第192話 爆炎の匂い染みついて~前編~

「キヤーノ! ここにいたのか!」


「このバカ野郎! なんで来たんだ!」


 事態を理解していないアレスが馬上から俺に向けて声をかけてくるが、俺は足を止めることなく短く叫んでアレスの傍らを走り抜けようとする。


 そんな俺たちの背後で再び雪が爆発。


 こちらとの距離を詰めるために跳躍したのだろう。雪煙の向こうからヘル・スコーピオンが飛び出してくる。


「……な、なんなんだあれは……」


 突然現れた巨大な化物ヘル・スコーピオンを見て、呆然とつぶやくアレス。

 主人よりも馬の方がしっかりと恐怖で嘶いており、本能からか逃げる俺たちに並走するように走り出す。


「いいから今は逃げろ! こっちだ!」


 自分と並走し始めたのを確認した上で、そんなことをしたところでどうにもならないとはわかっていながら、もう俺は一回アレスに向けて叫ぶ。というか怒鳴る。


 なんてタイミングの悪い。

 全力で戦えないこともそうだが、ティアにはミーナとベアトリクス、それにショウジまで守ってもらっている以上、新たに守る人間を増やして戦えるほどの余裕はない。

 だが、いくら短いとはいえ付合いのある人間を見殺しにするのはさすがに目覚めが悪すぎだ。


 ええい、仕方ない!


「アレス、先に行け! この先に広場がある。そこでアレを迎え撃つぞ!」


「わ、わかった……!」


 こちらから説明を受けているヒマなんてないことを理解したのだろう。

 何か言いたそうな表情を浮かべながらも、アレスはそれ以上何かを言うこともなく馬を加速させ先行していく。


「……いいのか?」


「よくはねぇさ。だが、遊びでここまで来たとも思えない。こっちの素性云々も含めて、事情を聞けるようならそれから考える。まぁ、今はあのクソ虫を倒すのが先だけどな!」


 サダマサからの問いかけに短く答えて背後を振り向き、アンダーマウントに取り付けてあったM320 40㎜グレネードランチャーから榴弾をヘル・スコーピオンの頭部めがけて撃ち込む。

 突如として生じた爆発を受けて、警戒のためかヘル・スコーピオンの動きが一瞬止まる。

 だが、よく見ればおそろしいことに、グレネードの直撃は危険を察知して掲げられた触肢によって防がれていた。

 速度は遅いが防御するとは。あの野郎、なんつー強力な警戒センサーを搭載していやがることか。


「……ダメか」


 予想はしちゃいたが、これもまるで効き目なしか。


「存外に冷静だな」


 サダマサがつぶやく。


「生身で戦車を相手にしたこともあるからな。その時は味方の歩兵が目の前でバラバラになった」


 すぐそばで人間が四散するという苦々しい記憶を掘り起こして答えながら、牽制とばかりにもう一発グレネードを撃ち込んでおく。


 いずれにせよ、装甲目標への対処能力を持たない榴弾では、足止め以外の意味をほとんどなしていない。

 やはりもっと強力な一撃が必要だ。


「それはどうやって切り抜けたんだ?」


 サダマサの疑問を受けながら、脳をフル回転させて俺は策を考える。


「味方の戦闘ヘリが間に合った。対戦車ミサイル様様だったぜ」


「まったくもって参考にならないな」


 サダマサは嘆息するが、手っ取り早いのはかつての窮地と同じく上空にいるリーパーからヘルファイアを叩き込むことだ。

 しかし、果たしてそれでれるのかと俺の中で疑問が鎌首をもたげてくる。


 警戒し過ぎなだけかもしれないが、単純にヘルファイアを撃ち込むだけでアレを倒せるのかという不安があった。

 いかに元となったタイプであるAGM-114Kに目標再認識機能が備わっていても、動き回る目標かつ触肢が盾のように振舞うとなると、万全を期するにはもうひと押しの何かが必要だ。


 より凶悪なモノ――――たとえば化学兵器毒ガスをカマすという手もあるのだろうが、それでは周囲まで巻き込みかねない上に、ああも激しく動き回る目標を相手にして、範囲効果内に留め続けることは相当困難を伴う。

 そもそも毒ガスが効くかどうかも怪しいくらいだ。

 蠍が蜘蛛と同系統に属するとはいうものの、こちらの世界の蠍――――しかも魔物の呼吸器官が、地球同様の構造であるかはまったくもって不明であるし、本来火山の近くに生息するなら火山性ガスへの耐性があって当然だ。

 それらを踏まえると、足を止めて効果が出るのを待つくらいであれば、対戦車兵器をカマす方が確実ではないかと思う。


 また、おそらく魔法の一種なのだろうが、外殻を変形させ操ることのできる能力も気になる。

 地面へ撃ち落として捕食するとはいえ、ワイバーンにしたって種類によっては強力な火炎弾など魔法を使った攻撃手段を持つ種族もいるのだ。

 それを殺してのけるとなれば、強固な外殻を持つというだけでは説明がつかない。


 まぁ、なんにしても、ヘルファイアは撃ち込む。

 その際に一瞬でもいい、不意を打って動きを止めるしかない。


 そのために必要な手段を俺は考える。


「……ベアトリクス、聞こえるか?」


 インカムを叩いてベアトリクスを呼ぶ。


『どうしたの、クリス?』


「ちょっと厄介かもしれないが、やって欲しいことがある」














「……というわけで、サダマサ。少しの間でいい、時間を稼いでくれないか」


 走りながらひと通りの仕込みと指示を終えた俺は、次にサダマサへと声をかける。


「倒してしまっても構わないんだろう?……とは言いにくいな。悪いが俺の剣とアイツは相性が悪すぎる。本気で戦えば抜けるだろうが、十中八九刀は死ぬな……」


「悩みどころだな……」


 基本的には、自分がどのように立ち回ることが望ましいか――――それをサダマサは理解してくれている。

 もしヘル・スコーピオンを倒すために無理をして刀をヘシ折るようなことがあれば、その補充のために俺の魔力をかなり割かなくてはならない。

 だから、あくまで『足止め』としているのだ。


 サダマサの持つ刀だが、筋金入りの戦闘狂の使用に耐えうる頑健さを持っている上に結構な業物なのである。

 ぶっちゃけてしまうとヘルファイア数発分のコストがかかるほどの。

 なんで対戦車ミサイルよりも一品ものの方が高いんだと言いたくなるが、そういう設定になっているのだから仕方がない。


 ここですべてが終わりならともかく、この先最低でもイリア奪還にあたって獣人の精鋭を相手にする可能性があることを考えると、後先を考えない大盤振る舞いは不可能だ。

 そもそも魔力の使用制限がないなら、すでにレオパルドⅡを呼び出して終わっている。


「アレを始末するつもりなら、俺よりもティアの方が適任だろうな。ただし、ミスリル合金の外殻を抜くのに、辺りの地形が変わりかねないが」


 そんだけ無茶しないといけないのか。


「それじゃあダメだ、アレスの目もあるし敵を呼び寄せることになる。サダマサのことは仕方ないとしても、ティアの正体が露見するような事態だけは絶対に避けたい。となれば、俺の持つ能力の範囲で倒すしかない」


 さすがに《神魔竜》がうろついているなんて知れたら、それこそ世界がひっくり返る。化け物とはいえ蠍一匹に払う対価にしては高過ぎだ。


「だとしても、クリス。?」


 ほんの少し目を細め、俺の本心を訊ねるような目を向けてくるサダマサ。

 俺の考えていることはわかっているわけか。なんだかんだと頼れる兄貴分ですこと。


「……まぁ、数日以内にノルターヘルンからはおさらばだしな。上手くいかなかった時は諦めてトンズラこくさ」


 少しの間言葉に詰まるも、溜息を吐き出しながら俺は答えた。


 せっかく仲良くなれた人間と、不本意な形で別れなくてはならないのは少しだけ寂しい気もする。

 なかなか自分自身の立場もあって貴族や冒険者との関わりも作っていない中で、俺が身分を偽装しているとはいえ、ああして親交を深められる相手というのは非常に得難い存在だと理解もしてはいるのだが……。


 しかし、優先すべきは国益であり、つまるところ自分を取り巻く環境でもある。

 天秤にかければどちらをとるかは明白だ。


「なら構わない」


 そうこうしているうちに森が切れ、元々集落のあった広場へと出た。


 すでにベアトリクスは最奥部で配置についているはずで、防御担当としてティアが、サポートにはミーナが回っている。

 ちなみに、ショウジにはアレスが勝手に突撃したりしないよう、一緒について隠れているよう言ってあるので、どこかに潜んでいるのだろう。


「……来たな」


 短くこちらに告げると、サダマサは鞘から刀を抜いて森へと身体を向ける。


 ほぼ同時に森の外縁部を構成していた木々が破砕され、追いついてきたヘル・スコーピオンがその巨躯を覗かせる。

 依然として俺たちをる気満々でいるご様子。

 あいにくと、昆虫に追いかけ回されてもまったく嬉しくはない。


「じゃあ、行ってくる」


 そう言葉を残し、瞬く間に彼我の距離を詰めていくサダマサ。

 それに対して、ヘル・スコーピオンの体から密度を高めたヘッジホッグが放たれる。

 密度が高まっているだけに効果範囲は狭められているが、あんなものを喰らえば身体の各所が至近距離から散弾でも喰らったかのように千切れ飛んでしまう。


 しかし、サダマサは横への跳躍でその範囲外へと一気に躍り出た。

 瞬間的に生み出した脚力によるものだ。凄まじいのひと言に尽きる。


 さすがにヘル・スコーピオンもこの動きは予想していなかったらしく対応が遅れるが、それでもすぐに触肢を伸ばしてサダマサの身体を挟み潰そうとする。


 そんな反応を予想していたのだろう。瞬間的に重心を移動させることで制動をかけ、サダマサは急激に速度を緩めた。

 それにより、迎撃しようとする迫っていた触肢を雪の地面に突き立たせることで巨大なハサミの襲撃を回避。

 目の前に現れた触肢の関節部を狙って斬撃を繰り出そうと刀を動かそうとしたところで、サダマサは動きを止めて後方へ飛ぶ。

 直後、寸前までサダマサのいた場所を高速で放たれた物体が通過していった。

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