第241話 胎動する気配(前編)
一切遠慮せず空路を使ったため、俺たちは途中の給油と休息を挟みながらも次の日の夕方にはザイドリッツ男爵領へと帰還できた。
「はー、やっと着いたわ。おい、アイリーンのバカを呼んで来い」
「やめてー! 中佐! わたしは無実ですぅ! ……あばぁっつ!!」
領都にハインドで直接戻るわけにもいかないので、『レギオン』で作り出した基地を経由し、出迎えから逃げようとしていたアイリーンの顔面に雪玉をぶつけてから屋敷へと戻った。もちろん石は入れていない。
「あーついたついた」
「……疲れたわ」
「眠いですわ……」
誰も彼もが疲れ果てヘリの中で眠ったにもかかわらず、その日は交わす言葉も少なく眠りについていった。
やはり疲労に勝る睡眠導入剤はないのだろう。
明る朝起きてみれば、知らぬ間に寝台の隣にティアが紛れ込んでいて一瞬血の気が引いたが、不思議と誰も起こしには来なかった。
いや、みんな疲れていたのもさることながら、ティアに対して気を遣ってくれたのだと思う。
そんなこんなでひと息つけたなと思った。
そこで、俺とショウジは揃ってぶっ倒れた。
「「あばばばばばばばばばばば」」
はっきり言って寝耳に水の出来事だったが、いきなり意識が飛んでしまったので俺にはどうしようもない。
無茶をして蓄積した疲労が、気が緩んで一気に出たのだが、後から原因が“膨大な魔力を吸収したから”と判明した。
「ラヴァナメルにトドメを刺したショウジはともかくとして、なんで俺が!」
どうも白虎と戦った時に浴びた返り血が原因らしい。
診てくれたたティアが言うには「普通の人間であれば『守護者』の血に含まれる高密度の魔力に身体が耐えきれなくて、身体中から血を噴き出して死ぬ」という、映画でもなかなかにお目にかかれそうもないスプラッターな死にざまを晒すところだったらしい。
だが、俺の魔力の保有量が元々かなり多いこと、それと浴びた血液の量が比較的少量であったため事無きを得たらしい。
まる一日高熱を出して寝込んでから目覚めた俺に「とんだ拾いものをしたようじゃな」とティアは茶化したが、寝込んでいる間はつきっきりで看病してくれたと後になってベアトリクスとミーナから聞いている。
相当に心配してくれたらしい。ツンデレ属性まで持っているとは恐ろしいドラゴンだ。
「いずれにせよ、身体能力は大きく向上したはずじゃ。クリスが壊れてしまわぬよう、妾が“血の馴染み”の影響を最低限に留めたから間違いはなかろう」
そういえば、地球の神話なんかでも主人公が強力な生物の血を浴びてパワーアップもしくは限定的に無敵化したりするが、でもそれってほとんどが
一瞬不吉な未来が脳裏をよぎったが、俺は考えるのはやめた。
「……複雑だな。実感はないけど、なんだか改造人間にでもされた気分だぜ」
とりあえずバイクにでも乗るべきだろうか。あ、最近は乗ってないんだっけ?
結果的には新らしく膨大な魔力を吸収できたらしい。
今は、新しい魔力に身体が耐えるため、内部から生まれ変わろうとしているようだ。
要は血液そのものが従来と大きく変わり、ガソリンからジェット燃料になったようなもので、痛みはエンジンや燃料管が変化している反動なのだ。
意識を取り戻しても、しばらくベッドから起き上がることもできなかった。
全身筋肉痛どころか、骨までもがメキメキと比喩表現なしに音を立て、ついでに激痛を生み出しているのだから実に恐ろしい。
というかほぼ常時激痛に襲われ泣きかけていたと思う。
「し、死ぬかと、思った……」
三日ほど寝込んで、ようやく痛みは身体から去っていった。
聞けばショウジも似たようなものだったらしい。
同じように白虎の返り血を浴びたはずのサダマサが平気だったのが俺としてはどうにも納得がいかない。
ベッドで悲鳴を上げる俺を見にきたサダマサが「日頃の鍛え方が違うんだ」と嘯いていたが、そんなものでどうにかなるわけねぇだろと涙声で叫んだら鼻で笑われた。
なぜサダマサが平気なのか――
激痛で働きが鈍っているはずの脳内に疑問が浮かんでくるが、その時は自分の身体に精一杯で、とても言及する余裕なんてなかった。
ようやく自分の足で動けるようになり、俺は代わりに領地の面倒を見てくれていた親父に報告もかねて面談を申し込んだ。
「身体はもう大丈夫なのか?」
少しやつれた俺を見て、ヘルムントは心配そうな表情を浮かべる。
動けないでいる間に母上と一緒に会っているはずなのだが、やはり実際にこうして起き上がって会えばまた別で気になるらしい。
「ええ、おかげさまで。“守護者の血”とやらの副作用がこれ以上ないなら、ですけどね――っ!?」
平静を装って肩を竦めようとしたところで鋭い痛みで身体が硬直する。
「目を離すと、クリスはすぐに無茶をするから……」
痛みに硬直して冷や汗を流す俺を見て、隣に腰を下ろしたベアトリクスが溜息まじりの声を漏らす。
ティアは今回のことに幾分か負い目があるのか控え目であったが、ミーナの視線はベアトリクスとほぼ同じだった。
ちょっとみなさん? 自分の旦那に優しくなくないですかね?
……事情があったとはいえ、正論どころの話ではないので返す言葉もない。
「皆の様子を見るに、今回は本当に危なかったようだな」
女性陣の反応を見て、ヘルムントは深く嘆息する。
息子に向けられたものだけに、育てた責任でも感じているのだろうか。
余計に肩身が狭くなるんでやめてほしいんですけど。
「だがな、ひとつ言うなら男爵。私は偵察の範囲に留めておくように言ったつもりだ」
「はい……」
「帝国に対して影響が生じると判断しても、その後の対応は執政府で検討するものだ。決していち男爵の裁量で動いていいものではない」
本音では怪我人に鞭を打ちたくはないのだろう。
ヘルムントから、あまり気は進まないといった調子のを苦言が呈される。
名前ではなく爵位で俺を呼んでいるあたり、寄り親的な位置にいる“帝国貴族の侯爵”として言葉を発せねばならない部分もあるのかもしれない。
「ええ、侯爵。もちろん、理解していました」
俺も対貴族の喋りに切り替える。
たしかにヘルムントの言うように、あそこで俺たちが介入する必要があったかと言われると微妙だ。
獣人軍があのまま北抜軍を蹴散らしたとして、続くノルターヘルン王国内への侵攻も達成できたかはわからない。
あくまでも一時的なもので終わったはずだ。
北抜軍の壊滅のみならず第二王子までもが討ち取られた場合、本気を出したノルターヘルン本領軍が動員されれば、最終的には数で勝るノルターヘルンの勝った可能性は高い。
ラヴァナメルに一騎当千の力があっても、彼に比肩する人間がノルターヘルン国内にいないとも限らない。
ここまで言うと、俺たちが介入する必要はなかったかもしれない。そこは理解していた。
「ではなぜ?」
ヘルムントの言葉は、俺から“真意”を引き出そうとするものだった。
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