第130話 フールズ ネバー ダイ~前編~


 辿り着いたハイエルフの王宮『翡翠宮』は、世界樹の根元に寄り添うようにして建てられていた。

 ヴィルヘルミーナが言うには「森の民は、常にこの樹と共に在る」ことを表したものらしい。


 このまま樹がでかくなったら城が圧迫されて倒壊しやしないかと思ったが、どうもここ数百年は幹の成長も確認されていないとのことだ。

 とっくの昔に外観が変わるほど成長する時期は通り過ぎたということなのだろう。なるほど、名実ともに『大森林』を見守る存在となっているのか。


「しかし、近くで見ると、またド迫力だよなぁ……」


「はー、本当ですねぇ」


 間抜けな感想が俺とショウジの口から漏れる。


 その城は伝統的に国土を必要最低限のレベルしか開発していないにしては十分過ぎるほどの威容をもって俺たちを出迎えた。

 帝都の『千年宮』ほど贅を尽くした規模ではないのだが、それでも造られてからの長い歴史を感じさせてくれる。堅牢なレンガ造りの建築物と超自然的とも思えるほどの巨木との組み合わせに、思わず感嘆の溜息を漏らしたくなる。

 また、その背後に広がる万年雪を湛えた広大なランディア山脈も相まって、さながら幽玄ゆうげんの美を生み出していた。


 こういった光景を見るたびに、本当に幻想ファンタジーの世界へやって来たのだと強く実感せずにはいられない。

 世界を滅ぼしかけない邪竜と付き合いを持った身としてはやや今更感はあるが。


 ちなみに、樹の中に迷宮ダンジョンとかないの? と訊いたら、ヴィルヘルミーナにまたもや高速で目を逸らされた。え、もしかしてあるってこと?


「クリス様、どうぞこちらへ……」


 本格的なRPGが始まるのではないか。

 そんな期待感に胸を膨らませている俺を、エルネスティの言葉が現実へと引き戻す。


 もちろん無粋だと文句を言うことはない。彼としても早々に話を進めてしまいたいのだろうしこちらだってそうだ。

 たしかに、表沙汰にこそなってはいないが今は国家の非常事態。俺も空気を読んでこれ以上の追及は避ける。


「いいのかねぇ、正面から入っちゃって」


「非公式とはいえ貴殿らは特使も同じ。王族が構わないと言っているのですからお気になさらず」


 ここまで来ればもう大丈夫だろうと、馬車から出た俺たち一行は城の真正面から入っていく。

 護衛騎士のエレオノーラと王族二人がいれば、王都にはいないはずのヒト族(+そう見えるヤツ)がいようが完全にフリーパス状態なのである。

 正面から詮索できるだけの地位があるヤツなど、出入口を任されるレベルの衛兵にはいたりしまい。


 とはいえ、すれ違う衛兵や城で働くエルフたちから向けられる好奇と侮蔑の入り混じった視線は、お世辞にも居心地のよいものではなかったが。


「見ろよ、この歓迎のされてなさ。繊細なハートには辛いもんだねぇ」


「繊細? そりゃ初耳だな」


 あまり良いとは言えない雰囲気を揶揄するとサダマサが鼻で笑う。その後ろではティアも苦笑を浮かべていた。

 このふたりには雰囲気など関係ないのだ。


「バッカ、オメー。ガラスのハートだぜ? 壊れそうなモノばかり集めちゃうヤツだぞ」


「はて、ガラスに毛など生えないはずじゃがのう」


 そう言って、声のトーンは落としているものの、とうとう耐えきれなくなったか呵々と笑い出すティア。


 しかし、そんな軽口を叩く俺たちを伴っている王族二人は、真逆ともいえる不安げな表情を浮かべている。


 無理もない反応だ。彼らは昨夜の襲撃とその顛末を目にしている。

 数十人からいたエルフの襲撃者をほんの数人で壊滅させられるだけの危険人物がこの場にいるのだ。

 知らないとはいえ身内に相当する連中が間接的にであっても友好的とは程遠い態度を示しているのを見れば、内心穏やかでいられるはずもなかった。

 特に大当たりティアにでも仕掛けた日には、戦争が原因でも内乱が原因でもない『大森林』最期の日が訪れる可能性すらある。


 表情を見れば心の中で「頼むから誰もケンカ吹っかけたり失礼な行動をしないでくれ……!」と祈っているのがまるわかりだった。

 あとは彼らの信仰する神に届くかどうかといったところだろう。


「こちらでしばしお待ちください」


 幸いにして、王族の手前だからか視線こそイヤというほど浴びはしたが、それ以上のことは誰もしてくることもなく、俺たちは無事に謁見の間―――そのすぐ隣にある控えの間まで進むことができた。


「我々がいるとはいえ、なにぶん公式の扱いをするワケにもいかないものでして……。すぐに部屋の用意をして参りますのでしばらくお待ちください」


「そりゃそうだわな。俺も面倒な大臣とかに目ェつけられたくないし」


 そうボソリと呟くと、エルネスティの顔が強張った。

 図星ということらしい。


 冷静に考えて、いくら過激派を率いているのが第三王子とはいえ、支援者がいなければその派閥とて成り立つことはないハズだ。

 ヒト族への悪感情だけで事が大きく進むほど、世の中はそう単純にできてはいない。背後で暗躍するがいなければ、民衆も気持ちよく躍らせてはもらえないのだから。


「今回の使節団の件も、国務大臣が強硬に反対しまして……」


 そそくさと立ち去るエルネスティを目で追いながら、ヴィルヘルミーナがフォローするように口を開く。

 『大森林』に来てからは、兄であるエルネスティに役目を譲っていた感があるが、ここにきて再び選手交替ということらしい。

 どちらかといえば間をもたせる意味合いが強いのかもしれない。


 しかし、国務大臣ねぇ……。ソイツも敵として考えておいた方が良さそうだな。


「そりゃ今までが今までだからなぁ。最初に何かをしようとする先駆者は保守派の反対に遭うものだよ。昨夜の襲撃だって、決して過剰な反応ってワケじゃない」


 強硬派からすれば外患誘致でしかない。


「そ、そう言っていただけると助かります……」


 むしろ、そう言ってなかったら、生きた心地などしていないだろうな。


 考えてもみてほしい。

 戦争止めるために協力してくれるという奇特な外国人を連れてきたら、いきなりその日のうちに身内が放った刺客に殺されそうになるわ、切り抜けて王城に戻って来たら無責任な部下たちが失礼な視線浴びせまくるわ…………。


 同じ立場でやられたら、胃が痛くて仕方なくなりそうだ。

 機会があれば、王族の皆さんに胃薬でも『お取り寄せ』してやるべきだろうか?


「はて。なぜこのような場にヒト族が入り込んでいるのだ?」


 そして、胃痛の種――――よくないことというのは往々にして重なるものだった。




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