第82話 異世界派遣会社(無許可営業)~前編~


『そこで止まれ!』


「え!? 日本語!? ……あ、う、撃たないで! 撃たないでください!」


 俺の日本語での制止命令に一瞬驚きつつも、意味を解して答える少年。

 照射したレーザーサイトのレーザー光に気付き、また同時にそれが何かを察知したのだ。

 外見が地球人――――というか日本人っぽいというだけでは、たまたまそういう現地人がたまたまココにいた可能性を否定できない。

 だから、敢えて身元がわかるように言葉を発した上で、レーザー光を当てたのだ。

 とは言っても、レーザー光がそういうものだと知らないヤツだったらあまり意味がなかったかもしれないけど。


「武器があったら捨てて、両手を挙げてゆっくりこっちに近付いて来い。そのまま真っ直ぐだ。妙な素振りはするなよ? 弾丸が当たって痛いって言えるなら、まだハッピーな当たり方だからな」


 俺の言葉を受け、その少年はゆっくりとこちらに近付いて来る。

 判断材料が少ない中では気を抜かない。

 怪しさ満点のヤツですら、その更に斜め上をいくように襲い掛かってきたのだ。

 ましてやこの少年の素性が一切不明とあっては、引き金に指がかかりっぱなしだ。


「俺の指定したルートを通れよ? 地雷を埋めてあるからな」


「えっ!?」


 俺の告げた言葉への驚愕で、ただでさえゆっくりだった少年の足が完全に止まってしまう。

 よく見れば足が小さく震えている。

 驚かせ過ぎたかと思わなくもないが、警告せずに地雷踏まれてもコトだ。


「安心しろ。俺が言う通りに歩けば爆発もしない」


 そうして宥めるように言い聞かせるとようやっと歩みを再開する。その目には警戒感が滲んでいた。

 ふむ。コイツは逆だな――――。


 ちなみに、ワイヤートラップ付きクレイモア地雷の前でまたひと悶着あったが、それは割愛する。


「まだるっこしいから単刀直入に訊くけど、お前、『勇者』か?」


 説明が長くならないよう、簡単に自分が同郷の人間であると説明したうえで、俺は質問を開始した。

 気を利かせたベアトリクスが、ボサボサの髪の毛にボロボロの格好――――元々は学校の制服だったと思われるモノを着た少年にミルクティーを差し出していた。

 間接キスか、ラッキーなヤツだ。

 そう思ったものの、いちいちツッコミを入れるほど無粋ではない。俺は黙ってベアトリクスへ新しい金属マグを渡す。


「はい……。元、ですが……」


 は? 元? なんだそりゃ。


「なんだ、お前もう魔王倒してきたのか? それにしちゃあ、ホームレスの方がまだマシな恰好してるけど」


「いえ、それが――――」


 ミルクティーを一口飲んでから口を開いた瞬間、少年の目から大量の涙がこぼれ始めた。

 一瞬のことに唖然として顔を見合わせるベアトリクスと俺。


 おいおい、どうしたらいいんだよ、コレ。







                ◆◆◆







 それから数分ほど経って、再び少年が落ち着くのを待ってからようやく話を聞くことができた。

 長くなるので俺が代わりにまとめるとだいたいこうだ。




 少年の名前はショウジ・イマムラ(今村将司)。21世紀日本出身の16歳(?)とのことらしい。

 何故年齢に疑問符が付くのかというと、それは彼がこの世界にやって来たところまで遡る。

 高校生になって数か月経ったある金曜日、下校中に乗っていたバスにブレーキの壊れたタンクローリーが衝突。

 あわや爆発炎上する――――という瞬間、気付いたらこの世界にいたらしい。


 いきなりバスの中から、よくわからない石造りの建物の中にワープさせられ困惑している中で、知らぬ間に自分の手には一振りの剣が握られていた。

 周りを見れば中世映画で見そうな僧服に身を包み、剣や槍で武装している人間と、なんだか偉そうな態度の優男がいた。

 そして、自分のすぐそばにはバスの運転手、それと同じ学校制服を着て自分のものと同じような剣を持った生徒が、同じく状況が呑み込めない様子で座っていたらしい。


「君たちは『勇者』として召喚された」


 召喚どころか転生してきた俺が言うのもなんだけど、スゲェテンプレ展開だ。


 実際の所、聖堂教会の連中が「自分たちが召喚した」と言ったのは便宜上だろう。

 本来は、『創造神』が選んだ人間を事前承諾もクソもなく送り込み、それを聖堂教会側が受け取って『勇者』として扱う構図なわけだから、単純に『勇者』に対して初手の優位性を得るための発言かと思われる。

 尚、ちょっと違ったのはバスの運転手が『勇者』の証である『神剣』が現れていなかったようで、早々にその場から連れ出されていったらしい。


 ……十中八九始末されただろうな。


「最初はテレビのドッキリかと思っていました。最近はそういう漫画やアニメは山ほどありますし、第一見た目が外国人なのに、ネイティヴばりに言葉が通じるなんておかしいと思っていましたから」


 そして、部屋に残った2人が目の前にいる少年――――ショウジと、俺を殺そうとしたシンヤだった。

 あー、なんか段々と話が繋がってきた。


 では、同時期にこの世界へ召喚されたにもかかわらず、片や聖堂教会の『勇者』として高待遇を受け、一方はボロボロの格好をしているこの差はいったいなんだろうか。


「時間が過ぎるにつれて、これがドッキリじゃないと直感的に理解し始めました。そして、教会の人たちが、僕たちのことを予定とは違う『勇者』だと言っているのをたまたま聞いた時、それが確信に変わるのと同時に、すごくイヤな予感がしました」


 この時から、ショウジは聖堂教会に不信感を抱いていたらしい。


 短い時間喋ってみた感想だが、ショウジは頭の回転が速い。

 こんなボロボロの状態にまで追い込まれているのに、喋り方は理路整然としている。


 そこから何があったかはまだ語られていないが、服の傷み具合から見て、数か月は過酷な環境下にいたのだろう。

 今は武装解除してもらっているため俺の手元に置いてあるが、普通に店で扱っているような物と比べてボロボロになった片手剣の具合から、コレだけを頼りに生きてきたに違いない。

 追い込まれると、根性とかそういう面で真価を発揮するタイプなのかもしれない。


「で、決定的な何かが起きた、と」


「はい。その二日後、僕と彼――――シンヤは殺し合いをさせられそうになったのです。生き残った方を『勇者』として扱うと言われて」



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