第94話 おお勇者よ、死んでしまうとは情けない。


「なんですって……?」


 唐突に遠慮を止めてぶち込んだ俺の言葉に、ビットブルガー大司教の顔に貼り付けていた聖職者の柔和な笑みが消える。


 あぁ、本性現すまでもうちょいだなコレ。

 っていうか、俺殺そうとした時に一度バレてるんだから今更である。

 もう取り繕うのなんてやめたらいいのに。


「知らないとは言わせないぞ? アンタがやろうとしたことは、結局のところ『勇者』相手に自分にとって都合のいい言葉を喋る人形同然のヤツを与えて調子に乗らせ、それを使ってヒト族の国家に食い込もうとしただけだろ? しかしまぁ、せっかくの切り札を国家転覆に使うとは、聖堂教会も随分とヤキが回ったもんだ」


 出来るだけ意識して苦笑を浮かべて言った瞬間、とうとうクソガキ相手に下手に出なければいけないことに耐えきれなくなったのだろう。

 熱湯に突っ込んだアルコール温度計もかくやという勢いで、顔を真っ赤にしたビットブルガーが一瞬で憤怒の形相を浮かべる。


「黙って聞いていれば…………何も知らぬ分際で何を言うか! いいか、教養のない冒険者。今のヒト族の国家は、魔族の脅威どころか他種族の台頭にさえ鈍感だ。大森林という隠れ蓑の中で耳長どもが何をしようとしているかさえ知りもすまい! こんな状態で神託にある本当の『勇者』召喚の時期が訪れれば、今更のように『切り札』を我が物にせんと慌てふためき、内々で争いを始めるのが目に見えている。そこを他種族に突かれでもしたら、魔族への対処どころではないのだ!」


 突然の沸騰――――もとい目を血走らせて怒鳴り散らし始めたビットブルガーに、隣にいたベアトリクスが驚いて一瞬ビクッとするのが見えた。

 あ、今の顔ちょっとかわいかったな。


 しかしながら、俺にとってはこの程度の罵倒などは怒鳴られているうちには入らない。

 まー、男同士でキスできるくらいの距離で唾を飛ばされながら、ひたすらに人格否定レベルで罵倒され続けるどっかの映画で見たことがありそうな海兵隊式の訓練を受ければ、これしきでは驚かなくもなるということだ。

 素人にはオススメできないけど。


 そんな風に、ビットブルガーの怒りをスルーしながらも、俺は同時に考えを巡らせていた。

 どういうわけか、大司教殿は他種族の情勢についても知っていそうな感じである。

 聖堂教会は他種族に対して間諜でも放っているのだろうか。

 セリフから判断するとそうとしか思えない。


 しかし、だとすればその情報網は脅威である。

 特に、エルフの聖地である『大森林』なんかは、商取引のあるヒト族ですら早々近付くことはできず、外側の交易都市までが限界のはずだ。

 それをどうにかするだけの何か手段があるとすれば、掴んでおきたいトコロではある。

 だが、まずはお礼をするのが先である。


「それが、帝国内の権力バランスを傾けようとした理由か? そう考えられるというなら、イシリース山の麓にはなかなか愉快な見解をする人間が多いようだ」


 特に気にした様子もなく平然と言い返すと、ビットブルガーの顔が更に赤みを増す。

 おいおい、このままだとコイツ血管切れて死ぬんじゃねぇの? 俺は構わないけどさ。


「それは認識の違いだ! 今のうちに聖堂教会が主導となって、ヒト族の国家間を安定させておかねばならんのだ! それもこれも、すべてヒト族国家間でモタついていたからだ。このような時にこそ覇権国家が必要だというのに!」


 うーん、言ってることはそんなに間違っちゃいないんだけど、なんか自分の住んでいる国にちょっかい出されるとムカつく。

 あと聖堂教会中心なのもムカつく。

 やっぱ間違ってないって認めるのはやめておこう。


「無論、それは聖堂教会とて例外ではない。今回予想外に現れた『勇者』など、儲けもの程度にしか考えていない俗物どもが多過ぎる。放っておけばただの見世物にしかしないことは容易に想像がついた」


 ひとしきり叫ぶように喋って落ち着いたからか、ビットブルガーのトーンが少し下がった。

 日頃の鬱憤が溜まっているみたいだから、この際聞いてやることで喋らせた方がいいんじゃなかろうか?


「だから、帝国に『勇者』を送り込もうとしたわけか。それも最初は冒険者として。やることが周到だこと」


 今回の計画は、おそらくビットブルガー大司教ないしはその上にいるであろう枢機卿の派閥が立案・実行したものなのだろう。

 ケストリッツァー大司教が、あれだけ腐敗気味であると言っていた教会主流派の中で、わざわざ自分たちから戦乱のリスクを高めるようなマネはしないだろう。


 戦争というのは、上手くすれば商売として儲かる面もあるが、お布施的には美味しくないのかもしれない。

 そんな中に現れた武闘派ともなれば、そりゃケストリッツァーのじいさんに警戒もされるわ。


「政治には物語も必要だ。そのために、この世界では乞食同然に生きるしかない余所者に手を差し伸べてやったんだ、 むしろ感謝されてもいいくらいだろう。だから……それを利用することの何が悪いと言うんだ!!」


 目を剥いて叫ぶビットブルガー。

 ハリウッド映画だったら、この時点で隠し持っていた銃をこちらに向けるシーンである。

 まぁ、大体見抜かれていて先に撃たれるパターンがほとんどなんですが。


「全部だ。――――と言いたいところだが、アンタそれと同じことを、本人を前にしても一字一句違わずに言えるんだろうね?」


 俺がそう言ったところで、閉められていた部屋の扉が開いた。

 再び興奮し始めているせいか、誰が無遠慮にという顔でそちらを向いたビットブルガー。

 その顏が、何を見たか理解したところで瞬時に凍り付く。


「なっ……! お、お前は、あの時召喚されて逃亡した……」


 ぱくぱくと酸欠寸前の金魚のように口を動かし、やっとのことで言葉を吐き出すビットブルガー。

 そう。現れたのは、俺たちと鉱山跡で出会った時とは違って、身綺麗にして見違えるようになった元『勇者』ショウジ・イマムラであった。


 あの後、急いで帝都に戻って来てから、すぐにドラム缶風呂を用意。

 そこにショウジを放り込み、弱火でじっくりコトコト煮込んで数か月かけて溜まっていたエキスを抽出したのだ。

 ドラム缶いっぱいに逃亡生活で溜まった出汁を取った後、簡単に散髪を済ませて服を着替えさせた。

 その甲斐もあって、今では縄文人から日本人とわかるレベルにまで社会復帰していた。


 こうして改めてショウジの顔を見てみると、一度見せてもらった生徒手帳の写真よりも随分と男前になって見える。

 まぁ、元々女子受けの悪くなさそうな線の細いカッコイイ系男子だったのが、数か月もマジで殺すか殺されるかのサバイバル環境にいたおかげで更にレベルアップしているのだ。

 その破壊力は元の数倍になっていることであろう。

 『勇者』パワーとかで、頭を撫でたり微笑みかけたりしたら一瞬で惚れられるかもしれない。


「生きているなんて…………思っていませんでしたか? そりゃそうでしょうね」


 努めて平坦な口調で話そうとするショウジ。


 しかし、胸中にはこの世界に召喚されてからこれまでの経緯が思い起こされているのだろう。

 決して内心で荒れ狂う感情に任せてしまわないよう、それを殺そうとしているのがわかる。

 完全には制御しきれずに、握りしめた拳と言葉の端が震えているのも含めて。


 ちなみに、俺も別件で肩をぷるぷると震わせていた。

 会話をショウジにバトンタッチした気の緩みだろうか。

 このシリアス極まりないシーンで「余の顔、見忘れたか?」とショウジに言わせて、市井に紛れて暴れ回る徳川家8代将軍様の登場BGMを流したら――――と脳内で想像したら、噴き出しそうになってしまったのだ。

 絶対に笑ってはいけないお礼参りである。


「バカな……。何故、『勇者』の片割れとお前たちが…………」


 真っ青な顔でそう言って、俺たちとショウジを交互に見やるビットブルガー。


 暖炉に火をくべねば吐く息とて白くなることもある帝都の夜にもかかわらず、今現在彼の額には仄かに汗が滲んでいた。

 暑いってことはないだろうから、これは冷や汗か脂汗のどちらかだろう。


「…………ま、まさか……!」


 そして、既に真っ青となっていたビットブルガーの顔が、何に気付いたか更に血の気を失っていく。


「予想されている通り、『勇者』シンヤ・カザマは討ち取られました。私が持っている『神剣』がその証拠です」


 そう言ってショウジは、背中に背負っていた刀に近い曲刀を抜き払うと、その切っ先をビットブルガーの鼻先に向けるように突きつけて見せる。


 『元勇者』が、『勇者』の座へと再び返り咲いた瞬間であった。

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