第14話 告白


 緊張状態にあったためか、必要以外の言葉を交わすこともなく屋敷に到着した俺たち。

 まずは強行軍をしてきたヘルムントたちの疲れを癒すべく、交代で騎士団が監視という名の警護をしてくれる中、部屋で仮眠をとることとなった。

 そのため正式にヘルムントとブリュンヒルトとの話し合いが始まったのは、昼の少し前であった。


 昼食の前に面倒な話を片付けて起きたいという思惑もあったのだろう。

 まぁ、この状態のままではろくにメシも喉を通るまい。


 なお、話し合いの場は、ヘルムントの執務室に設定された。

 ちなみに、母ハイデマリーには、ひとまず聖堂騎士団がイゾルデを取り戻したていにして、別室でイゾルデの面倒をみてもらっている。

 ハイデマリーの心労とイゾルデの疲労もあって、2人で静かに眠っていることだろう。


 貴族の娘とはいえ、イゾルデはまだ小さな子どもだ。

 こういう時くらいは、母娘で静かに過ごさせてやるのも良いと思う。


 さて、問題は俺である。


「では、クリス。あらためてだが、説明をしてくれないか」


 お世辞にも良いとは言えない雰囲気の中、最初に口火を切ったのはヘルムントであった。


 父親としての役目と思ったのか、あるいは貴族としての責務と感じてか。

 いずれにせよ大変な役割である。


 さもありなん。

 俺もそこまでではないが喉の渇きを覚えていた。

 しかし、重苦しささえ感じられる雰囲気が漂う中においては、少なからず喉の渇きを訴えそうなこの状況でも、一定の動きがない限りは舌を湿らせることすら叶わない。


「どこから説明して良いものか、正直わかりません。少なくとも、この話、場合によってはこのアウエンミュラー侯爵家のみで片付けられる話ではないかもしれません」


「……続けてくれ」


 今まで6歳児として接してきたはずの自分の息子が、その年齢を感じさせない物言いになっていることに、わずかな居心地の悪さを感じている様子のヘルムントが先を促す。

 無理もないことかと思うが、もうしばらく付き合ってもらわねばなるまい。


「あらかじめ申し上げますが、ここより先のことは途方もない話です。到底信じられる内容ではない、または私が即座に異端認定されるのを覚悟の上でお話しするものです」


「身内とはいえ、聖堂騎士であるわたしを前にそこまで言うのであれば、相当のことだと思って聞きましょう。続けてください」


 念には念を入れようとする俺の慎重さを理解した上で、ブリュンヒルトはなるべくこちらに不必要な刺激を与えないようにしてくれているのがわかった。


「それでは……。まず最初に言っておかねばならないこととして、私は……というよりも、私の中にある魂はこの世界のものではありません」


「「えっ……⁉」」


「ご反応はごもっとも。浅学非才せんがくひさいの身ゆえにわかりやすい言葉が見つかりませんが、元々別の世界の人間であった私は、肉体が滅びた際に魂のみを、創造神と名乗る存在にこの世界へ飛ばされました」


「「…………」」


 やや間の抜けた言葉に加え、驚愕に目を見開くなどしたものの、ヘルムントのみならず、ブリュンヒルトも端から否定の空気を発することなく、俺の言葉に最後まで耳を傾けようとしているのがわかった。実に出来た人間だ。


 とはいえ、もしこれがある日突然打ち明けられたものであれば、こうスムーズにはいかなかっただろう。

 一笑に付されればそれはそれでまだいいが、狂を発したとして貴族御用達の隔離かくり機関である修道院にブチ込まれて終わりであったかもしれない。


 いや、最悪なケースを想定すると、この時点で熱心な聖堂教会信者が相手なら、下手するとその場で殺されていた可能性すらある。

 俺が口にしたのはそれくらいの内容なのだ。


 聖堂教会は創造神を絶対神と定め、帝国内部のみならず人類圏においてその権威の地上代理人として君臨している。

 各国でヒト族に多くの信徒を抱え、総本山である北方のイシリス山を聖地として一大勢力を誇っており、帝国の政治にすら並々ならぬ影響力を持っていることからわかるように、世俗への権力も相当に強い。


 そんな聖堂教会の高位騎士が、なぜアウエンミュラー侯爵家から出ているのか俺は知らないが、ヘルムントやハイデマリーの様子からそう極端な信仰心を感じていなかったこともあり、俺の秘密を打ち明けることにしたのだ。


「続けてください」


 どう判断していいかわからない様子のブリュンヒルト。

 だが、彼らとしても俺の証言が本当であれ嘘であれ、まずは話を聞かねばならない理由があった。


 昨晩のイゾルデ誘拐事件で、その主犯である教会異端派のオスヴィン助祭が何者かに殺害されており、その手口が明らかに彼らの常識では不明なままなのだ。

 何よりも問題となったのは、その殺害をしたと思われる人間が、アウエンミュラー侯爵家次男のクリストハルトしか考えられないことと、何よりも本人がそれを否定していない点だった。


 そして、俺はこれを好機と考えた。

 どの道、これから先もずっと身内にすら素性を隠し続けなくてはいけないのであれば、俺は何も進めることはできない。

 ならば、今この場で無理にでも話を進めてしまう方が手っ取り早いのではないかと。


「創造神と名乗る存在には、特に強制もされてはいませんが、今から15年以内に『勇者』が召喚されるため、その下地作りをするように言われています。これについては、私の勘ですが聖堂教会でも何かつかんでいるのではないでしょうか」


 選んだ言葉に虚飾はない。これはもう賭けみたいなものである。


 いくら俺のような存在を送り込んでも、それが確実に機能するとは限らない。

 考えれば考えるほど腹が立たないでもないが、本命はあくまで『勇者』の召喚による『魔王』の討伐なのだ。


 そうであれば、その鬼札『勇者』が召喚された場合、『勇者』が100%に限りなく近い成果を発揮できる土台を構築しておかねばならない。

 まぁ、城に呼びつけて「50Gやるから魔王倒して世界救って来い」って扱いにならないようにといった感じだろう。たぶん教会を通して神のお告げ的なことはしているハズだ。

 もっとも、中途半端にそういった不思議な機能があるから、オスヴィンのように勘違いした人間バカが出てきたりするわけだが。


 いずれにせよ、父と叔母はどのような反応を示すか。

 それが目下のポイントとなっていた。

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