第131話 フールズ ネバー ダイ~後編~
声のした方向を見れば、見たことのない鎧に身を包んだ騎士と思しきエルフが、こちらに向けて探るような視線を向けている。
この国に入ってからそれなりの数エルフを見てきたつもりだが、その中でも特に美しいと思える顔立ちをしていた。
細面に整った眉目と鼻筋。それに加えて長身。
騎士という身分も飾りではないのか、その鎧の下に隠されているであろう筋肉が並み以上のものであることは感じ取れた。
これで、俺たちに向けた視線に侮蔑の色がなければ、それなりの好印象を持てたかもしれない。
「騎士エリアス……」
エリアスと呼ばれた騎士を見るエレオノーラは「なんでこのバカ、よりにもよって今のタイミングで出て来たの……!」とでも言いたげな顔をしている。
しかも、それを隠そうともしていない。
その時点ですべてを察した。
「これは姫様ではありませぬか。はて、今は使節団と共にヒト族の国にお出向きになられているのでは?」
「それは……。すこしばかり、事情が変わりまして。それよりもは今は来賓の……」
なにか確執でもあるのかエレオノーラを無視して発せられたエリアスの問いかけに、言葉を濁すヴィルヘルミーナ。
まさか、帝国でトラブルが起きて、戦争寸前状態になったから文字通りすっ飛んで帰って来たなどとは言えるはずもない。
「騎士エリアス、姫様は長旅でお疲れであらせられる。ここは――――」
「あぁ、やはりそうでしたか……。いくら王命とはいえども高貴なハイエルフ王族が粗野な平原の民の国へ出向かねばならぬなど耐えられますまいな」
平原を平凡に聞こえる発音でエルフの青年は鼻を鳴らした。その国から来た人間の前で。
またしてもエレオノーラの言葉を遮って、勝手に頷き脳内で結論を導き出している空気の読めないエリアス。それを見るヴィルヘルミーナの顔からは完全に血の気が引いていた。
俺には「お願いだからこれ以上喋らないでくれ」って顔をしているようにしか見えない。
さすがの俺もヴィルヘルミーナが気の毒に思えてきた。
「いえ、そうではなく……」
「むしろ、向こうから『大森林』へと頭を垂れに来るのが道理でしょうなぁ」
だが、そんな顔を向けられている当人はドヤ顔を浮かべるのに夢中で、周囲の状況にまるで気付いた様子もない。
それどころか、俺たちの前で失礼極まりない発言を繰り返している始末だ。
明らかに王族が応対する時点で相手が賓客であると予想がつきそうなものだが、エレオノーラの怒りにひくついた顔もまるで眼中にないあたり、これがエリアスという男の普通なのだろう。
そう、バカはバカであるがゆえに割と無敵なのだ。
「……今後は、もう少し身内への教育をちゃんとして欲しいもんだな。こんなの連れ出したら、外で恥をかくだけだぞ」
立ち上がりながら、俺はヴィルヘルミーナに向けて苦笑を浮かべながら告げる。
「うぅ、返す言葉も――――」
「貴様! ヒト族の分際で姫様にそのような口の利き方をするとはなんと無礼な!」
突然いきり立ったエリアスが、俺の方を向いて憤怒の表情を浮かべると、迷わず腰の剣へと手を伸ばす。
おいおい、どんだけ一方向だけに敏感なセンサーを積んでいるんだよ、コイツ。
俺も少し軽率ではあったが、いくらなんでも過敏に反応し過ぎである。
「エリアス!?」
突然の凶行ともいえるエリアスの振舞いに、ヴィルヘルミーナが驚愕の声を漏らして剣の柄に手を伸ばす。
騎士として帯剣を許されているからと言って、それは容易く抜いて良いことを意味しないのだがこの男にはわからないらしい。
ていうか誰だよ、こんな脳筋バカ野郎を騎士に採用したアホは。まず最初にソイツをクビにしちまえ。
これじゃあ強硬派に送り込んだスパイと言われた方が納得できる。
あまりにも思考形態が異次元過ぎて、手を出されかけている俺ですらあまりの展開に怒りが湧いてこない。
「やめとけやめとけ。危険手当出ないんだろ? イヤだねぇ、俺はこんなにフレンドリーだってのに」
「なんだと貴――――」
何度目かの激昂が見られると思ったが、そこではじめてエリアスの言葉が止まった。
こちらがすでに斬撃を放てる――――腰に佩いた小太刀の鯉口を切られていることに気が付いたのだ。
「い、いつの間に……?」
まったくわからなかったとばかりに問われるが、剣の柄に触れた時にはもう動いていた。
サダマサの薫陶あってこその業である。
俺の構えが、決して虚仮脅しではないことは騎士として積んできた研鑽により理解することはできたのか、ぶつけられた殺気も相まって、小さく驚愕の呻き声を出したエリアスの頬を冷や汗が伝っていく。
「剣から手を離しなさい、騎士エリアス。いくらバルテルス家の出とはいえ、王家への客人に対してのあなたの行動はとても軽率です」
放たれたヴィルヘルミーナの言葉、その語気は強いものとなっていた。
命がけでここまで来たのに、これ以上バカに邪魔をされるワケにはいかないと思っての行動なのだろう。
いくら正当防衛だろうが、エルフの王城で騎士の階級を持つ者に怪我でも負わせてしまえば、それが過激派にとってはヒト族を糾弾するための格好の材料となる。
ましてや、殺しでもした日には――――。
だが、そこまで言われて、ようやくこのアホは事態を理解したようだ。
納得はしていないといった顔をしながらも、黙って剣を鞘に納める。
それを見届けてから、俺も倣うように刀を元の位置へと戻す。
「申し訳……ありません……」
羞恥を感じたか、俺ではなくヴィルヘルミーナに謝罪の言葉を向けるエリアスの顔にはわずかに朱の色が差していた。
彼のプライド的にはこれも最大限の譲歩なのだろう。
それは理解しているのか、ヴィルヘルミーナも敢えて追及はしなかった。
……ここらが落としどころかな。
見られでもしたらまた逆立ちして怒りそうなので溜息を吐くのは内心だけに留めておく。
この反応から見るに、超絶技巧派の役者でないなら、やっぱり単純に短慮なのだろう。
面倒なので敢えて言葉にはしないが、主君の権威を守ることと、そう見せて自分の自尊心を満たすことはまるで違う。
他人の権威を笠に着て、相手に対して言葉を荒らげて見せることなど誰にもできるのだから。
真に主君への忠義を尽くすのであれば、逆にその意図するところを汲んで言葉を放つ。
俺の言葉に対して激昂して見せたのは、果たして主君の欲することだろうか。
国家という権威を守ろうとする使命感は尊重するが、だからといってこの行動が正しいかどうかは完全に別の問題である。
しかし、こんなヤツはどこにでもいる。
それは帝国とて同じことだ。探せばいくらでもお目にかかれることだろう。
連中は自分の信じた正義のためなら、喜んで他者を殺し、そして敗ければ怨嗟と共に死んでいく。
人類の深い業を一身に受けたと思わせる存在だ。
だからこそ、一刻も早く事態を解決し、全面戦争にならぬよう手を打たねばならないのだ。
そんな連中に出番を作ってやるわけにはいかない。
「お待たせして申し訳ありません。準備ができまし――――あれ?」
ちょうどそこでエルネスティが帰還する。
戸惑うような反応を示すが、すぐに何が起きたか理解したのか顔色が青くなる。
「もう済んだことです。下がりなさい、騎士エリアス」
本来であれば、エリアスを許すも許さないもこちらに委ねられるはずだ。
だが、こちらを見て申し訳なさそうな顔をしつつも、一刻も早く問題を終わらせたいであろうヴィルヘルミーナは、少々無理矢理ではあるが流れを作ってエリアスに退出するよう言い渡す。
さすがにこうなっては空気を察したか、エリアスは王族に向けて深く礼をしてから足早に立ち去っていく。
その際、一瞬だけ俺の方に向けられる憎悪と殺気のこもった視線に気付き、内心でげんなりする。
完全にエリアスの気配が遠退くのを待って、盛大に溜息を吐き出す。
さっきから溜め込んでいた息をようやっと吐き出せたのだ。
「……ありゃ友達にはなれそうもないな」
「申し訳ございません。王宮に詰める騎士でさえもあんな意識の者が多いのです。長い歴史が作り出した他種族への偏見には、我々も苦慮しておりまして……」
エルネスティが噴き出す汗を拭いながら、俺の苦笑交じりの呟きに言葉を返してくる。
場を和ませようとした冗談のつもりなのだが、それがかえって心労をかけてしまったらしい。
こりゃ、「下手すりゃアイツも強硬派がけしかけたのかもしれない」なんて口にしなくて正解だったな。
「それで、準備ができたんだっけ?」
さすがにこれ以上追及してやるのもかわいそうだったので、俺も先ほどのヴィルヘルミーナ同様に話を無理矢理切り替える。
「え? ええ……。どうぞこちらへ」
遠回しに俺が催促していることに気付いたのか、言葉少なげながらも気を取り直したように先導を開始するエルネスティ。
そうして、招かれるがままに俺たちは彼の後に続き、王城の深部へと進んでいくが人気は希薄になる一方だ。
しばらくして、小さな扉の前でエルネスティは立ち止まった。
何かがあるにしては随分と目立たない扉だ。まるでそれこそが狙いであるかのように。
「こちらで王がお待ちです」
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