第211話 怒りの日~前編~
『アターカ-V、命中』
ハインドのコクピットに座るガンナーからの報告が俺の耳へと届くのと同時に、遠くで雪の舞う中に火の手が2つ上がる。
9M120アターカ-V、NATOコードネームではAT-9スパイラル-2 対戦車ミサイルが、マッハ1.2を超える高速度で、今まさにノルターヘルン軍本陣めがけて突撃を仕掛けようと斜面を駆け下りていた獣人軍の集団の中へと突き刺さったのだ。
「オーケー、ウォーヘッド、
ヘリの奏でるローターが空気を叩く衝撃音と、機外部に取り付けられたスピーカーから大音量で流れ出るレクイエムの一節――――ジュゼッペ・ヴェルディの『
しかし、遠目から見ても、タンデム式の
それに、会戦の密集隊形に対して対戦車ミサイルがどれだけの威力を発揮するかは、すでに先日
――――
始まりを告げる狼煙であるかのように、着弾地点からは煙が上がっている。
また、よく見れば、降り積った雪が今の爆発の衝撃で小規模ながら雪崩を起こし、斜面にいた獣人たちを飲み込みつつあった。
これで最低限の時間を稼ぐことができる。
「ウォーヘッド、このまま突入するぞ。
奏でられる壮大な旋律がもたらす昂揚感と、己の内側から湧き上がる破壊への衝動。
それらで無意識のうちに歪みそうになる口唇を抑えながら、俺はインカムに向けて努めて冷静に指示を出す。
『
俺の出した命令を受け、ハインドが機体の傾きを強くして徐々に加速を始める。
『ドラグナー、目標エリアまであと5㎞を切りました。もうじきにロケットの射程圏内です』
「……了解」
まったく、戦場のリズムはせっかちだ。
早くも次にどうするかの指示を求められている。
依然として外で流れ続ける壮大な音楽をBGMに、俺は手元の端末に映し出されたUAVの映像を見ながら思案する。
これは俺たちがハインドと合流するよりも早い段階から現場上空に待機させ、戦況をリアルタイムでこちらに送らせていたものだ。
「こりゃもうダメだな……」
現時点で、すでにノルターヘルン北伐軍は敗北が確実な所まで追い込まれていた。
ここで一気に介入しなくては、旗印である第二王子が討ち取られることにもなりかねない。
さすがにそれはまずい。
もし仮にそうなった場合、ノルターヘルン王国として王族の仇討をせねばならなくなるからだ。
たとえ第二王子が国内強硬派から御輿として担がれた現国王にとって“邪魔な存在”であったとしても、我が子が殺されたとなれば話は別である。
それで動かずにいれば、国内外から「獣人に屈した」などの謗りは避けられない。
当然ながら、大国としての面子が丸つぶれになり、ヒト族国家間での発言力にまで影響を及ぼす。
ノルターヘルンの国内世論は沸騰するだろうし、いくら権力が集中する国側とはいえそれを無視することはできなくなるはずだ。
そうなれば、アレスが王太子の座に転がり込めても、次に起こるのは戦争だ。それも連鎖的に発生する類の――――。
ならば、状況をひっくり返せる俺が、ここで新たな戦場音楽を奏でなくてはならない。
「――――よし、ロケット弾用意。構うことはない、派手にやれ。もう勝った気でいやがる連中を教育してるぞ。……撃て!」
『了解。ロケット弾、
発射のコールとともに生じた噴炎で、窓の外が一瞬だけ紅く染まる。
スタブウイングのパイロンに取り付けられているロケットポッドから空を切る音を響かせ、火の矢となった80mmロケット弾が燃焼材の煙を引きながら一斉に前方へと飛んでいく。
ヘリのローター音と音楽は依然鳴り響いているにもかかわらず、一瞬の静寂が訪れたような錯覚に陥る。
発射されたロケットはいわゆる無誘導弾であったが、ガンナーの照準により精確に放たれ、混乱の真っ只中にあった獣人軍の中へと吸い込まれるように進んでいくのが見えた。
果たして、あの光が迫り来るのを見る側は、どのように感じるのだろうか。
そして着弾。雪原に新たな閃光が走る。
S-8DF サーモバリック弾による爆発が火球を生み出し、それが雪原に複数個発生する。
「『貧者の核兵器』とはよく言ったもんだ。どうにもきたねぇ花火だな」
サーモバリック爆薬は、
炸薬3kg程度の80mmロケット弾で使用しているためそうは見えないが、同じ効果範囲内で見たならば、戦術核兵器にさえ匹敵すると言われることもある強力な爆薬なのだ。
「すごい……。これが現代兵器の威力……」
背後で驚愕の声を漏らすショウジ。
事実、着弾の観測をするために高度を下げさせたUAVからの映像を見れば、ハインドはそれまで限定的な“破壊”しか行われていなかった戦場に、新たな阿鼻叫喚の地獄を生み出していた。
突如発生したサーモバリック弾による高熱高圧の地獄が、ノルターヘルン軍を蹂躙した猛者たちの中で荒れ狂い、彼らをさらなる高次元の暴力で次々と薙ぎ払う。
凄まじいまでの爆風で四肢は千切れ飛び、同時に生じた高圧により体内までも不可視の力で破壊されていく。
幾多の斬撃や空から降り注ぐ矢を防いだ鎧も、空気そのものが凶器となる攻撃の前には無力な存在だった。
もはや、そこに個人の強さなど一切意味はなく、ごく一部の例外を除けば無視されて淘汰されるのみ。
ただ、“そこにいた”という理由だけで人は死んでいくのだ。
つい先ほどまで戦場の支配者として振る舞っていた獣人軍が、今はなすすべもなく蹂躙される光景が広がっていた。
『こちらウォーヘッド。中佐、サーモバリック弾の残弾が4割です』
「了解、撃ち方やめ」
回線越しのガンナーから残弾を報告する声を受けて、俺は命令を返しながら再度戦場の様子をモニターで確認する。
今の攻撃によって、獣人軍は大打撃を受けていた。
このまま残りの兵装をすべて叩き込めば、文字通り壊滅させることもできるだろうが、あいにくと俺たちの目的はそこにはない。
あくまで士気を挫くことが目的だ。
一方で、壊滅寸前で押しつぶされるかに思われていたノルターヘルン軍も、本陣に展開していた部隊がここぞとばかりに撤退を始めていた。
もはや継戦不可能ということで逃げるしかないのだろう。
……いずれにせよ、これで『第一の目的』は達成された。
「よし、念のためロケットを温存して機銃掃射に切り替えろ。このまま潰走させるぞ。可能な限りでいい、掻き回してくれ」
『
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