教会に送り届けなければいけないなどの考えが、暗殺者憎しの気持ちで完全に抜けていたのだ。

 結局、その日は街の教会施設で一夜を明かすことになったものの、早朝からの追撃任務のおかげで、彼らは楽しみにしていた酒を飲むことすらできなかった。


「あの『勇者』は、後方でケダモノ女とお楽しみ中、か――――」


 不意に一人の僧兵が不快げに呟く。

 それは同時に周りにいた仲間全員の代弁でもあった。


 肝心の『勇者』様は、別方面からの奇襲を警戒して後方から時間差を設けて追いかけて来るらしい。


 フンと鼻を鳴らして笑った瞬間。


 どこからか、カキン――――と無機質な金属の音が響いた。


「……?」


 しかし、誰もその音に違和感を覚えることはなく、また踏んだ当人にしても感触から枝か何か硬い物を踏んだだけだろうと、その僧兵の男は瞬間的に判断してしまった。


 グダグダとも言える作戦に対する士気の低さと緊張感のなさが、自身の足元で発生した音が本当は何であるか、また自分が踏みつけたものから発せられたものとは気付かずに終わってしまったのだ。

 彼にとっては、うっそうとした森の中を長時間歩いて来て、ようやっと出口に至ろうとしたところで、ソレを踏みつけた。

 森を抜けるという慣れない行動からの疲労で判断力が低下していたのも相まったのだろう。


 足の裏から伝わってきた感触も、地面に落ちてたまたま上を向いた枯れ枝でも踏んだものとして完全に無視していた。

 もし、その違和感に気付いていれば――――いや、それは前提からして無理な話だった。


 何故なら、彼らの常識では、フィールドに張れる罠は限られており、非効率的な物と決め付けられているからだ。

 通常フィールドで仕掛けれらる罠は、落とし穴などがその筆頭例であるが、あくまでもひとつひとつの段取りに時間がかかるものであるし、そもそも動物を捕まえる罠という意味合いの方が強かった。


 そんな罠の認識の中では、森の中ですら軽く踏んだだけで発動する罠など想像の中に一欠けらも存在していなかったのだ。

 また、更に悪いことに、彼らは密集してこそいないものの、散開しているというにはあまりにも一人一人の距離が近かった。


 そして、不運は更に重なっていく。


 “ソレ”を踏んだ僧兵は、先頭を歩いていた人間ではない。

 先頭から数人後――ちょうど10人ほどが傷を負うとされる加害半径20メートル以内にしっかりと入ったところで、ソレを踏んでしまった。


 だが、その僧兵は自分が踏んだモノの次なる動作に移った瞬間をついぞ見ることはなかった。

 代わりに目撃したのは、真後ろを歩いていた同僚である。


 地中から破裂音のようなものが響いたと思った瞬間、何かが自分の胸の高さくらいまで飛び上がるのを目撃した。


「なっ――――」


 そして、それが――――彼が見た人生最後の光景であった。








                 ◆◆◆








「始まったな」


 爆発音が鳴り響くのと共に、双眼鏡の向こう側で仕掛けられた跳躍地雷に内蔵された炸薬が炸裂する一瞬の閃光が目に飛び込んできた。

 あの一瞬の光で、少なくとも誰かは呆気ないほど簡単に、そして並々ならぬ惨い死に様を晒している。


「これが――――」


 隣で同じように双眼鏡を覗きながら、何か言葉を発しようとしたショウジ。

 しかし、ファンタジーというまったく埒外の世界に放り込まれた経験を持つ彼ですら、近現代兵器が映画の控えめな表現ではなく実際にその真価を発揮する光景は衝撃的だったのか、口を突いて出た言葉も意味をなさない。

 そして、あまりにも惨憺たる光景を目の当たりにしたせいか、顔色も相当に優れないものとなっていた。


「ゲロを吐いてもいいけど、レディもいるんだ。やるなら向こうでやれよ?」


「クリス、わたしのことをレディだと思ってくれているなら、もう少し物言いにも配慮してほしいわ」


 ベアトリクスからの苦情に、俺は無言で肩を竦める。


 あのまま籠城するのは下策であるとして、俺たちは坑道を出ていた。

 岩山斜面にある遮蔽物となりそうな大岩へと隠れ、周囲の風景に溶け込む色合いの山岳迷彩に身を包む。

 ちなみに、ショウジにはこの機会に、応急処置程度だが身体を身ぎれいにさせている。


 ここまで完全に待ち伏せができたのは、実際のところは手元にある海外各軍でも採用実績のある日本の某社製のタフなノートパソコンで操作していたモノのおかげだ。

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