第85話 ハンバーガー・フィールド~後編~
RQ-11B レイヴン小型無人偵察機。
アメリカ軍で採用されていたUAVの中でも小型に分類されるもので、何気に世界で最も生産されたUAVとしても名高い機体である。
よく知られている中・大型のUAVと違って、人間の手から投げてやることで離陸可能なため近距離偵察用として利便性が高い。
また、軍用の無人偵察機とはいうものの操作はラジコンとほぼ同じで、パソコンからの指令で飛んでいき、電動モーターで高度300mくらいの場所を時速45~97㎞で飛び航続距離は10㎞に及ぶ上に、各種カメラを搭載している。
北方の国が配備を進めているというワイバーンを使った竜騎士のような一部例外を除いて、地上戦力が主体であるこの世界では、とんでもなく頼りになる大空の目だ。
そして、コイツを使って教会の追手の動きを朝早くから偵察しつつ、その進行方向に対人地雷の罠を仕掛けて待ち構えていたのだ。
こちらまで2時間ほどの距離で捕捉した僧兵と思われる集団は20人ほど。布陣は菱形。
すぐさま効率よく敵を殲滅するための地雷源の構築を開始していたとは夢にも思うまい。
「青少年の迸る熱いパトスが炸裂してるみたいだぞ。……呑気なもんだ」
まぁ、今現在も『勇者』と思われる2つの赤外線反応が、僧兵の一団から遅れること約500m後方から、ナニかを済ませていたかのようにのんびり追いかけて来ていることまでリアルタイム監視されているわけだが。
……リーパーが使えれば、ヘルファイアで吹っ飛ばしてやったのに。
だが、わざわざ対戦車ミサイルを使う必要もないほどに、バンシング・ベティは想像以上の効果を発揮していた。
教本通りに密集していたのだろう、至近距離にいた人間は当然のように即死。
その周囲にいた人間も、四肢を吹き飛ばされるなどしている有り様だ。
「ワァァァァッ!」
「敵襲! 待ち伏せだ!」
「俺の……腕……。俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「魔法攻撃か!? 一か所に固まるな! 散開して敵を発見しろ!」
わずかに聞こえてくるのは、負傷者たちの悲痛な叫び声と、生き残った――――あるいは無傷で済んでいた僧兵たちの怒号。
どうやら指揮官はまだ生き残っているらしく、襲撃の混乱からすぐに立て直そうとしていた。
なかなかに悪くない指揮をしている。
相手が超長距離からの攻撃手段を持っていなければの話だが。
すぐさま、隣に設置しておいたナイツ・アーマメント社製M110Aセミオートマチック・スナイパーライフルを伏せ撃ちの姿勢で構える。
当然、俺は意地悪なのでサプレッサーを装備している。
「ベアトリクス、観測手を頼む。できるな?」
「もちろん。狙いはどうするの?」
「装備のいいヤツがいるだろ、ソイツだ。それで、距離と風向きは?」
狙うは、俺には声だけが届いていたイイ指揮をしているヤツ。
姿は見えないのでわからないが、原始的とはいえ軍隊に近い組織なのだ識別できるような恰好くらいはしているハズだ。
それに、あまり時間もない。
今の爆発で『勇者』の反応に動きがあった。ヤツがおっとり刀で駆けつけてくる前に仕上げまでしておきたい。
「見つけたわ。距離600m。風速は……ないわ。無風よ」
俺の隣でレーザーレンジファインダーを覗き込んだ後に風速計を確認したベアトリクスから、狙撃のための諸元が告げられる。
「山近くで無風か。ツいてるぜ……」
そう呟きながらストックを頬に当て、長距離用のスコープのカバーを開けるとスコープ越しに狙うべき一団が浮かび上がってくる。
照準線の向こうに僧兵の一団が映り、倍率調整機能のつまみを回してさらに拡大し、ターゲットを捕捉する。
左右に銃を舐めるように動かすと、ちょっとだけ装備がイイ――僧服の飾りが他の連中より多いヤツがいた。
そして、ソイツの動きで実際に指揮をしているのだとわかる。
指揮官に抜擢されるくらいだ、きっと優秀なのだろう。
だが、戦場では優秀なヤツから死んでもらわなくてはならない――――。
「こちらも見つけた。再度観測頼む」
「距離は597m。風向風速なし」
7.62×51㎜ NATO弾の有効射程からすれば、限界にはまだ余裕がある。そう考えながら、俺はみずからの興奮を落ち着けていく。
これから行うのは射撃ではない。狙撃なのだ。
もちろん、俺は本職のスナイパーではない。
狙撃もひと通りの武器が扱えるようにと訓練を受けているだけで、いいところ
だから、ほんの少しの風ですら、数百m先では着弾場所が大きく逸れる要素となる。
それがこの瞬間に吹いていなかったのは、はっきり言って僥倖とすら言えた。
照準調整は400mに合わせてあるが、距離は約600m。本来であれば放物線を描く弾丸に合わせなくてはいけないが、今ここでエレベーションまでいじっているヒマはない。
だから、十字線で狙うは頭部。
当てたいのは胸のほんの少し上あたりだが、今回はスナイパー・トライアングルと呼ばれる首と両乳首を結んだ人間の致命部位が内包された三角形の中心よりも遥かに上を狙っていく。
肺の中からゆっくりと空気を吐き出しながら、セレクターを射撃へ合わせる。
息を吐き尽くしたところでゆっくりと引き金を――――絞った。
何かが押し出されるような、それでいて今までのサプレッサー越しに放たれた銃弾よりも幾分か鋭い音を立てて、直径7.62㎜ライフル弾が音速を超えて飛翔。
それとほぼ間髪を入れぬタイミング、それまで周りに指示を出していた隊長格と思われる僧兵が、突然仰け反るような姿勢を見せたと思った瞬間、首から上をほぼ千切り飛ばされた姿で地面に倒れた。
一瞬のことに、周囲の僧兵たちの動きが止まる。
時間が止まったかと思うような一瞬の静寂。
隊長格の顔も指示を出すべく怒鳴っていたまま凍り付いていたが、死体の首からリズムよく噴き出す鮮血が、時間は決して止まってなどいないのだと彼らに思い知らせる。
そして同じく、無音の下にヒトをあっさり殺せる未知の脅威が潜んでいることも。
潰走という言葉が相応しいだろうか。
まとまりを見せかけていた僧兵たちの連携は、たった1発の銃弾によりあっさりと崩壊した。
恐怖からの悲鳴を上げつつ、逃げ惑うようにそれぞれの方向へと走り始める。
……俺の狙い通りに。
またひとり、跳躍地雷を踏んで小規模な爆発が生じたが、それは別にメインディッシュではない。
そう思っていたところで、ひときわ大きな爆発が轟音となって連鎖した。
そう、跳躍地雷の周囲――――彼らの侵攻ルートに蓋をするように半円を描く形で一定間隔に設置されていたクレイモア地雷が、ワイヤートラップを作動させたことにより一斉点火されたのだ。
はっきり言って、跳躍地雷の役目は心理的な効果を与えるに過ぎない位置づけだった。
バウンシング・ベティが半径20m程度の位置に存在する人間に軽傷~重傷を負わせるのに対して、クレイモアは最大加害距離が250mにも及ぶ。
M18クレイモアは、湾曲した箱状の見た目を持ち、その内部に700個の鉄球とC-4を内包している指向性地雷だ。
ワイヤートラップ式またはリモコンで信管が起爆すると、鉄球を扇状に発射し、敵を比喩表現ではないグシャグシャの挽肉へと変える。100m以内は危険区域とされており、50m以内なら大体が死ぬ。
むしろ、一瞬で死ねない方が不幸なことになるだろう。
事実、その凶悪な破壊力の証左として、クレイモアが起爆した後には鉄球で大きく抉られた木々と、そこかしこへ吹き飛ばされた人体を構成していたと思われる肉片がこびりついていた。
生存者の反応もない。
とても人が直前まで生きていたと思える光景ではなかった。
「……ウェッ!」
双眼鏡の向こうに広がる地獄のような凄惨な光景に、とうとう耐えきれなくなったショウジの胃袋が、反吐を盛大に地面に撒き散らす。
あー、これじゃしばらく肉は食えないだろうな。
「焼いても食えないもんじゃ焼き作ってるところ悪いがな、これからもう少しえげつないことしなくちゃならん。だが、お前には見届ける義務がある。しっかり見ておけよ。この世界の悪意にカマす一発目をな」
「……慰めになるかわからないけど、わたしも何度もこんな光景を見せられたわ。そのうち慣れるわよ、ショウジ」
そう一方的に告げて、スコープを覗き込んだ俺の耳に、とてもそうは聞こえないがフォローしようとするような響きを含んだベアトリクスの言葉が流れ込んでくる。
ベアトリクスに慣れされたのは訓練を施したサダマサと俺だけど、さすがにこう言われてしまうと何とも言えない気分になった。
「さて、おいでなすったぞ」
そう呟く俺の目線――――スコープの向こうには、全滅した僧兵たちへ向かって駆けて来る『勇者』シンヤと獣人の少女イリアの姿があった。
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