第191話 いいえわたしは~後編~



 引き止めようと叫ぶが、頭に血の上った彼らに俺の声は届かない。

 ヘッジホッグを射出し終えたばかりのヘル・スコーピオンは、左右から挟むように突っ込んできた襲撃者ふたりの攻撃をその体で受け止めた。


「「なっ!?」」


 甲高い金属音と、それに続くようにして驚愕の呻きが漏れる。

 渾身の一撃をお見舞いしたはずの槍と長剣は、ヘル・スコーピオンの体に触れたと思った瞬間にはあっさりと砕け散っていた。


 やはり効かなかったか、と俺はわかっていた現実を前に小さく唇を噛む。


 そう、このヘル・スコーピオン、幼生の時に摂取した鉱物を体内で作り出す能力を持つため、高い硬度を持つ鉱石を食べて育った個体ほど強力な成体になると言われている。

 記録によれば、鉄鉱山に現れた個体は討伐するために魔法士を相当数含んだ軍の討伐隊を投入しなければならなかったという逸話までも残っており、伝説に近いながらも実在する悪名高き魔物として知られているのだ。


 その悪名とは別に、脱皮した抜け殻は各種鉱物を含む貴重な素材となるため、それを狙おうとする冒険者もいるらしい。

 だが、その多くは実物に遭遇したか帰らぬ存在となっているし、運良く帰還した者もその名前の通りの地獄を見るような恐ろしい経験から、二度とヘル・スコーピオンに挑もうとはしなくなるという。


 通常の個体ですらそれほどなのだ。

 もしも、偶然高硬度の鉱石を食って育った幼生がいたらどうなることか。


 その疑問への答えが目の前に存在していた。


「早く逃げろ!」


 俺は武器を破壊されて凍り付いている二人に向けて叫んだが、その言葉は遅きに過ぎた。


 次の瞬間、勢いよく振り上げられたヘル・スコーピオンの触肢が振り下ろされ、二人の身体が巨大質量とそこにこめられた破壊のエネルギーによって、筋肉や骨が潰される鈍い音とともに一瞬で叩き潰される光景が目に飛び込んできたからだ。


「クソったれめ……!」


 罵声を吐き捨てつつ、俺は歯軋りをする。

 ここまで振り切ることもせず連れてきたばかりに、瞬く間に十数人を死なせてしまった。

 こんなことならば――――。


 ……いや、余計なことを考えているヒマはない。

 目の前の敵からは相当にヤバい気配が漂っている。現に対峙しているだけで肌が粟立ってくるくらいだ。


「回避しろ、クリス!」


 俺が視線を外した一瞬の隙を狙い、ヘル・スコーピオンは一番近くにいた俺たちを次なる獲物としたのか、一気に距離を縮めてくる。

 脇目もふらずこちらへと迫り、ハサミの形状をした触肢を振り上げる。


 ヘッジホッグが効かないとわかれば、障壁ごと押し潰して仕留めるつもりか!


 地面を蹴って後方へ飛ぼうとするより早く生じる浮遊感。

 俺より先に動き出したサダマサの脇に俺は抱えられていた。


「障壁は消すな。何気にあの野郎、こっちをしっかりと狙っている」


 後方へと下がる中で、横向きに放たれたヘル・スコーピオンの触肢が、その線上にあった木々の幹をやすやすと破砕して薙ぎ倒す光景が目に映る。

 まるでちょっとした戦車の突進だ。


「さすがにアレはこの刀でも斬れるかわからんな……」


 ヘル・スコーピオンに視線は向けたまま、小さくつぶやくサダマサの声が耳に届く。

 魔族すら斬った男にそう言わしめるとは、いったいどれほどなのか。


「そんなにヤバいのか?」


「装甲――――外殻の防御力がケタ違いだ。あの色を見てみろ。おそらくミスリルを含んでいて魔法に対する防御力まで有している。もちろん、それだけじゃない。それ以外にも、鉄や希少な金属さえも取り込んで合金化しているように思える。とんでもない天然の複合装甲だぞあれは」


 本当に戦車じゃねぇか! しかも魔法が効きにくいとか生体戦車か何かか!


「サダマサ、ちょっと前後ひっくり返して」


 当然だが、MP7 PDWなんて豆鉄砲では威嚇にもならない。

 だからといって、地面などに据え付けなければならない大口径の武器なんておちおち展開しているヒマもない。

 仕方なく、俺はサダマサに後ろ向きに抱えられながら、代わりにHK417を『お取り寄せ』して銃口を魔力障壁から出し、歩兵携行では最大クラスとなる7.62×51mmNATO弾の弾幕を張る。

 しかし、金属の甲高い音を立てて、放った銃弾は全て外殻で弾かれてしまう。


「わかっちゃいたが、まるで話にならねぇな!」


 彼我の距離を稼いだところで、俺は毒づきながら地面に降りる。

 相手が戦車クラスならこちらも対戦車兵器を使うしかない。

 だが、こんな閉鎖環境で使えば、こちらも何らかの巻き添えを喰らってしまうし、あの飛び道具がいつ来るかわからない状況で障壁を解除してランチャーを撃ち込むのもリスクが高い。


 となれば、“おあつらえ向き”を呼ぶしかない。


「HQ、HQ! 近くにリーパーの射線の確保できる場所はあるか!? こちらを巻き添えにしない場所だ!」


 インカムに対して叫ぶように声を向けると、すぐに慌てたように返事が返ってくる。


『えっと……北に2㎞進んだ場所に開けた場所があります! ……おそらく集落跡です!』


 思ったよりも近くにあるな。

 このヘル・スコーピオンに滅ぼされたか何かで無人となった場所なのだろう。


「承知した。このまま広場まで誘導する! いつでも撃てるようリーパーの高度を下げといてくれ! 残ったヘルファイアを残らずブチ込むぞ! 射撃準備だ!」


了解コピー!』


 地面に向けて無属性の炸裂魔法を放ち、雪のカーテンを作ることで一時的にヘル・スコーピオンの視界を奪う。


「この先の広場まで走るぞ! 捕まったら頭から丸かじりされる鬼ごっこだ!」


 俺の言葉を受けて、全員が走り出す。

 俺が心配したベアトリクスとミーナはティアが両脇に抱えていた。……あぁ、あれなら世界一安全だ。

 その後にショウジが続き、俺とサダマサは少し間を空けて殿しんがりを務める。


 後方を振り返ってみるが、ヘル・スコーピオンは動かぬ存在となった傭兵たちには見向きもせず、舞い上がった雪の煙をブチ破ってこちらを追いかけてくる。


 もしかしたらを前にして諦めてくれるかと思ったが、残念ながら現実はそう甘くなかった。


「あの虫野郎め、仕留めた獲物には見向きもしてねぇ」


「大方、もう逃げられないのだから後でゆっくり食うつもりなんだろう。今はこちらの持つ魔力に反応してる可能性が高いな。多少は追いかけてでも仕留めたいようだな」


 緊迫感は漂わせているものの、サダマサは冷静に評してのける。


「ご馳走認定されてるってわけかよ! 女はともかく、虫に追いかけられても嬉しかねぇなっ!」


「そこは同意できる」


 しかし、そこで思いもがけぬ事態が起きる。

 俺が叫んだところで、明後日の方向からこちらに近付いて来る馬蹄の音と気配。


 なんだと思ったところで、馬の背にまたがって姿を現したのはアレスであった。

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