第9話 夜を駆ける~前篇~


 その夜。

 俺は人知れず屋敷を飛び出していた。


 メイドたちにはショックで部屋にこもっていると思われているので、とりあえず、ベッドには変わり身の丸太と、万が一俺もダメだった場合に備えて書置きは残してある。

 監禁場所のアタリは既につけてあった。

 聖堂騎士が遅れることなく踏み込んで来てくれれば、少なくとも犯人を取り逃がすようなことにはならないはずだ。


「悪いな、親父殿。指を咥えて待ってるなんてのはムリだぜ」


 とはいえ、この身体になってから初めての本格的な作戦行動ミッションである。

 屋敷の周りをうろつくならともかくとして、6歳児用の本格的に外出を考えた衣服などはまだ持っていない。

 だから、魔力消費を考えて昼間のうちに夜に備えての本格的な『お取り寄せ』を使うことにしたのだった。


 虫除け代わりに黒の目出し帽バラクラバを被り、外套となりそうな黒に近い深緑の厚布ポンチョを纏ったその姿は、立派な不審者どころか即座に異端者扱いされそうなレベルである。

 唯一用意できないのではないかと懸念したブーツも、あるところにはあるもので、自分の足のサイズをイメージすると、軍用ブーツですら子ども用が取り寄せられた。


 当然ながら、衣服だけでは話にならないので、続けて武器も同じように調達している。

 短刀代わりに、柄のしっかりした刃渡り21㎝ほどのタクティカルナイフを腰にき、俺が今回命を預けることになるメインウェポンのVz-61スコーピオン短機関銃サブマシンガンをバンジースリングで身体に吊るしてある。

 不測の事態に備えて既にコックして初弾は薬室へ送り込み、安全装置セーフティはかけてある。

 手を伸ばせば伝わってくる鋼鉄の感触と重み。夢の中を除くとおよそ6年ぶりとなるその感覚は、不思議なことに実に懐かしく感じられるのだった。

 旧チェコスロバキア製であるこのサブマシンガンは、このジャンルの中で最も小型の部類であることから携行性に非常に優れている。また、使用弾薬についても.32ACP弾と拳銃弾の中でも小口径で威力を犠牲にしてはいるものの、その分反動も小さくなっているため今の俺でもギリギリ使えると判断した異世界武器である。


 現時点でも攻撃魔法らしきものは使えるが、魔法には発動までにタイムラグがあり、どんな魔法を使うかは非魔法使いにはわからなくても、詠唱などから魔法を使うであろうことは何となく知られてしまう。

 状況によっては、イゾルデを盾にされて魔法自体が使えなくなるかもしれないし、精密攻撃が可能なまでの魔法スキルを俺は習得していない。


 俺自身が前世で死ぬ前の身体能力を発揮できれば、ナイフ1本でもオスヴィンを始末することは容易にできるだろうが、これもまた所詮はない物ねだりなのである。


 そのため、今回の作戦には、必要とあらば即座に人間をブチ殺せる、この世界にはない一点集中型の殺傷力が必要だったのだ。


 奇襲をかけるならば、銃火器に勝るものはこの世界には間違いなく存在せず、よほどのヘマをしない限りイゾルデの救出は可能と踏んでいた。

 そして、それと同時に、俺は内心である覚悟を決めていた。


「ヘタすりゃ早くも2回目の人生終了だな」


 ちょっと人より眼のつけ所がいいとか、魔法が使えるくらいなら天才とか才能があるとかで誤魔化せる。

 少なくとも3歳までは片鱗すら見せていなかったので、ちょこちょこ動き回っていてもわんぱく程度の認識で怪しまれてはいなかった。


 だが、明らかにこの『お取り寄せ』はそんなものを超越している。

 今回、どうしても頼らざるを得ないサブマシンガンひとつでさえ、後始末を間違えればこの世界に与える影響は計り知れない。

 この『お取り寄せ』、細かい原理など俺みたいな普通の人間にはわからないし、創造神は深く考えずに俺に付与したようだが、どう控えめに考えても世界への干渉能力である。

 これを適当に誤魔化す方法など、俺には考え付かない。


 だからこそ、超常の力を『世界を救う』という名目により違和感なく振るえる『勇者』という存在が必要なのかもしれないが。

 ともかく、聖堂騎士までも動員するのだから、イゾルデを助けた後に犯人のみならず事の顛末を含めそれなりに捜査はされるであろう。


 よしんば神の御業とでもしてくれれば命は助かるが、それはそれで教会に祀り上げられて今後の自由が利かなくなりそうだ。あるいは、正反対に異端認定されて容赦なく火炙りか首をねられるかもしれない。

 侯爵家の次男程度では、後者の方が確率は高そうだが。


「……まぁ、んなこと気にしてちゃ、なんもできねぇか」


 自分自身に言い聞かせるようにして大きく息を吐き出し、思考を切り替えて軽く精神を集中させ、俺は先を急ぐ。

 すべてはイゾルデを助け出してから考えればいいことだ。

 屋敷の塀を乗り越え、昼間のうちに屋敷の敷地ギリギリまで探っておいた足跡の続きを探し出し、そのまま追跡トラッキングを開始しながら俺は呟く。

 人質パッケージが5歳児とはいえ、重量のあるものを抱えていれば、地面への足跡は通常よりも深く刻まれる。その上で、やや急いでいるとなれば、地面を強く蹴るぶん足跡は余計に目立つものになるのだ。

 今でこそ、こうやって判別は付くが、前世の訓練兵時代にはターゲットの足跡と自分の足跡の見分けが付かなくてえらい難儀したものである。

 なお、俺の見立てでは、逃走方向は山の中だ。


「足跡丸残りか。とんだ素人だな……」


 事実、見事なまでに教本マニュアル通りの足跡が、侯爵家の敷地からまっすぐ山の方へと続いており、この時点ですでに足跡を目印に追跡する必要はほとんどなくなっていた。

 そこにあるのは廃棄された礼拝堂であることも事前に調べてあるからだ。


 まぁ、偶然書庫で先代の領地資料を見たことがなければ、残された足跡を探してひたすら夜の森と山を駆け回るハメになったであろうが。


 実際、ヘルムントは礼拝堂を知らないから騎士団へ協力を要請しに行ったわけだが、その存在についてはアウエンミュラー侯爵家の記録にはしっかりと残されていた。


 なんでも20年ほど前、山の中に見習い修道士が修行するための礼拝堂を作りたいという話を、、つまり今回の誘拐犯から持ちかけられたことがあったらしい。

 当時、領土を開発する順番はかなり混雑していたようで、面倒な山の中では費用対効果がないと先代当主が突っぱねたようだが、元々タカるのが目的だった教会はスポンサーのアテがなくなっただけで自分たちで勝手に作っていたのだ。


 もっとも、その記録のおかげで俺は極めて短時間で目標に迫ることができるわけだが。

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