第213話 I Just Keep Burning Love~前編~


 ふと気が付けば、戦場に流れていた音楽は終わっていた。

 今はヘリのローターが空気を叩く音と、23㎜機関砲が発射される音だけが残されている。

 まるで劇の幕間にいるかのようだ。


 そんな中、不意の軽い金属音が室内に響く。


「……ッ!」


 一瞬びくりとしたが、すぐにその正体に気付く。

 これだけの攻撃を受けてもなお士気の挫けない獣人兵から放たれた反撃の矢が、ハインドの飛翔する高度にまで到達したのだ。


「ここまで届くってのか……」


 一般的なヒト族の兵士の有する筋力ではなし得ない威力だけに、俺は素直に感心してしまう。

 しかしながら、それは空を飛ぶハインドにこそ届いたものの、所詮はただの矢である。

 アンチマテリアルライフルに使用される弾薬には到底及ばず、金属製の胴体にあえなく弾かれて地上へと落ちていった。


 人類同士での野戦を想定していた獣人軍が、攻城戦用の投石器カタパルトや対飛竜用の大型弩砲バリスタを持ち込んだりしているわけでもない以上、ハインドを落とすには相当威力のある攻撃手段が必要となる。


 とはいえ、ハインドは巡航速度ですら時速200㎞以上をゆうに出せる。

 そのため、攻撃を当てようとしてもそう簡単なものではないのだが、開発コンセプトの関係から通常の戦闘ヘリと比べれば兵員輸送室を備えている分機体は必然的に大きくなり、流れ弾には注意しなくてならなくなる。


「そろそろだな……」


 静かにつぶやき、俺は兵員輸送室の扉を上下に開く。さすがに扉が閉まったままではどうにも視界が悪い。


 扉を開けると、途端に凍てつくような大気と雪の粒が輸送室の中へと流れ込んできた。

 身体を包み込もうとする冷気に唇がかすかに震え、呼吸とともに白い息が漏れ出る。

 寒さで頬が痛くなりそうだ。


 不意に、漂う空気の中に炸薬と何かが燃える臭いが混ざったような気がした。

 果たしてこの高度にまで届くものだろうか?

 もしかすると戦場の空気に、懐かしさを抱いたゆえの錯覚なのかもしれない。


「っと……!」


 など感じているうちに、今度はハインドの近くを投槍が高速で通過する。

 しかも、かなり大型のものだ。

 あれがテールローターの付け根にでも命中すると厄介なことになる。

 この敵の真っ只中を飛び回る状況下でブラックホーク・ダウンならぬハインド・ダウンとなれば、それはもうシャレにもならない。


「地上の監視が甘いぞ! ウォーヘッド、なにやってんだ!」


『し、失礼しました!』


 扉を開けたことで生じた空間部分に『魔法障壁』を張りながら俺が怒鳴ると、すぐにパイロットから返事が返って来て少しだけ高度が上がる。


 叱責をしたものの、このようになってしまうのは無理もないことだった。

 このハインドの図体――――というか、飛び回るヘリからでは、真下にいる敵まで完全に監視するなど不可能である。

 あまりにも敵の数が多過ぎて、本来であればやることはない戦い方――――敵の頭上を通過するように地上掃射を敢行しているのだ。

 もし“戦力”が充実していれば、純粋な戦闘ヘリが数機がかりで飛び回りながら、距離をおいて地上攻撃を繰り返すものだし、これだけの数を相手にするなら地上軍との連携も必須となる。


 足りぬ足りぬは努力が足りぬ……誰だそんな無責任なことを言いやがったヤローは。


「さすがは敵の主力だな。これだけやられたってのに、まだイキのいい奴が残っていやがる。いっそ、ウチの領地で働かないかってヘッドハンティングしてやりたくなるぜ」


 あまり脳内で考えていても気が滅入る。

 これだけの損害を受けてもまだ引こうとしない獣人たちに、俺は溜息を吐き出しながら漏らす。ちょっとしたストレスの緩和ついでだ。


「なんなら、俺がしてきてやろうか?」


 肩に刀を担ぎながら言うサダマサ。

 微妙にウズウズしているように見えるのは気のせい……じゃないようだ。


「やめてくれ。サダマサが行くと、首から上だけとか冷たくなった状態で連れてくるだろうが」


 ヘッドハンティング(物理)とかやめていただきたい。


 こんな時まで欠かすことのないサダマサの軽口に肩を竦めながら、俺はレーザーレンジファインダーを取り出す。


 そう、敵の大将であるラヴァナメルのいる場所は、最初からUAVからの偵察でわかっていた。

 そうでなければ、ハインドで空襲なんて仕掛けたりはしない。


「それにしてもあのトラ野郎……。大事なものはしっかりと手元に置いているってわけか」


 望遠鏡の向こうには、事態を収拾させるべく指示を飛ばす白い虎の獣人の姿があった。この状況下でも大きく取り乱した様子はない。


「イリア……」


 同じところを見ていたのだろう。ショウジが小さくつぶやく。

 ラヴァナメルの背後に、縄で軽く拘束されたイリアの姿を見つけだす。


 獣人軍の大半がノルターヘルン軍の迎撃に出払ってしまったのと、完全に殲滅に向かったせいか、思った以上に周囲に敵が少ない。

 やはり、好機か。


「……ベアトリクス、イリアの後ろにいるヤツ。アレをここから狙えるか?」


 俺の言葉にベアトリクスがこちらを向いて、それからすぐにMk.11 Mod0 Sniper Weapon Systemセミオートスナイパーライフルを構えて、静かにスコープの向こうを覗き込む。


「……ふんぞり返っている敵の大将ではなくて?」


 いや、ふんぞり返ってはいないだろうよ。

 どうもベアトリクスとしても、友人であるイリアを攫った男に対しては、心中穏やかならざるものがあるようだ。


「まずはイリアの安全を確保するのが先だ。下手にあっちに手を出して何かあっても困る。それに大将を失って統制が取れなくなるのも厄介だ」


「イリアからは離れているけど、あそこまでの距離を考えると……」


 そこで口を噤むベアトリクス。

 一昨日ミーナがやってのけた弓での精密狙撃は、比較的近距離かつ静止位置からの狙撃である。

 それに対して今回の狙撃は、ヘリという高速で動いている乗り物の中からの遠距離狙撃となる。

 しかも、雪で視界はあまりよくない。いや、吹雪でないのがせめてもの救いか。


 だが、それであってもいったいどれだけの難易度か――――。

 ベアトリクス自身よく理解しているが、かといって「できない」とは認めたくないのだろう。

 これまで、ライフルと歩んできただけに。


「……構わない。一瞬だけ停止する時間を作る。そこで撃ってくれ」


「わたしが……」


 ベアトリクスの狙撃のセンスと技量――――スナイパーに必須の素質とされるそれらは、今となっては俺よりも上をいっている。

 彼女ができないと言うなら、それはこの場の誰にもできないのと同じことなのだ。


「……いくら対空攻撃手段がほとんどないとはいえ、ホバリングする瞬間は危険だな。どれ、ちょっくら下を牽制してこよう。露払いというやつだな」


 何を思ったのか、突然立ち上がるサダマサ。

 カッコつけた物言いをしているけど、どう見ても機会を窺っていただけですねわかります。

 って、一人で納得してる場合じゃない。


「ちょっ、勝手に動く――――」


 刀の鞘を左手に握ったサダマサは、そのままハインドの兵員輸送室から外を見ると、そのまま「どっこいしょ」とつぶやいて飛び降りた。

 止める間もない。


「心配するな。ちょっと挨拶してくるだけだ」


 なんてことはない、そんな口調の去り際の言葉だけが機内に取り残される。

 いやいや、どこの世界に「こんにちは死ね」という野蛮極まりない挨拶があるというのだ。

 ……そうじゃない。自分で言っててなんだが、少し混乱しているようだ。

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