第212話 怒りの日~後編~


 続くGSh-23L機関砲から約3,500発/分の発射速度で放たれたAM-23 23×115mm機関砲弾。

 それが軽快にも重厚にも聞こえる射撃音とともに、サーモバリック弾の威力によるショックで逃げ出そうとする獣人の先頭集団に容赦なく撃ち込まれていく。


 着弾の衝撃で地面に舞い降りてから眠ったままの雪が大きく宙に舞い上がり、その柱の中に別の赤いモノが混ざる。


 12.7mmの重機関銃弾を喰らっても人体は凄まじい損傷状態となるが、それが23mmに達する大口径の直撃ともなれば砲弾にこめられた規格外の運動エネルギーにより撃たれた側は身体が弾け飛ぶ。

 下手をすれば、掠っただけでも肉体が千切れ飛ぶし、死因もショック死どころか即死レベルだ。

 決して人間を相手に撃ち込むようなものではないため気分がよいわけもない。

 だが、これも戦いを終わらせるために必要なのだと自分へ強引に言い聞かせる。


「まったく、ひでぇもんだ……」


 ハインドがこの戦場に現れた数分で、いったいどれだけの獣人軍戦力が無慈悲かつ一方的に削り取られたことだろうか。

 戦いのセオリーをひっくり返す、それこそ何の脈絡もない死。

 そして、それはおそらく今までこの世界に存在していなかった


 人類圏で災害に分類されるのは、自然現象以外では、魔物の生息域からの氾濫や飛竜ワイバーンの襲来などがある。

 それに対して今回のコレは、縄張り意識からの攻撃や捕食を目的とした本能からの行為ではない。

 殺す相手を選び、それに対して効果的な手段をもって粛々と相手の息の根を止めようとする――――ある種完成された行為となる。


 クソッタレの殺人兵器ファッキンキリングマシーンの完成だ。


 しかし、ノルターヘルン軍が潰走した今となっては、獣人軍の南進を止めるためには、これくらいの壊滅的かつ心理的なダメージを与えるしか選択肢は存在しないと言っていい。

 たとえそれが虐殺同然の行為であったとしても、さらなる混乱をこの地や他の国へと波及するのを防ぐにはこうするしかないのだ。


 物語のように、誰も彼もが幸せの大団円――――にというわけにはいってくれない。

 どうしても、盤面に立つ人間は取捨選択を迫られる。


 同時に、この事態を引き起こしたヤツへの怒りが俺の中で静かな炎となってゆらめく。


 ……いったいどれだけの命を飲み込めば満足するんだろうな、『復讐者』さんよ。


 知らぬずのうちに、重い溜め息が口から漏れる。それと同時に心がささくれ立つ感覚。

 何度経験しても気分のいいものではない。そう思えるだけまだマシだが、戦いを前に動揺するのはあまりよくない感じだ。


「クリス……?」


 ともすると表情に出ていたのだろうか。不意にライフルを抱えたベアトリクスが、こちらへと気遣うような目を向けてくる。

 ……いや、それよりも先に俺の呟きを聞きとがめていたのだろう。


 まぁ、こちらの内心くらいは見通されているってわけか。


「……いや、なんでもない。そろそろ仕上げと行こうか。ウォーヘッド、もう1回いけるか」


 ベアトリクスの碧の瞳を見て、俺の心の波が少しだけ静かになるのがわかった。

 俺の返事が強がりに過ぎないとベアトリクスもわかっているのだろうが、声をかけてよいものかと躊躇っているようだ。


『了解、もう一度掃射を行います』


 ちょうど地上への機銃掃射を続けていたハインドが攻撃エリアを通過したらしく、再度ターゲットに対する射線を確保するためユーターン。

 急旋回により横への強いGがかかる。


「きゃっ!」


 かわいらしい悲鳴が上がる。

 それを受けて視線を向けると、室内灯の光で左手の薬指にはまるエメラルドの指輪が輝きが俺の目に映った。


「おっと……!」


 注意がこちらに向いていたのもあって、よろめくことになったベアトリクスを俺は両腕でキャッチ。

 そこで俺は軽い既視感デジャヴを覚える。


 外で鳴り響く機関砲の掃射音を耳にしながら、少しの間だけ両手の平と腕にベアトリクスの体温を感じ、そうか――――と俺は気付く。

 いつぞやの――――初めて出会った時のように、俺がベアトリクスを抱きとめるような形となったからだ。

 それを皮切りに、脳裏にこれまでの記憶が蘇る。


 ……まったく、この期に及んで何を思い悩んでいるんだ、俺は。怒りをぶつけるところを間違えてはいけない。


「あ、ありがとう、クリス……」


「いいさ、慣れないと危ないからな。……心配するなよ、大丈夫だ」


 後半をベアトリクスの耳元で小さく囁く。

 背後で二つの不穏な気配が膨らんでいる気配がしたが、それは華麗にスルー。……いちいち目くじら立てるなっての。


 今ので少しだけ気が紛れた。どうもナーバスになっていたようだ。


 考えてもみれば、どうせ今度こそ地獄に落ちる身だ。それなら、俺の好きに――――それこそ家族と仲間を守るために戦うだけだ。


 そう強く意識するのと同時に、自分の口唇に不敵な笑みが浮かぶのがわかった。


「敵の数はだいぶ減ったな。さて、ぼちぼちイリアを取り返しにいこうか!」


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