第13話 《雷炎》のブリュンヒルト
「クリス……?」
蹴破るように開けられた扉の向こうで、驚愕の表情のまま固まっているヘルムントは、アウエンミュラー侯爵家に伝わる戦鎧に身を包み、右手には見事な銀の装飾が施された大振りの両手剣を握りしめていた。
「お早いご到着でしたね、父上」
一方の俺は、ベッドのすぐ脇に置いた椅子に悠然と腰をかけていた。
いや、悠然というのはさすがに盛り過ぎである。
6歳児の風体ではどう
とはいえ、そんな光景でさえ、俺の内心を隠す役目は果たしてくれたように思う。
いずれにせよ、ここから俺のこの世界における初めての試練が始まるのだ。どのような目が出るのであれ、あらかじめ用意していたシナリオどおりに動くしかない。
「これは……どういうことだ? いや、そもそもなぜここに……?」
「そのためには、父上。少し長い話になるかもしれませんが、すべてをお話しする必要があります。騎士団の方々に、その猶予を頂くことはできましょうか」
「それは……少々気になる話ですね」
返事は
俺の言葉を受けて、ヘルムントの背後に控えていたと思われる騎士の一団から長身の女が一人、状況を把握できないままでいるヘルムントの代わりに部屋の中へと入ってくる。
他の騎士同様に、武力の象徴とされる獅子の意匠が彫り込まれた銀色の騎士鎧を身に
その威容は、華美でこそないが帝国の武力の一端を担うべくその武威を示すかのようであった。
その身なりで上位の騎士だと一目でわかるが、容貌は隣で驚愕に支配されたまま動けないでいるヘルムントに似ており、おそらく血縁に位置する者なのだろう。
両親――――俺からすれば祖父母どちらの家系の血が色濃く出たのか、ヘルムントにも見られる金髪は劫火を思わせる深紅の草原の合間を走る数条の閃光のみである。
また、整えられた細く美しい眉は凛々しい弧を描き、滑らかなラインで形成された顔立ちは、さながら磨き抜かれたサーベルを連想させる美貌であった。
女騎士と言えばそれまでだが、そこには気品以上の燃え上がる炎のようなオーラすら感じられる。
「帝国聖堂騎士団、序列7位 《雷炎》のブリュンヒルト・フォン・アウエンミュラーです。初めての顔合わせがこのようになるとは思いませんでしたが、血縁上はクリストハルト、貴方の叔母にあたります」
「これは……お初にお目にかかります叔母上。クリストハルト・フォン・アウエンミュラーでございます」
女騎士――――ブリュンヒルトが手を軽く振ると、控えていた騎士たちは階下へと下りて行く。
どうやら人払いをしてくれるらしい。
一方、突然の叔母にあたる人物の登場と対面に、俺はさすがに驚きを禁じ得なかった。
なにしろ、自身に叔母がいることすら知らされていなかったのだから。
それと同時に、こんなにも早く聖堂騎士団が、イゾルデの救出に現れたことに合点がいっていた。
侯爵という肩書きだけで、これほどまでに早く騎士団が到着するとは思っていなかったからだ。
そもそも、聖堂教会は帝国内部における独立したひとつの権力でもある。
それを素早く動かすには、貴族としての権威以外に何らかの特別な要素が必要となる。
ヘルムントが言った通り、彼にはそれがあったのだ。
「
貴族にしては……と続きそうになるが、こういったセリフもウチの家系だからで納得できてしまう。
ブリュンヒルトは、その聖堂騎士としてのキャリアが為せるのか厳格な雰囲気をその身に纏っていたが、それと同時に丁寧な言葉遣いの中にも親族に向ける柔和な雰囲気を垣間見せていた。
こちらを安心させるように微笑を浮かべたことからもそれがよくわかる。
「ご随意に、叔母上。しかし、まずは犯人であるオズヴィン助祭の亡骸《なきがら」を〝処理〟し、屋敷に戻りたいと存じます。イゾルデが、このとおりかなり参っておりますので」
俺が向けた視線の先で眠るイゾルデにようやく目を向けたヘルムントたち。
「これはいけません。まずはイゾルデを運びましょう、兄上」
ブリュンヒルトがヘルムントに声をかけると、当初の目的を思い出したかのように親父殿はイゾルデを起こさぬよう静かに抱きかかえる。
そのようにして簡潔な言葉を交わした後、俺たちは事件が解決したにもかかわらず、緊張感を|湛《たた」えたまま、アウエンミュラー侯爵家の屋敷に戻ることになった。
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