第133話 さりげなく行われるエゲつない行為~後編~



 シュルヴェステル王の混乱具合が落ち着いたところで、俺たちは部屋に置かれていた応接用の椅子に腰を下ろして話を仕切り直すことにした。


 外部から『大森林』に入ってきていないのか、綿なりを詰めたソファに類するものがないのは少し残念だったが、テーブル同様にクルミ材にも似た質の良い材木を使ったと思われるその椅子は、なかなかにしっかりとした造りをしていた。

 熟練の職人が手ずから仕事をしたのだろう。座り心地も決して悪くない。改良次第では帝国へ輸出することもできそうだ。


「……まぁ、『大森林』は竜峰にも近いからのぅ。自然信仰の強いこやつら『耳長』は、我ら高位竜にも敬意を払っておってな。王が新たに即位する度に、竜峰へと使者を使わしておったのじゃ。それで、コヤツは先代の王が即位した時の使者として、かつて竜峰へと参ったことがあるのじゃよ」


 ちなみに、今はティアが俺たち向けにシュルヴェステル王との関係について語っているところだ。


「そういうことです。しかし……何故ティアマット様がヒト族と共に……? 失礼な物言いになるのは承知で申し上げますが、竜峰とヒト族との繋がりなど存在していなかったと記憶しておりますが……」


 どう訊いてよいのかわからないという様子で、慎重に言葉を選んでいるシュルヴェステル王。


 まぁ、その気持ちもわからないではない。

 『勇者』ならともかく、ぱっと見たところ別に何でもないようなヒト族で、しかも貴族の次男坊なんて身分のガキが連れて歩いているにしては、あまりにも破格の存在としか言いようがないからな。


「妾にしても、別にヒト族の国と直接友誼や盟約を結んだわけではないぞえ。ただ、単純にこのクリスというひとりのヒトに興味を持っただけじゃ」


「では、種族としての総意ではないと」


「そうじゃ。《神魔竜》全体としては何も変わってはおらぬよ。妾以外の連中は、依然として竜峰にこもって世界の行く末を見守るのがどうのこうのと、飽きもせずに議論はしておるだけで他には何もしてはおらぬからのぅ」


 同胞についてはさもつまらないと辛辣な意見を述べてから、ティアはまるで見せつけるかのように隣に座っている俺の肩へと手を回してしなだれかかってくる。


 おいおい、キャバのねーちゃんにセクハラするおっさんじゃないんだからさぁ……。


 無言で軽く突き返すと、ティアは若干名残惜しそうにしながらも素直に元の姿勢へと戻っていく。


「なるほど、そうでしたか。しかし、ティアマット様にそうまで言わしめるとは、クリストハルト殿、あなたはいったい……」


 さすがに空気を読んだのか、シュルヴェステル王は、ティアの『神魔竜』とは思えぬほどの大胆な振舞いを見なかったことにした。

 野暮になると思ったかは定かではないが、今度は俺に対して視線を向けてくる。

 まぁ、ほぼ珍獣に向ける視線なんですけどね。


「先に申しておきますが、私はただの人間ですよ。ティアともたまたま出会って、なんだかんだあってこうなっているだけです」


「よく申すわ。だいたい、初対面で妾に向けて「お前を殺す」と言ってのけたヒトの子など、初めてじゃったというのに……。まったく、キズモノにされてしもうたわ……」


 まるで恥じらう乙女のように仄かに赤く染まった頬へと両手を添えながら、無難にまとめようとする俺の言葉を遮って爆弾発言を挟んでくるティア。


 あのさぁ……。狙っているのはわかるんだけど、よりにもよって盛大に誤解されかねないようなタイミングで余計なこと言わないでくれるかな?


「……まぁ、強いて言うなら『勇者』を連れていて、自分自身は『使徒』と呼ばれる存在らしいですがね」


 もはや隠していても仕方ないと観念。面倒になりかねない話題を変えるのも狙って、やや強引に『お取り寄せ』をしてコーヒーセットをテーブルの上に取り出して見せる。


「この魔法はいったい……。それに『使徒』ですと……!?」


 あぁ、そういうことか。

 ここまでのシュルヴェステル王の反応を見てきて、ティアが『大森林』までやや強引にでもついて来ようとした理由がよくわかった。

 今の今まで関係もロクに結べていない相手と、話を早々に進めようと思えば、やはり箔なり何なりが要る。

 その箔を、一気に用意して相手にカマした上で、事態が切迫しているからと交渉へなだれ込めば、向こうには拒否などできようはずもない。


 そして、俺たちはいきなり強烈なカードを切ることに成功している。

 少なくとも、現時点で《神魔竜》の姫ティアマットという旧知の相手が、シュルヴェステル王に対して与えた影響は計り知れない。

 すくなくとも上からの交渉は不可能になったも同然だ。


「妾は『勇者』という存在に興味などないがな。じゃが、この小さきヒトの子のためであれば、国のひとつを滅ぼしてもよいくらいには思うかもしれんのぅ」


「あまり物騒なこと言わないでくれよな。そんな事態にならないように、こうして動いてるんだからさ」


 全力で動くつもりこそないが、俺が動きやすいようにはしてくれるということなのだろう。

 ティアのさりげない――――いや、どう見ても恫喝外交なんだが――――まぁ、彼女なりの気遣いに、俺は素直に感謝することにした。


 しかし、脅してばかりもなんなので、場の雰囲気も少しは和らげておきたい。

 そう思い、一旦会話を打ち切ってミルでコーヒー豆を挽く作業に移る。


「話すと長くなるので、コーヒー―――お茶のようなものでも淹れましょう」


 魔法で沸かしたお湯をドリッパーに注ぎ始めたところで、再びゆっくりと口を開くのだった。














「そうですか……。『勇者』が現れるのは数年後と決まっているのですね」


 ひと通りの話が済んだところで、シュルヴェステルはエルネスティとヴィルヘルミーナを呼び戻した。


 ここからは、現在抱えている帝国と『大森林』との話になる。いかに実権がなかろうと王族として聞いておくべき内容と判断したのだろう。


「あくまでも、『創造神アイツ』の言っていたことが本当だったらの話ですがね。しかしながら、少なくとも聖堂教会にも、それらしき神託が既に下されているとの情報は得ております」


「たしかに、そこへ欺瞞情報を混ぜる意味はないですな」


「まさか、切り札の『勇者』が、人類大陸内で何かをする前に死んで終わりなどということはないでしょう。アレも、おそらくは人類圏を盛大に引っ掻き回すための下準備のようなものかと」


 もっとも、『勇者』の片割れを殺したのは他ならぬヒト族なのだけれど。


 嫌な記憶に内心で嘆息しながら、俺はコーヒーで口を湿らせる。


「たしかに、我々『大森林』でも神託についての情報は得ています。『勇者』の出現は、森の民にとっても大きな転換の要素となるため、教会の動きをひそかに注視してはおります。既に成長限界に近い『大森林』にとって、『勇者』の役目でもある魔族との戦争――――大陸間戦争が起きた場合に、戦力や労働力という形で若いエルフを動員されることは、国力の大きな衰退を意味しかねないですから」


「でしょうね。我々も事情は異なりますが、人類圏のパワーバランスが大きく変動するのは望ましくない。ですから、当方―――――失礼、帝国は他国に抜け駆けと思われようとも、貴国の使節団を受け入れる機会を設けさせていただいたわけです」


 不安要素を抱えている『大森林』に対して譲歩を見せたかのように言ってはみるが、向こうは向こうでこちらの弱みも理解していることだろう。

 もちろん、ヘタに動いてほしくないのは“帝国以外のパワーバランス”だけで、自分たちにとって都合のいい箇所にはなる。


「それについては本当に頭の下がる思いでいっぱいです」


「過ぎたことです。我々としても、国内で一部強硬派に類される貴族の動きも活発化しておりますしね。万が一、戦争にでもなれば、以前も言ったように双方が大きく疲弊するだけですから」


 帝国が戦争を避けたいと思っていることだけは明確にしておく。

 件の第三王子が擁しているとされる魔導兵器の有無に関係なく起きる事態で、被害が大きくなるか小さくて済むかの違いでしかない。

 圧倒的な勝利をおさめられないのであれば、戦争など起こすべきではないのだ。


「得するのは外野だけですね」


「ええ、そこを他のヒト族国家や聖堂教会に狙われては、今の帝国の優位性とて維持することは困難となるでしょう。教会にしても、帝国の軍事力が一時的に低下するような事態ともなれば、『勇者』の正当性だとかそんなものさえかなぐり捨てて動く可能性があります」


 対抗しようと帝国が『勇者』の存在を公表すれば、今度は引っ込みのつかなくなった教会が逆ギレして人類圏全体を巻き込む大戦争が勃発するだろう。


 ちなみに、それすら最後の手段――――“道連れ戦略”としてプランだけは存在しているがそうなる可能性は低い。

 人類圏の大混乱を魔族が放置してくれるわけもない。


 冷静に考えれば考えるほど、『大森林』以上に仮想敵国が周囲に存在する帝国は、最初から追い詰められていた。

 今までの無理が一気に表面化してきてるみたいで、いっそ笑えてくる。


「そこまで事情を話していただけるのはありがたい話です」


 シュルヴェステルが小さく唸る。


 実際、帝国がすべてを蹴散らせるような圧倒的な戦力を有していない以上、自陣営に引き込める可能性があればそれにかけるしかない。

 隣国がトラブルを抱えているなら、それを秘密裏に片付けるための“支援”くらいはしようとするだろう。

 俺だって国主の立場ならそう考える。


 しかも、現在『大森林』使節団との交渉の場で問題が発生してしまっているため、緊急招集される帝国議会でそれに関する議論も起こるだろう。

 そうなれば、主戦派がここぞとばかりに声を張り上げることになるため時間も限られているのだ。


 あぁ、ヘタしたら今頃は動員令が出てるかもしれないなコレ。


「どちらも回避に動けば内戦、放置すれば戦争か……。イヤになってくるな」


 まぁ、どれだけ考えても、ここで俺たちが『大森林』を無理にでも安定化させなければ待っているのは戦争だ。

 あとはシュルヴェステルをはじめとした穏健派王族が、こちらに対してどれくらい行動の自由を認めてくれるかがネックになる。

 具体的には、今すぐにでも第三王子派にでもカチ込みしたいくらいなんだけど、ソレは外部の人間がやるには問題になるよなぁ。


 それこそ、いっそのことにでもなれば話は別なんだが……。


 だが、おそらく“そうなる”のは遠い未来の話ではない。

 正直な話、この場で対策がどうのこうのと論ずる必要すら本来はないのだ。

 単純に過激派と呼ばれるエルフたちが現実を直視できないため後は自体は勝手に悪化するはずなのだから。


「失礼します!! 第三王子殿下が対帝国戦のため王位に就くと宣言、武装蜂起されました! こちらにも多くの過激派兵士が向かってきております!」


 ただ待っているのも暇になりそうだと悩んでいるところへ、息を切らせながら部屋の扉を破るようにして駆け込んでくるエレオノーラ。


「なんだと!?」


 来たよ……。待っていたとまでは言わないが、……!


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