第193話 爆炎の匂い染みついて~後編~
「規格外にもほどがあるだろうが……」
自分の口から呻くような声が漏れる。
ヘル・スコーピオンは、至近距離からもヘッジホッグ――――いや、棘を変形させて長い槍としたのだ。まるで串刺し用の杭だ。
本体が動いていなくとも、自分の体へと接近する敵に対しての攻撃手段すら持っているのか。
顔面や手足を目がけて襲い掛かる金属製の槍による追撃を、サダマサは各部分を最小限に動かして回避。
そのまま連続して迫る槍の群れを地面を転がりながら避け、そのまま体勢を立て直して立ち上がり最低限の間合いを取る。
「小賢しい……」
声まで聞こえたわけではなかったが、サダマサの唇がその言葉の形に動いたのが俺には見えた。
しかし、サダマサほどの人外枠に接近を許さないとはどれだけの化物だ、あの蠍。
大槌のごとき触肢の振り下ろしを回避しつつ、サダマサは飛び出てくる槍を斬り払う。
甲高い音を立てて空中に火花が散り、細身の槍が切断される。そして、生じる火花もいつもより大きい。
ヘル・スコーピオンの装甲を相手にして、刃部分にかなりの負荷がかかっているためだ。
苛立ちの金切り声を上げながら、獲物に息を継がせまいと攻め続けるヘル・スコーピオン。
なるほど、息切れ狙いということか。その狙いを知っているからか、サダマサも最小限の動きで回避していく。
狭い空間に閉じ込めて封殺しようとしているのがまるわかりだ。通常であれば圧倒的な攻め手の数で相手を殺しきるのだろうが、サダマサが相手ではそうはいかない。
ヘル・スコーピオンが構築した『殺し間』に誘い込まれぬよう動きながら、槍の群れを確実に回避している。
しかし、そこまでだ。
相手の策にハマらずに済んではいるものの、ダメージらしきものを与えられていないのもまた事実である。
そう思っていたところで、突然ヘル・スコーピオンの尾部が動き始める。
「サダマサ、尾が来るぞ!」
俺の警告と同時に、ヘル・スコーピオンは体ごと急旋回させた。
槍の群れと触肢の動きに注意を引きつけさせておき、ここぞのタイミングでリーチの長い尾部の一撃をカマそうとしたのだ。
尾全体のしなりと重量により、触肢の薙ぎ払いよりも遥かに高い威力を秘めた一撃がサダマサに襲いかかる。
「っ……!!」
そのタイミングで、ヘルスコーピオンは突如として尾の先端に備わっていた毒針と思われる器官の形状を変化させ、霧状のものを噴射。霧に触れた近くの倒木から煙が上がる。
――――毒、いや酸か!?
そうか、最初からこれが狙いだったのだ。
『殺し間』に誘い込んで潰そうとしたのも、尾部の一撃で吹き飛ばそうとしたのも、すべてはこの強力な霧を直撃させるための布石に過ぎなかったのだ。
「サダマサ!」
思わず声が出る。
ヘル・スコーピオンが放ったのは二段構えの攻撃だった。
その場に留まり、尾の薙ぎ払いを回避しようとすれば、毒――――強酸に全身を焼かれ自由を奪われる。
サダマサが触肢を掻い潜り、ヤツの間合いの内側に入ろうと距離を取らずにいたのを狙った攻撃だ。
しかし、サダマサは誰もが予想をしない行動に出た。
身体に酸の霧が襲いかかる中、その場に留まり高速の尾の攻撃を刀身を使って受け止めたのだ。
そこにこめられた運動エネルギーを利用するために……!
「ぐっ……!」
盾でもない刀一本で受けとめるにはあまりにも強烈な一撃だったのだろう。
勢いを受け流すべく後ろへと飛んでいたサダマサの口から短い苦鳴が漏れた。
この男が手傷を負うのを見るのは、もしかするとこれが初めてかもしれない。
だが、この状況下ではそれが最善の方法であった。
後方へと飛ばされながら、最低限の被害で酸の霧の効果範囲から逃れたサダマサは、空中で姿勢を制御しながら刀を鞘に収める。
ここを逃す手はない。
「構うな、サダマサ! やれ!」
サダマサに向け俺は叫ぶ。
その言葉を受け、サダマサの口唇がわずかに歪んだように見えた。
そして、サダマサはそのまま身体を回転させ、地面を踏んだところで体内の魔力を極限レベルまで練り、瞬間的に強化された下半身をバネにして跳躍する。
凄まじい速度で空中を弾丸のように進みながら酸の霧を飛び越えて距離を詰め、尾を振り抜いたままでいるヘル・スコーピオンを急襲。
必殺の一撃を潜り抜けるという予想外の動きを見せるサダマサに、ヘル・スコーピオンは対応できない。
「行儀の悪い尻尾はここか!」
かすかに歓喜をまとった叫びとともに、一瞬サダマサの背中の筋肉が膨張したように見えた。
そして、空中で鯉口を切る神速の抜刀。
一陣の風が舞う。
サダマサの地面への着地に合わせたかのように、勢いよく吹き上がるヘル・スコーピオンの白濁色の体液。
放たれたのは伸びきった尾の付け根にある外殻と外殻のわずかな隙間を狙った精緻極まる斬撃であった。
尾部自体の切断までには至らなかったものの、その重量を支えるための筋繊維や神経を切断されたのか、ヘル・スコーピオンの尾部が小さな地響きを立てて地面に落下。
一拍遅れて悲鳴のような金切り声がヘル・スコーピオンの口から放たれる。
動きが止まった!
『クリス、いけるわよ!』
「了解、仕掛けるぞ!」
ベアトリクスからの通信に返事をしつつ、俺は俺でAN/PEQ-1 SOFLAMを用意しレーザーを照射する。
ヘル・スコーピオンは、必殺の布陣を回避したサダマサを最も脅威度の高い敵として認識しており、こちらへの注意はすでに完全に払わなく――――いや、払う余裕がなくなっている。
そう、今が最大のチャンスだ。
「HQ、こちら配置についた。これからレーザーを照射するが、敵がなかなかに厄介だ。頼むぞ」
『リーパー、配置についています。現在の目標に対して正面に位置。レーザー確認、発射準備完了』
「よし、2番3番、発射!…………4番は15秒後に発射しろ! ……撃ったぞ、ベアトリクス!」
『レギオン』に指示を出し終えた俺はすぐにインカムのチャンネルを切り替え、ベアトリクスへとつないで合図を出す。
『了解、
その言葉が返ってくると同時にインカムの向こうから耳をつんざく音が鳴り響き、ヘル・スコーピオンの体が突如として左に傾く。
ほんの一瞬遅れて、轟音にも似た鋭い銃声が周囲に響き渡る。
よく見れば、ヘル・スコーピオンの一番後ろにある左脚の根元が千切れていた。
さらに轟音が連続して上がり、隣の脚も同様に根本から千切れ飛ぶ。
再び広場に響き渡る金属質の悲鳴。
『
ベアトリクスのしてやったという声がインカム越しに俺の耳に届く。
俺の仕込みが上手くいったのだ。
先ほどティアたちに広場へ先行するように言っていた俺だが、同時に射撃位置についても確保するよう指示を出していた。
そして、絶妙のタイミングを見計らい、ベアトリクスに渡していたMOM ゲパード GM6
軽車輌であれば貫通してのける12.7㎜×99弾の、しかも徹甲弾を金属の外殻に包まれた巨体を支える関節部に叩きこまれれば無事では済まない。
ヘル・スコーピオンの動きを止めるべく、俺はこれを狙っていたのだ。
「サダマサ、下がれ!」
そして、続くように空を切り裂く音。
バランスを崩して立ち上がれずにいるヘル・スコーピオン目がけて、飛来したヘルファイアの二番と三番が直撃する。
ほぼ同時に信管が作動し、轟音とともに爆炎が吹き上がった。
雪とその下にあった地面からの粉塵が舞い上がり、ヘルスコーピオンの姿が煙の向こう側に隠される。
肌に染み付くような爆炎の濃密な匂いが俺の鼻腔へ漂ってくる。
しかし、金切り声が上がり、煙の間からヘル・スコーピオンが脚を失ったことで速度を落としながらも進み出てくる。
その次の瞬間、煙の立ち上る巨躯を包んでいたミスリル合金の外殻が一斉に剥がれ落ちた。
まるで主を守った鎧が役目を終えたかのように。
「おいおいおい、無茶苦茶だな。
これだけの攻撃を受けても、コイツは未だ致命傷には至っていない。恐るべき頑強さである。
俺の驚愕を余所に、ヘル・スコーピオンは鋏角を展開して口を開き、空気を震わせる咆吼にも似た叫びを上げる。
ここまで自分にダメージを与えた存在への怒りによるものだ。
続けて放たれるは殺気。もはや完全に俺たちを殺すことしか考えていない。
そう――――だからこそ、気付けない。
依然として自分の口元にレーザーがマーキングされ続けていることはまだしも、遥か上空より空気を切り裂いて飛来してくる
そんな一撃を放った俺に向けて殺意を飛ばしてくるヘル・スコーピオンに向けて、俺はゆっくりと右腕を突き出す。
「
そう言い終えた瞬間、俺が立てた右中指の向こう側で、最後のヘルファイアがヘル・スコーピオンの口角部分に突き刺さった。
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