第132話 さりげなく行われるエゲツない行為~前編~


 扉の中はいったいどんな風になっているかと思ったが、入ってみればなんのことはない普通の部屋であった。

 だからこそ、こうして特使――――どちらかといえば密使だが――――と会うにはちょうどいい場所になるのだろう。


「文系同好会の部室じゃないんだからさ……」


 さすがにぼやきが漏れた。

 仮にも一国の王と面会するのと考えれば、そこはあまりにも殺風景なものだった。

 あるいは、本質的には飾るべきものなど持っていないという部屋のあるじの主張なのか。


 客人に対して向けるものとして適切かはわからない。

 ただ、ヒト族の貴族が大好きな無駄な虚飾に塗れた謁見の間や応接間などで見せつけられるどうでもいい権勢に比べればずっとマシである。

 もっとも個人的な好みで言えば、さすがに飾り気がなさ過ぎるとは思う。


 そして現在、部屋の主となっているであろう男は、こちらには気付いていないのか目もくれず、奥に設えられた執務机で何やら書類と格闘しているようであった。


「国王陛下、ガリアクス帝国からの特使をお連れ致しました」


「……おぉ、よくぞ参られた特使殿」


 一礼と共に発せられたエルネスティの言葉を受け、国王と呼ばれたハイエルフは手を止めると、静かに顔を上げてこちらを見る。


 ハイエルフの特徴である長い耳と、ラピスラズリを思わせる深い青色の瞳に、実子であるエスネスティに幾ばくか似た細面と年季の入った落ち着いた声。

 年齢は、ヒト族換算で言えば四十から五十歳くらいだろうか。

 少し色素が白に近付きつつある金色の髪と、若干口元に刻まれた皺が今まで生きてきた長い年月を思わせる。

 今まで見たきたエルフたちに比べれば、美醜という観点ではないが、遥かに柔和な顔をしているといえた。


「ガリアクス帝国貴族クリストハルト・フォン・アウエンミュラーでございます。突然の不躾な来訪にもかかわらず、お召しをいただきまして罷り越しました」


 すぐさま俺は跪き、首を垂れた。

 例の如く、どんな性格をしているかわからない相手に対する礼節のつもりである。

 エルネスティとヴィルヘルミーナの念話魔法かなんかで、俺の性格が伝わっていたらあまり意味のない行為にはなるが、それでも最低限の礼儀として初めだけでもきちんとやっておくべきことだろう。


「……エルネスティ、ヴィルヘルミーナ。隣室で待機しているように。少しばかり特使殿と個人的な話をさせてもらいたい」


「よろしいのですか?」


 国王の言葉を受けて、エルネスティが訝し気な表情を浮かべたのが発せられた声からわかった。


「かまわん、この期に及んで危険はあるまい」


 国王の有無を言わせない返答を受け、エルネスティもそれ以上は食い下がらずに妹を伴い部屋を出て行く。


 一国の主の行動としては変わっているどころかいささか危機管理に欠けていると言うしかないが、特使がどういった人間であるか自分自身の目で確かめたいのだろう。


「おもてを上げるがよい。余がこの国の王シュルヴェステル・クーニンガス・ヘルヴァ・ユーティライネンだ」


 国王――――シュルヴェステルは表情をわずかに崩してこちらを見ていた。

 しかし、ここでシュルヴェステル王は何か違和感を感じたのか、俺ではなく同行者へと顔の向きを動かした。


「しかし……特使にしてはいささか変わった組み合わせよの。おぬしの同行者は」


 あまり深く考えずにいたのだが、遠回しに無礼と言われたような気がする。

 たしかに俺の真似をして跪いていたショウジはともかく、サダマサとティアにまともな対応を期待するのは無理があった。


 もっとも、サダマサの場合はこの場面では警戒役に回ってくれているので、言及されるようならシュルヴェステル王の勘気を蒙らないよう適当に流すことができればよしとしよう。


「民族も違うようだし、どうも礼節とかそういった習慣に縁のない国の出身の、よう、だ……が……?」


 そんな中、シュルヴェステルの視線と表情が、とある場所に至ったところで瞬時にして凍り付く。


、“小僧”。いったい何百年ぶりになるのじゃろうな? よもやこの妾に臣下の礼にも等しきものを求めるとは。ずいぶんと偉くなったものじゃ」


 表情が凍りついたままでいるシュルヴェステル王に対して、まるで既知の間柄であるかのような口調で話しかけるティア。

 振り返って見れば、半竜形態とでもいえばいいのか、その頭部から黒い竜の角を顕現させていた。


「バ、ババ、バババカな……!?」


「あ゛ぁん!? ババァじゃと!? この森ごと焼き滅ぼすぞ、クソガキャァッ!!」


 驚愕のあまり、まともに発声すらできなくなっているシュルヴェステルに対して、何を勘違いしたのかティアの身体から怒号と共に、瞬間的にドス黒いオーラが膨れ上がる。


 あれ? これ昨晩エルフの襲撃者たちをお星さまにした時より強く出ていません?


「い、言ってません! 言ってませんから!!ていうか、ティアマット様!? ナンデ!? ……ちょっと待って、えぇっ!?」


 今にも椅子から転げ落ちそうなほどに、驚きおののいているハイエルフの王。その姿にはもはや威厳もクソもありゃしなかった。

 結果的に見れば、エルネスティとヴィルヘルミーナは部屋を出ていて正解だったと言えよう。

 さすがに、実の親がこんなにも情けない姿を晒しているのを見たくはあるまいし、当人だって死んでも見せたくはないだろう。


 しかし、相変わらずヤベェな《神魔竜》のオーラ……。


 いつかタイミングを見て『女の』なんて茶化してやろうと思っていたことが知られたらマジで殺されかねん。

 俺の背中を一筋の冷や汗が伝うが、表情にだけは絶対に出さないよう全身の筋肉と脳細胞に命令を下す。ヘタをすれば命にかかわる案件だ。


「さて、小僧シュルヴェステル。妾にここまで足を運ばせたのじゃ。多少なりとも納得のいく説明はしてくれような?」


 ティアの威圧感が込められた笑みに、未だ不意討ちから立ち直ることができていないシュルヴェステル王の顔は盛大に引きつるのだった。


 コイツ……さては狙ってやったな?








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