第93話 そうだ、お礼参り行こう~後編~


 自分で言うのもなんだが、登場の仕方はほぼ完璧に仕上がったと思う。


 唯一しくじったと感じる部分は、鬼や桃○郎と言っても理解を得られない部分をどうするか悩んだ挙句、自分の名前を言って自己紹介するのも痛々しいので改変およびカットした点である。


 こんな機会でもないと絶対にできないと思って気合を入れた結果だったが、完全に決まらないとなんか不完全燃焼である。

 むしろ、やらかした感すらある。


 ……まぁ、それはどうでもいい。


「クリス……。わたし、こればっかりは召喚能力の無駄遣いだと思うの……」


 ノリノリの俺に対して、扉の死角で音響担当をしてもらっていたベアトリクスから、相手側に聞こえないよう控えめに声がかけられる。

 それによって、俺はちょっとだけ現実に戻る。


 それはそうだろう。

 今もスピーカーは勇壮な音色を吐き出し続けているが、この必殺なプロフェッショナルBGMを流すために、りんごマークのポータブルプレイヤーとBluetooth機能付きのスピーカーを『お取り寄せ』で用意。

 さらに間違ってもベアトリクスがタイミングを逸しないように使い方まで教えたのだから、能力の無駄遣いと言われても反論の余地がまるでない。


 ベアトリクスの言いたいことはよ~くわかる。よくもたった二年でこんなに常識的になってくれたものだ。


 だが、敢えて言おう。やらずにはいられなかったのだ。


 そりゃ、これだけ堂々と殴り込みに来られる機会なんてそうそう――――じゃなかった、この目の前にいるクソ聖職者にハメられた怒りは、並みの方法では収まらないのだから。


 ……まぁ、ホラ。ベアトリクスに説明して同意を求めたりはしないけどBGMって大事じゃん。有名な映画のBGMになるとそれ流れただけで、その後大体何が起こるかわかるし。


 とはいえ、この必殺なテーマが何か知ってるヤツはこの世界にはほぼいないので、精々勇壮なテーマくらいにしか思わないことだろう。

 もはや完全な自己満足である。


 だが、気にしてはいけない。今の空気的に……!


「はて、死人が生き返ったのを見たような顔をしていらっしゃる。そんなに意外でしたか、私が住処である帝都に戻って来たのは」


 驚愕に目を見開いているビットブルガー大司教に対して、気を取り直した俺は勿体ぶった口調で語りかける。


「誰が……ここまで通したのですか……」


 本人としては隠しているつもりなのだろうが、驚愕のあまりビットブルガー大司教の声は震えていた。

 本当は、冒険者ごときの俺には、殺しにかかったあの時のように居丈高に振る舞いたいのだろう。

 だが、どういう経緯で俺がここにいるかわからないだけに、下手なことを言えないのだ。


「あぁ、護衛の方々のことですか? 我々が来た時、彼らは眠っていましたよ。ぐっすりとね。アレじゃあ、朝まで一直線じゃないでしょうかね」


 ちょうど音楽が鳴り終わったタイミングだったのもあってか、ベアトリクスが部屋に入って来る。

 それを見たビットブルガー大司教の顔から、一瞬で血の気が引いていくのが見えた。


「バカな……。たかが冒険者風情が、『勇者』と飼い犬の追撃を振り切ったとでも言うのか……!」


 いやいや、独り言が漏れてますがな。


 ていうかヤベーな、コイツ。獣人をケモノと素で思ってるとか。

 これで聖職者っていうんだから始末が悪過ぎる。いつ他種族との全面戦争が起きても不思議じゃないぞ。


「……いえ、申し訳ありません。少しばかり驚いてしまいました」


 大司教は表情を平素のそれに戻す。

 もっとも顔色までは戻らないので取り繕っているのがバレバレなのだが。


「何やら誤解があるようですが、今回の件は、どういう不幸からか偽の情報が流されていたようなのですよ。あなたがたを教会に対する帝国の間者として陥れるためのね。しかし、さすがは売り出し中の冒険者だ。我々の秘蔵っ子を出し抜いて帝都まで生還するとは」


 並べ立てられる言葉に、俺は思わず笑い出しそうになってしまった。


 この聖職者は、血の気の引いた顔をしていながらも、必死になって脳内でシナリオを完成させたのだろう。

 少なくとも、今自分がかなりの危機に瀕しているコトは理解しているらしい。


 そして、そんな必死の言い訳タイムを聞きながら、俺は笑いをこらえるのに必死だった。

 この男、まさか俺たちがバカ正直に帝都まで逃走してきたと思っているのか?


 いや、常識的に考えれば決して無茶な想像ではない。

 僧兵が数十人に加え、切り札の『勇者』まで差し向けて討ち取ることができなかったなんて事態、それこそ強行軍で逃げに徹したとしか考えられないからだ。


「そうそう。そちらのご令嬢も、御実家から捜索願が出されているのですよ。ですが、冒険者ではそちらへ伺うのもいささか荷が重い。ここは教会にお任せ頂ければ――――」


 どうせ時間を稼げるだけ稼いで、俺だけでも始末しようと考えを巡らせているのだろう。

 だが、それも『勇者』がまだ切り札として残されていると思っているからだ。


「いやぁ、聞けば聞くほどよく回る口ですな、大司教。なるほどなるほど。アナタが言わんとしていることは大体予想がつきます。たしかに彼女の追跡能力は優れていましたよ。そんな人材を北方での戦争で発生した捕虜奴隷を『勇者』の付き人にする……。慈愛溢れる精神だ。僧籍にある者の鑑といってもいいでしょう」


 そこで一度言葉を切る。

 いつまでも腹の探り合いをしているヒマはない。


「しかし、獣人を『人間』として認めていたのは初耳ですな。それは聖堂教会の方針とはいささか違うものではないですか?」


 安堵するような表情を見せていたビットブルガー大司教の顔は、ここで一息つくことすら許されず再び緊張に引きつることとなる。


「……いえ、我々は教会でも革新派です。創造神からもたらされる博愛の精神を広く世界へ広めるのが使命でしょう。魔族相手ではそれが難しくとも、その脅威から人類大陸を守るには、我々人類がひとつにまとまらねばならない時期に来ているのですよ」


 役者だな――――そう感心できるほどに澱みない調子で喋るビットブルガー大司教。


 たしかにアジテーションは得意なようだ。

 疑り深くない人間が聞いたらコロっと信じてしまいそうにも感じられる。

 まぁ、この手の心にもないことを言うのは、聖堂教会本部の権力闘争で飽きるほど経験しているのだろう。素直に大したものだと思う。


 だが、「はいそうですか」と受け取るほど俺もお人よしではない。


「よくもアンタ、そんな白々しい言葉を口にできたものだな。反吐が出そうだぜ」

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